グランベル学園都市物語

第45話

ホワイトデー当日。イシュタルが自分の部屋で音楽を聞きながら、本を読んでいると、突然携帯電話が鳴り響いた。時間を見ると、1時間目が終わって少し経ったくらいだったので、ティニーが何か泣き言を言いに掛けて来たのかと思いながらイシュタルは電話を受けた。
「もしもし、イシュタル?」
イシュタルは、送話口から予想外の声を聞いて驚いた。
「もしもし、あれ? 番号間違えたかなぁ?」
「ユリウス様!?」
「あ、良かった。合ってたんだね。」
「すいません、驚いてしまったもので…。」
イシュタルは、慌ててクッションに座り直した。
「今日、時間空いてる? 良かったら僕と出かけない?」
「空いてます! ユリウス様と御一緒する時間なら、いくらでも空いてます!!」
今日のイシュタルは、とくにすることもなく自由に過ごしていた。ユリウスから誘われたとなれば、例え予定が入っていたとしても可能な限りキャンセルして、時間を空けることも厭わなかっただろう。
「それじゃ2時間後に迎えに行くから、それまでに出かける支度をしておいて。」
「はい、お待ちしております。」
電話を切ったイシュタルは、急いでシャワーを浴び、髪を乾かし、クローゼットを引っ掻き回してドレスを選び、靴にバッグにアクセサリーにと準備に大忙しだった。
何とか身支度を整えて一息つくと、間もなくユリウスが迎えに現われた。
「見事な読みだな、イシュタル。」
イシュタルの服装を見て、ユリウスは呟いた。
あれこれ悩んだ挙げ句にイシュタルが選んだ服は、薄紫のハイネックのドレスで少しはスリットが入っているとはいえマーメイドスタイルのシックなものだった。ドレスの袖は七分丈になっており、その上に同色のシースルーのボレロを纏っている。そして胸元には、小さなルビーのペンダントが光っていた。
それに対し、ユリウスの服装は黒のハイネックのシャツの上に濃い紫に銀のラインが入ったスーツ。上着の合わせはボタン止めではなくウエストのベルトのみなのでかなり下までシャツが見えている。そしてその胸元には、イシュタルとお揃いのペンダントが光っていた。
イシュタルは軽く会釈を返したが、実はこのペンダントを選んだのはこれが初めてユリウスから贈られたお揃いものだったからだった。だから、ユリウスに誉められたことよりユリウスも同じものを着けて来てくれたことが嬉しかった。
「それでは、出かけるとしようか。」
ユリウスに手をとられてイシュタルはヴェルトマー家の車に乗り込んだ。


軽い食事をして、映画を見て、お茶を飲んでと絵に書いたようなデートをしていた2人だったが、更にその後ショッピングモールのブティック街を回った。
高級な品々が並ぶ店を次々と冷やかし、ユリウスは楽しそうにイシュタルに贈る服を物色していた。しかし、なかなかイメージに合うものが見つからず、結局一緒に選んだドレスをプレゼントするという目的は達成できなかった。
「やはり、イシュタルに似合いそうなドレスは店先にはないんだな。」
「でも、ユリウス様といろいろ見て回るのは楽しかったですわ。」
残念そうにしているユリウスを慰めるための方便ではなく、イシュタルは本当に楽しかった。いろいろなドレスを見ながら、あの襟がこうだったらとか色がもう少しとか話しながら見て回れたのは貴重な体験だった。
「そろそろ、夕食にしようか?」
「はい。」
買い物の途中で予約電話を入れておいたレストランへ移動すると、2人はホワイトデー特別ディナーでゆったりとした時を過ごした。
「ところで、ユリウス様はこれから先どうされるおつもりですか?」
「これから先って?」
「復学されないのなら、これからも週末に山荘まで通わせていただきますが…。」
「どうしようかな? でも山荘まで行くことはないよ、イシュタル。」
ユリウスにまともな感情が戻ったのを機に、アルヴィスはユリウスを連れて山を降りた。まだ、あまり出歩いたりはしておらず、ユリウスが思いきって外出したのは今日が初めてだったが、しばらく前からヴェルトマーの本邸で生活していた。
「近くなったのだから、大学の授業が終わった後に来てもらうのも良いかも知れないな。」
「その時は毎日みっちりとお勉強させて差し上げますわ。」
「お手柔らかに頼むよ。」
そう言って笑うユリウスを見ながらイシュタルは、本当に昔の優しかった頃の、良く笑い良く怒り良く泣いていたユリウスに戻ってくれたのだという喜びを噛み締めていた。
そんな楽しい一日を過ごしたイシュタルが休もうとした時、玄関のチャイムがなった。こんな夜中に誰だろうと思っていると、使用人がイシュタルの部屋をノックした。
「お嬢様にお届け物です。」
「入りなさい」と声をかける前に慌ててドアを開けたイシュタルの目の前に、白いバラの花束が差し出された。花言葉は「純愛」。見なくてもわかったが添えられていたカードを見ると、ユリウスからだった。イシュタルを送り届けた後、24時間営業の花屋で手配したらしい。
イシュタルは抱き締めるように花束を受け取ると、手ずから花瓶に活け直した。

- ホワイトデー編 完 -

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