pas a pas

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休息や補給を粗方終えたところで、マンスターへと進軍する前のミーティングが行われた。
偵察や聞き込みの結果から考えた作戦をセリスが説明して行く。
「……と、まぁ、こんな作戦で行こうと思ってるんだ。でね、ここの村なんだけど……アレス、行って来てくれないかな?」
セリスに目を向けられたが、アレスは首を縦には振らなかった。
「機動力や戦闘力を考えると、君に単身で行って来てもらうのか一番だと思うんだけど…。」
「いつから俺は、戦力に数えられるようになった?」
相変わらず観察者としてセリスの横にいたアレスは、そう言ってセリスを睨み付けた。しかし、セリスは呆れたように溜め息をつくともう一度向き直る。
「あのさぁ、もうそろそろ意地を張るのはやめにしたらどう? 君がいつまでもそんな調子じゃ、リーンだって肩身が狭いだろう。」
「何故そこでリーンの名が出る?」
「えっ、だって恋人でしょ?」
セリスは目を丸くしてアレスを見たが、アレスはただ不機嫌な顔のまま冷ややかにセリスを見ていた。
「誰の?」
「君の…。」
「誰が?」
「だから、リーンが…。」
「誰がそんなことを言った?」
「いや、誰がって言うんじゃなくて…。」
言葉が交わされるごとに不機嫌になっていくアレスにだんだんセリスは声が小さくなっていった。しかし、そこでアレスの怒りの鉾先はリーンへと向けられる。
「お前か、いい加減なことを言ったのは?」
「えっ、あたしは別に…。」
「ちょっとくらい他の奴らより言葉を交わしたことが多いからと言って、よりにもよって恋人面とは…。思い上がるのもいい加減にしろ!」
怒鳴られて、リーンはビクッとなった。
「あ、あたしは…。そんな…。ごめんなさい、ちょっと気分が…。部屋で休…。」
掠れるような声で言いおくと、リーンは口元を押さえて部屋から走り去った。
「待って!」
デルムッドが追い掛けようとしたが、その腕をレスターが掴んで止める。
「何だよ、レスター?」
「今はそっとしておいた方がいいよ。」
「でも…。」
「多分、泣き顔を誰にも見せたくなくてあんな風に出て行ったんだ。しばらく、一人にしておいてあげるべきだよ。」
「…わかった。」
デルムッドはひとまず席に着き直した。しかし、ほぼ同時に立ち上がったナンナはアレスに詰め寄ると、思いっきり腕を振り上げる。
「きゃっ!」
走り寄った勢いまで乗せて振り降ろした腕を難無くアレスにつかみ取られて、手首に走る痛みにナンナの方が悲鳴を上げた。すかさず反対の手を振り上げたが、そちらもあっさりと捕らえられる。
「離してっ!!」
「そいつはまた、随分と都合の良い言い種だな。」
殴り掛かっておいてまるでアレスを加害者のように言うナンナに、アレスは冷笑を浮かべて立ち上がった。
「乱暴者! 冷血漢! 皆の前で女の子泣かせて、そんなに楽しい?」
ナンナはもがきながらアレスを罵った。すると、アレスは鼻で笑って言い返す。
「俺がそこで、楽しい、とでも答えたらお前は満足するのか?」
途端に、辺りはざわめきナンナは更にアレスに向かって喚き散らす。しばらくそれを聞き流した後、アレスはボソッと呟く。
「口を開けば、出て来るのは俺を非難する言葉ばかり…。まったく、煩くて仕方がない。少し黙っててもらおうか。」
そう言うと、アレスはナンナの両手首をまとめて片手で捕らえ、空いた方の手を彼女の顎に掛けた。
「なっ…!?」
身体を引き寄せられ、近寄って来るアレスの顔に見入ってしまったナンナは、呪縛されたように動けなくなった。手首が解放されたことにも気付かない。そして、唇に吐息が感じられる程になった瞬間、抗うように目をきつく閉じた。
「ん…?」
唇に押し付けられた堅い物の感触に驚き目を開けたナンナは、からかうような顔で自分を見ているアレスと顎を押さえられて僅かに開かされた歯の間を割って入って来た物の舌触りや味にきょとんとした。
「この前、町で貰ったものだ。今のお前に丁度いい。」
アレスはポケットから出した飴玉の包み紙を素早く器用に片手で外すと、中身をナンナの口に押し込んでいた。
「それでも食って静かにしてろ。」
「ふざけないでっ!!」
ナンナは、素早く飴を頬の方へと押しやって怒鳴った。
「フッ、どうしてもと言うなら期待に応えてやってもいいが…。」
「誰が何を期待したって言うのよっ!?」
再び食って掛かろうとしたナンナをフィンが後ろから抱えるようにして引き離す。
「いい加減にしなさい。」
「だってお父様…。」
「アレス様も、お戯れはそのくらいになさいませ。」
「フン!」
アレスは不貞腐れたように腰を下ろしてそっぽを向いた。
「アレス様…。ご自重下さいますね?」
「…ああ。」
静かだが妙に圧力を感じる声音で言われて、アレスは渋々返事をした。すると、フィンは更に重ねて念を押して来る。
「本当に……例の村の件も、よろしいですね?」
「しつこいな。わかったと言って……あっ!」
はめられたと気付いた時は手遅れだった。アレスの答えは既にその場に居た者全員の耳に入っている。
温和で控えめで実直と評されていながらも、リーフを利用しようとする大陸の爺ィ共から彼を守り続けて来た青い髪の槍騎士は、アレスがこれまでに渡り合って来た悪党共より遥かに侮り難い存在だったようだ。警戒心を抱かせないような柔らかい雰囲気を纏いながら、ナンナとのことでこの場の状況を忘れかけたアレスが半ば上の空で返事をしている隙を見逃すことなく、しっかり言質を取ってくれる。
「はい、決まり♪」
機嫌よく言い放ったセリスに肩を叩かれて、アレスはもう取り消せないことを痛感し、尊敬の眼差しを一身に浴びているフィンを精一杯恨みがましく睨み付けたのだった。

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