第13話
「セティ〜、あれほど釘を差しておいたのに〜っ!!」
レスターがヨハルヴァに参加賞の図書券を渡して追い返すと、イシュタルはセティに詰め寄った。徐々に魔力集中が高まっていく。
「あれは、未遂なんだ!」
そう言ってセティがイシュタルの目の前に差し出したのは、棺の中に撒かれていた造花の花びらだった。セティはティニーの頬に手を掛けながら唇の上にこの花びらを被せ、花びらの手前ギリギリまで顔を近付けたのだ。だから、セティの唇はティニーどころか花びらまでも届いていない。
「本当に?」
「・・・本当です、姉さま。」
セティの服の端を握りしめながら、ティニーは証言した。
「じゃあ、信じてあげるわ。それであなたたち、いつまでそうしてるつもり?」
セティとティニーは幕が下りた後もその場に座り込んだままで、しかもセティはティニーの背を支えたままだった。
イシュタルに言われて慌てて手を放した2人だったが、今度は揃って視線を下に向けて固まってしまった。
その沈黙を破ったのはティニーの方だった。
「あ、あの・・・ティニーは・・・セティ様の事が好きです!!」
勇気を振り絞ってティニーは告白した。本人は思いっきり叫んだつもりでも実際は大した声量ではなかったが、それでもその場に居た者全員の耳には届いていた。
驚きのあまり皆硬直していたが、そこから逸早く脱したイシュタルは慌てて幕をめくって客席に人が残ってないかを確認した。そして一安心して戻ってきてもセティはその場で固まったままだったので、軽く腕を振り上げその後頭部に平手打ちを喰らわせた。
「痛い・・・。と言うことは、夢ではないのか?」
「ゆゆゆゆ、夢なんかじゃ・・・。」
服を握りしめて必死に言葉を紡ぐティニーにセティは手を伸ばし、そっと肩を包んだ。
「君は勇気があるね。私は拒絶されるのが恐くて言えなかったよ。たった一言で良かったのに。」
「セティ様?」
「愛してるよ、ティニー。」
「セティ様〜。」
やっと気持ちを伝えることの出来たセティは、感激のあまり泣き出してしまったティニーをそっと抱き締めた。
周りで見て居た者たちは、それを見て背筋が凍った。あれ程ティニーのことに執着していたイシュタルの目の前でティニーを口説いて、無事に済むとは思えなかったのだ。何しろ、この春パティに弁当箱を返して戻ってきたレスターに「隣に居た子を紹介してくれるように頼んで」と言いかけたスカサハは、全てを言い終わらない内にイシュタルのピンヒールキックを脇腹に喰らったのだ。
しかしその心配は杞憂だった。イシュタルはティニーの頭を軽くポンと叩いて何事かを囁くと、さっさと後片付けをしに行ってしまったのだ。
セリスが目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの中だった。
「あれ?」
「あ、セリス。目ぇ覚めたのか。」
近くの椅子で本を読んでいたシグルドは、そそくさと廊下に出ると階下に向かって叫んだ。
「ディアドラ〜、セリスが起きたよ〜!」
その声に呼ばれて、ディアドラがパタパタとやってきた。
「良く眠れた?」
「セリスは良〜く寝てたよ。」
聞かれたのはセリスなのだが、答えたのはシグルドだった。彼はずっとここで本を読んでいたのだ。
「それは良かったわ。疲れていたのね、セリス。私達の立場を気にしていい成績を取ろうとしてるなら、そんなことしなくていいのよ。」
ディアドラは学園の理事長で、シグルドは常任理事&高等部の学長である。表向きは。
この学園都市を作り上げたのがディアドラの先祖で現在残っている直系がディアドラだけなので世襲制でディアドラが理事長の座についているが、実体は「今まで通りでいきましょう」の一言で学園都市の管理運用業務は現場に任せっきりである。もちろん、シグルドも自主的には何もしていない。
この2人の実体は、貴婦人らしき奥方様と売れない詩人である。
「別に私は無理など・・・。」
セリスは確かに両親の顔を潰さないようには心掛けている。いい成績を取ろうと勉強し、立派な生徒会長であろうと努力している。身近な者相手には時々ボロを出しているが、一般生徒の前では大変外面よく振る舞っている。でも、寝不足になる程疲労した覚えはなかった。
「いや、自分達の出し物の途中で眠り込むなんて相当疲れていた証拠だよ。いいから、ゆっくり眠るんだ。」
「途中で・・・?舞台の方はどうなったんでしょう?」
セリスは、生徒会の出し物が成功したのか、と言うより自分がやるはずだった王子の役がどうなったのか気になった。
「ああ、お前がやるはずだった役はお姫様役の子の恋人が務めたってさ。」
「恋人?何処の誰なんですか?」
セリスが調べた限りでは、ティニーはフリーのはずだった。
「え〜っ、そんなことまで聞いてないよ〜。でも、スカサハくん達がそう言ってたよ。ね、ディアドラ♪」
「ええ、とってもお似合いのカップルだったそうよ。」
その夜セリスは失恋の痛手と昼間寝過ぎたことが原因で本当に寝不足になり、自分が出し物の途中で眠ってしまった本当の原因については気がつかなかったのだった。