第37話
「はいっ、レスター。バレンタインのチョコマドレーヌ。」
「おっ、サンキュー!」
放課後の生徒会室で、パティから袋を手渡されたレスターがその場で中を見ると、マドレーヌが6個入っていた。
「ちょっと多くないか?」
「えへへ、3個はあたしの分なの。一緒に食べようと思って。」
レスターは納得して彼女を空いてる席に招き寄せると、3人分のお茶を入れた。
「スカサハ、ちょっと休憩にしよう。」
「了解。」
生徒会室に届けられたチョコの仕分けをしていたスカサハが箱の陰から出て来た。
「先輩も食べます?」
目の前で2人だけで茶菓子を食べることにちょっと気後れしたパティは、自分の分のマドレーヌをスカサハに勧めた。
「いいの?」
レスターに向かって視線を流して反応をうかがうスカサハに、レスターは表情とちょっとした動作で肯定の返事をした。スカサハの場合、嫉妬の対象にはならないのだ。
スカサハはマドレーヌを一口食べると、ボソッと呟いた。
「こういうのが作れて初めて、難度の高いものに挑戦する資格が出来るんだよなぁ。」
パティとレスターは顔を見合わせて首を傾げた。その様子にスカサハは事情を説明した。
実は夕べ、これまで極々簡単なキスチョコを作っていたラクチェが急にケーキを作ると言い出したのだ。シャナンに凝った手作りチョコを贈ろうとしてる人々の話を小耳に挟んでしまい、対抗意識を燃やしたのが原因らしい。だがシャナンは生クリームなどは嫌いなので、デコレーションケーキではなくパウンドケーキを作ることになった。
ところが、あろうことかラクチェはハート形のケーキを焼きたいと騒ぎ出したのだ。普通のパウンドケーキでさえ、綺麗に焼けるかどうかというところなのにハート形なんていったらどれだけ歪むかわからない。結局、スカサハの危惧した通りうまく膨らまなかったり逆に膨らみ過ぎたりして、綺麗に仕上がるものがないまま明け方となり、とうとういつも通りのキスチョコを慌てて作るはめになった。
「バカだよなぁ、無駄な努力してさ。」
「どうせバカよ。」
「ああ、まったくだ。シャナン様はラクチェのチョコしか召し上がらないのに…って、ラクチェ!?」
いつの間にか、ラクチェが来ていた。生徒会役員宛に大量のチョコが届いてると聞いて、スカサハ宛のチョコを持ち帰るのを手伝いに来たのだ。
「言っとくけど、バカってのはお前の事じゃなくて…。」
と慌てて見え透いた言い訳を試みながら身構えたが、ラクチェの鉄拳は飛んで来なかった。
「スカサハ、何でそんなこと知ってるの?」
「シャナン様にお聞きしたことがあるから…。」
毎年シャナン宛に寄せられるチョコの山をどう始末するのかを尋ねてみると、笑いながら「ラクチェの以外は、全部寄付する」と答えたのだ。元々シャナンは甘いものをそんなに好んでないから、惜しいとも思わなかったんだろう。本当に、ラクチェのチョコだけ残して全部箱詰めしてあちこちの孤児院にあげてしまった。
「本当は、わたしのも迷惑なのかなぁ。」
「そんなことないと思うけど…。」
毎年セコンドに付いてるスカサハがラクチェに渡している材料は、この時期に良く出回るスイートチョコではなく、大人の味のブラックチョコだった。そこへラクチェが作ったという要素が加われば、シャナンは無理なんかせずに食べているに決まっている。
「だいたい、迷惑だったら黙ってないで俺達に何か言うよ。シャナン様ならお前を傷つけずにチョコを断ることくらい出来るだろう?」
「そうかなぁ。」
「自信持って、さっさとシャナン様のとこへ行けよ。」
スカサハに押い立てられるようにして生徒会室を出ようとしたラクチェは、振り返って聞いた。
「でも、スカサハ一人でチョコ持って帰れるの?」
「大丈夫。殆どセリス様とイシュタル姫宛だから。」
スカサハがそう答えると、目を丸くした少女達の前で男性2人はお茶を飲み干した。