第12話
話が半ばになって、ふとイシュタルは気付いた。王子は誰がやるのだろう?
「ああ、それはもちろん私だよ♪」
さも当然のことのように言うセリスの目に、イシュタルは危険な光を見て取った。
イシュタルは即座に決意を固めると、そっとレスターを介してパティを呼び寄せ、セリスを『スリープの剣』で殴らせた。
「ふぅ〜、これでひとまずティニーの身は守れたわね。」
セリスがティニーを狙っていて、この芝居のどさくさにまぎれてキスしようとしてたと勘づいたイシュタルの闇討ちだった。
「でも、代わりの王子役どうします?」
セリスを眠らせただけで気を抜いた3人に、スカサハが新たな問題を提起した。
「あなたたちのどっちかが出なさいよ。ただし、ティニーに妙なマネをすることは許さないわよ。」
「ダメですよ、俺達じゃ。会場が納得してくれません。」
ここまで来ると誰が王子をやるのかは注目の的だ。ビジュアル的に説得力があるか、ブーイングを許さない実力者か、とにかく観客の大半が認めるような人物でないと出し物が失敗してしまう。
「でも、会場から見目のいい人を物色したのでは・・・。」
舞台に上がる人物がティニーに対して安全であるとは限らない。特になんとも思っていなくても、チャンスとばかりに不埒なまねを仕掛けるかも知れない。しかし、客席から直に舞台に上がる人物には、脅しをかける余裕はない。
「あっ、あたし、なんとかなりそうな人1人心当たりあるよ。」
「本当か、パティ。誰だ、そいつは!?」
「そこの控え室で帰り支度してるセティ様♪」
セティはこの出し物の前の弦楽部の演奏会に客演で出ていた。他の生徒達は残り少ない時間も模擬店などを見て回りたいためにさっさと引き上げてしまったが、セティは控え室でゆっくりとお茶を飲んでいたのでまだ引き上げてなかったのだ。その姿を、パティはここへ来る時に見かけていた。あの様子では、おそらくまだ控え室にいると思われる。
「そうね、彼なら・・・。」
客席からの文句は出ないかも知れない。セティより自分の方が王子役にふさわしいなどと主張出来る輩が会場にいるとは思えない。それに機転も利くし、知らない者が近付けばティニーは悲鳴を上げるかも知れないが愛しいセティが相手なら十中八九固まるだろうから仮死状態の白雪姫のままで居られる。
そう判断を下し、イシュタルは控え室から有無をいわさずセティを連行した。
「・・・という訳なのよ。うまく幕を下ろしてきてちょうだい。」
「要は白雪姫の王子を演じてくればいいんですよね?」
イシュタルから手短に説明を受けると、セティは他の者にも確認するように言った。
「まぁ、確かにそうなんですが・・・。」
セティの言葉を肯定しかけたレスターの言葉尻を消すようにイシュタルは念を押した。
「ティニーに不埒なまねをせずに、というところが肝心なのよ。」
そう言い残してイシュタルは白雪姫に毒リンゴを食べさせるべく舞台上へと出て行った。
「王子は・・・この方です〜!!」
スカサハの声に合わせて、スポットライトが舞台ソデを照らした。
「いいわね!くれぐれもティニーには・・・。」
「どさくさ紛れにそんな真似が出来るくらいなら苦労はないさ。」
イシュタルの念押しにポロッと本音を漏らしながら、セティは舞台へ出て行った。
セティが無事に話を進行させてティニーの横たわってる棺を覗き込むと、6人の小人人形を担いだヨハルヴァが余計なセリフを言った。
「王子が口付けりゃ、きっと毒も消えると思うんだよな。」
このセリフに血の凍るような思いをした者が6名と全身が燃え上がるような思いをした者が1名。
白雪姫の目覚め方には「王子が棺から抱き起こし、強く抱き締める」というだけで済むのもあるのでセティはその説で乗り切ろうと思っていたのに、これではキスシーンを演じないわけにはいかなくなってしまった。とたんに舞台ソデと客席の一画から呪殺してやろうかというような視線がセティとヨハルヴァに注がれた。そして棺の中では、ティニーが恥ずかしさのあまり涙ぐんでいた。
セティはもう1度棺の中を覗き込むようにして、ティニーの耳もとに優しく囁いた。
「心配しないで。私に考えがあるから。」
「・・・セティ様ぁ。」
「私に任せて。合図したら生き返るんだよ。」
ティニーが小さく頷くのを確認し、セティはティニーの涙を指先で拭うとその身体を抱き起こした。そして、右手を背に回してティニーの身体を支えると、ティニーの顔を客席から隠すようにゆっくりと左手をその頬にかけ、そっと唇を重ねるようにした。
「蘇っておくれ、白雪姫。」
そう言われてティニーが生き返った演技をすると、会場は拍手の嵐となった。
「こここ、これにて一件落着!!」
慌てたスカサハの締めナレーションで再び会場を湧かせながら、幕は下りた。