第38話
ティニーやパティは邪魔するものもなく恋人にチョコを渡すことが出来たが、ナンナはそう簡単にはいかなかった。
「ねえ、早く頂戴♪」
「ですから、後で差し上げます。」
「どうせくれるなら、今でもいいじゃない？」
「物事には、順序ってものがあるんですってば！」
ナンナは朝からリーフに付きまとわれていた。それでも休み時間には時間制限があるので放課後まで持ちこたえることが出来たが、放課後ともなるとチャイムの助けは入らない。また、リーフをとめることができる者も周りにはいなかったので、ナンナはアレスに真っ先に渡すという当初の計画を遂行するべく孤軍奮闘していた。
やはり、手作りケーキを１番にあげる相手は本命だろう。ここで先にリーフに食べさせるわけにはいかない。父にあげる分だって、まだ渡さずに張り紙をして冷蔵庫にしまって来たのだ。ここで負けるわけにはいかない。
「とにかく、後で差し上げますから順番を待って下さいっ！！」
「だって、早く食べたいんだよ〜。」
リーフはついにナンナの手からケーキの入った袋を奪い取った。
「ダメです！！」
ナンナはすぐに奪い返そうとしたが、リーフの方が足が早かった。ナンナのケーキの魅力に取り付かれたリーフは、瞬く間にナンナとの差を広げて逃げて行った。
「返してっ！！」
そんなナンナの悲痛な叫びと祈りが天に届いたのだろうか。
リーフは門を出たところでアレスと鉢合わせし、あっさり取り押さえられた。
「…ハァ…ハァ。良かった、捕まえてくれて。」
「どうしたんだ、いったい？」
とりあえず正面からぶつかって来てそのまま逃げようとしたリーフを反射的に捕まえたアレスだったが、ナンナの様子から２人の間に何かがあったと察し、改めてリーフを捕まえ直した。
「リーフ様。盗んだものを返して下さい。」
見ると、リーフの手には可愛らしい袋が握られていた。アレスはさっさとそれを奪い取ると、ナンナに手渡した。
ナンナは袋の中から小振りの箱を取り出すと、アレスに差し出した。
「HAPPY VALENTINE'S DAY♪ 私の手作りチョコケーキよ。」
「サンキュー。さては、こいつの狙いはそれだったのか。」
「ええ。リーフ様の分もあったんだけど…。」
とたんにアレスの顔色が変わった。
「リーフ様のは義理チョコよ。」
ナンナが取り出して見せた袋はアレスが貰ったものより遥かに小さかった。
「しつこく「欲しい」って言われたから、一切れだけお裾分けするつもりだったの。」
でももうあげるのやめようかな、という含みを持たせたナンナの発言に、リーフは泣きそうな顔になった。
「だって、こんな酷いことする人にはあげることないと思わない？」
わざとらしくアレスに向かって問いかけるナンナの態度に、リーフはシュンとなった。
「リーフ様、反省してますか？」
「してるっ、反省してるっ！！だから、それ頂戴。」
「俺には反省してるように見えないけどな。」
片手でリーフを抱え込んでいるアレスには、リーフが口先で反省してる振りをしているようにしか思えなかった。もちろん、それはナンナも同様である。
「嘘つきには、差し上げられませんよ。」
「嘘じゃないってば！本当に反省してるよ。だから…。」
「どう見ても、チョコを欲しがってるだけにしか見えないな。」
図星を差されてリーフは動きを止めた。それを見てナンナはクスッと笑うと、アレスに手を離すよう促した。
「可哀想だから差し上げます。」
「…ありがとう。」
リーフは嬉しそうにナンナからチョコケーキを受け取ると、その場で取り出してあむあむと食べ始めた。そんなリーフを置き去りにしてアレスの腕を掴んでそそくさと立ち去ったナンナは、残念そうに言った。
「あ〜あ、結局計画はパーだわ。」
「計画って？」
「あなたに真っ先に食べて欲しかったの。」
「そいつは悪かったな。」
受け取ってすぐに食べれば、リーフより早く食べることができた、とアレスは残念がった。
「手が塞がってたんだもの、仕方ないわ。それに最後に同情しちゃったのが敗因だし。」
「しかし、これだけ旨けりゃ奪い取りたくもなるかもな。」
いつの間にか、アレスは箱を開けてケーキを食べていた。
「美味しい？」
「今まで食ったケーキの中で一番旨い。」
しかし、アレスは一切れで箱を閉じてしまった。
「あら、美味しいっていうのはお世辞？」
「いや、お茶があるともっといいと思ってさ。続きはカフェに移動してからにしよう。」
「賛成♪」
２人は連れ立ってカフェテラスに向かった。
「ところで、どうして門の前にいたの？」
「それは…。」
ナンナがバレンタインチョコをくれないかなぁと思って、アレスは門の前で待っていたのであった。
