グランベル学園都市物語

第32話

2月に入ったある日、フィンはキュアンに内密の話があると手招きされた。
どんな重大な話だろうかと緊張した面持ちでフィンがキュアンのデスクへ歩み寄ると、キュアンは声を潜めてこう言った。
「ナンナは、チョコを手作りするのか?」
フィンは耳を疑った。
「どうなんだ、フィン。ナンナはバレンタインにチョコを手作りするのか?」
「はい、そのつもりのようです。」
重ねて聞かれたので、聞き違いじゃなかったことを認識してフィンは返事をした。
先日、ナンナがチョコの材料を買いに行く時に付き合わされていろいろ相談を受けたから、ほぼ間違いなくナンナはアレスに手作りチョコを渡すだろう。
しかし、キュアンがそのことを気にするのはおかしい。
ナンナの恋人はアレスなのだし、今までキュアンに義理チョコを渡していたわけでもないのだから、ナンナがバレンタインにどうしようと関係ないではないか。
「あの、それがどうかなさいましたか?」
「うむ。手作りするなら、試作品で良いから何とかリーフにも渡してくれるように、お前から言っておいてくれ。」
「何故ですか?」
「リーフが欲しがってるんだ。」
そりゃ、リーフ様はナンナの手作りチョコを欲しがるだろう。
「でしたら、リーフ様から直にナンナにそう仰っていただければ…。」
「それが出来ればお前に頼んだりしないさ。」
「何故出来ないんですか?」
欲しかったら、ナンナに「欲しい」って伝えれば済むことだ。リーフ様ならそのくらい簡単に出来るだろう。
「ナンナが自主的にリーフにチョコを渡したことにしたいんだ。」
つまりリーフが「欲しい」と言ったからではなく、義理チョコとは言えナンナの好意でチョコをもらったという形にしたいというのがキュアンの考えだった。
キュアンは、リーフがぼそぼそと呟いてるのを聞いてしまったのだ。「もうナンナは私の事なんか何とも思ってないのかなぁ」とか「私の事が嫌いなのかなぁ」とか「アレス殿はナンナの手料理が食べられて良いなぁ」とか。
だから、ナンナがバレンタインにチョコをくれたとなれば少しはリーフも希望が持てるのではないかと思ったのだ。
「そういう訳だからナンナに、リーフにチョコを渡すよう言ってくれ。頼んだぞ。」
「お断り致します。」
「そうか、承知して…って、えっ?」
まさか断られるとは思っていなかったキュアンは驚いた。
「私の頼みがきけないのか?」
「申し訳ありませんが、子供達の問題に口出ししたくはありません。」
リーフはナンナに面と向かって「私の事が嫌い?」などと聞いたりしてるのだから、フィンが口を出さなくても好意を示すのに義理チョコをあげるならナンナは自主的に渡すだろうし、彼女が義理チョコを渡さないことを選んだのならフィンはその意志を尊重したかった。本人の意志を曲げさせて、余計な期待を抱かせたくはない。
「私がこんなに頼んでるのに?」
「申し訳ありません。」
キュアン様がやけに強硬に頼んでくるということは、リーフ様は今度のバレンタインにかなりの期待を掛けているのではないだろうか。だとしたら尚更、ナンナの意志に任せなくては後で誤解を招くことになる。そう思うと、フィンはキュアンの頼みを引き受ける訳にはいかなかった。
「どうしても?」
キュアンは立ち上がると威圧的に迫って来て念を押した。只でさえフィンはキュアンの頼みを断ると言う行為に精神的重圧を掛けられていたのに加え、キュアンが視覚的にもプレッシャーを掛けたことで胸が押しつぶされそうになった。
「…お断り致します。」
そんな重圧に耐えて何とか頼みを断ったフィンを待っていたのは、エスリンの明るい声だった。
「私の言った通りでしょ?いくらキュアンの頼みでもフィンは承知しないわよ、って。」
「私の言うことなら何でもきくと思ったんだけどなぁ。」
「フィンの方がキュアンよりもリーフの事を良く見てるってことね。」
どうやらエスリンは、陰に隠れて一部始終を見聞きしていたらしい。
「父親の自信を失わせるようなことを言わないでくれよ。とにかく、賭けは私の負けか。」
明るく笑う2人の声を聞きながら、フィンの身体はゆっくりと崩れ落ちていった。
慌ててキュアンがフィンの身体を支えた。
「おい、大丈夫か?」
「キュアン様…。私をダシにしてお二人で賭けをなさってたんですね?」
ぼんやりとした意識の中から、フィンはキュアンに状況の確認を入れた。
「すまん。悪気はなかったんだが…。」
フィンの傷付いたような顔を見て、キュアンは慌てて言い訳を続けた。
「いや、お前が断るとは思わなかったから、つい意地になってしまって…。」
それであんなにも強硬な態度に出てしまい、疑念を抱かせてフィンの態度をも硬化させたという訳だ。
「心臓が潰れるかと思いました。」
真相がわかった今、先程までの反動でフィンは、キュアンに支えられていなければ立っていることも出来ない程脱力していた。
「すまなかった。でも、リーフが落ち込んでるのは本当なんだ。だから頼む、ここはひとつ妥協案として、お前がリーフにチョコを…。」
「絶対に嫌です!!」
1番好きな人がダメなら2番目に好きな人からという単純なアイデアだったが、根本的に間違っている。今度はフィンも、何の重圧も感じずに断ることができた。

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