グランベル学園都市物語

第7話

近所迷惑なくらい大声で玄関から声を掛けた人物は、そのまま床や階段を踏みならしてティニーの部屋へ駆け込んできた。
「兄さま・・・どうなさったんですか?そんなに慌てて。」
「お前の教室に迎えに行ったら、怪我して通りすがりの男子生徒に運ばれたって・・・。」
アーサーは同じ高校の2年生である。自分が自転車通学してるのと、ティニーが友達と一緒にバス通学しているのが理由で普段は一緒に登下校できないのだが、夏期講習で同じクラスになったリーフの話やファバルが参加しない理由からティニーが一人で帰ることになると知って一緒に帰ろうと思ったのだ。
「で、大丈夫なのか!?」
「あ、あの、ちょっと足首を傷めてるから痛くなくなるまで3日くらいは歩かないでいなさいってことでした。」
ティニーはセティが説明してくれた医師の話をそのまま繰り返した。医師は「軽い捻挫だから2〜3日安静」と言ったのだが、セティはそれを噛み砕いて言い含めるように説明していた。
「他には!?」
「えぇっと、膝の擦り傷はそっとしておけば綺麗に治るって・・・。」
これは、セティが保健室で手当てしながら言ったことだった。
「そうじゃなくて。お前、変なことされてないか?」
「は?」
ティニーの反応に、このままじゃ埒があかないとばかりにアーサーはティニーのタオルケットを剥ぎ取って服に手を掛けた。
「きゃ〜!兄さま、何をなさるんですか〜?やめて下さい〜!!」
そのとたん、部屋の入り口からアーサー目掛けて何かが飛んできて後頭部に直撃した。
2人が戸口の方を見ると、そこから赤い髪の男が近付いてきてアーサーの手からティニーを奪い取った。
「父さま〜、兄さまが・・・ヒック、ヒック・・・。」
「よしよし、もう大丈夫だからね。アーサー、僕は君をこんなことするような子に育てた覚えはないよ。」
戸口からアーサー目掛けてエルファイヤーの魔道書を投げ付けたのは父アゼルだった。
「俺は、ティニーに変な痣がついてないか確かめようとしただけだよ!」
「だからっていきなり襲いかかってどうするんだ、まったく。ティニーがこんなに怯えてるじゃないか。」
アゼルはアーサーが剥ぎ取ったタオルケットをティニーの身体に巻き付けるように被せると、震えるティニーを抱きしめて優しく頭を撫でてやった。
「ティニーを運んでくれたのは、先生方の信頼も厚い品行方正な生徒だよ。」
「どうして父さんがそんなこと知ってんだよ。」
「クロード様から直に聞いたからね。」
ティニーが欠席した午後の講習科目は、アゼルの担当している化学だった。そこでアゼルは、会議の前にクロードから細かい事情を聞き出したのだ。
「病院で検査した後すぐに学校の方にも結果を連絡してくれたし、学校に戻ってから改めて保健室まで報告に来てくれたそうだ。」
「えっ、学校にお戻りに?どうしましょう、私のために何か予定をキャンセルさせてしまったのでは・・・。」
確かあの時「図書館に用事があっただけ」と言ってたけれど実は何か他にも用があったのでは、とティニーがまた落ち込み始めたが、アゼルは
「図書館に忘れ物したんだってさ。」
と言って笑った。


「アゼル〜、いるの〜?ちょっと荷物運ぶの手伝って〜。」
玄関からティルテュの声が聞こえてきた。
「は〜い、今行くよ〜。アーサー、君も手伝いなさい。」
アゼルはアーサーの首を抱えるようにして、ティニーの部屋から出て行った。後に残されたティニーは、落ちている魔道書を横目で見ながら、服を整えて寝なおした。
「アゼル、早く〜。重いよ〜。」
アゼル達が降りて行くと、ティルテュが玄関先で荷物に埋もれるようになって喘いでいた。肩からショルダーバックを掛け、各腕に3つずつの紙バックを下げ、両腕で大きな紙袋2つを抱えた姿は、荷物とティルテュのどっちがメインだか分からないような有り様だ。
「だから、買い物はほどほどにしとけっていつも僕が言ってるんじゃないか。」
「だって、アゼルに美味しいものいっぱい食べて欲しいし、可愛いお洋服もいっぱいあったんだもん。」
荷物を運ぶのを手伝いながら、アゼルはその可愛いお洋服が誰の物なのか一抹の不安を覚えずにはいられなかったが、下手に突いて怒らせると家が崩壊しかねないので黙っておいた。
それに、最近少しはアゼルの忠告を聞き入れて、買い物に出る時はハイヒールを履かなくなっただけでも褒めておくべきか。以前、ハイヒールでこういう荷物を抱えて転んだ時は骨折して大騒ぎになったので、ちょっとは反省したらしい。
荷物とティルテュを無事家に上げて、3人はホッと一息ついた。
「でも、アゼル随分早く帰ってきたんだね。」
「ティニーが怪我をしたって聞いたんで、所々制限速度オーバーでバイクを飛ばしたんだ。」
同様にアーサーも必死に自転車を漕いで帰って来たのだが、そこは自転車とバイクの差で、会議を終えてから学校を出たアゼルと帰宅時間は大差なかった。
そして一連の事情を聞いたティルテュは、アーサーに宣告した。
「今日、あんたの夕飯一品減らしね。」
「ティルテュ・・・今日の夕飯は夕べのカレーの残りなんだけど。」
「あ、そっか。それじゃ、アーサーの夕飯無しになっちゃうね。きゃはは♪」
「きゃはは♪」じゃねぇよ、と思ったがここでそれを口に出すと本当に無しになってしまうので、アーサーはアゼルに救いを求めるように目配せしながらフォローしてくれるのをじっと待った。
「仕方がないから明日の夕飯のおかずを減らそうね、ティルテュ。」
「うん。それじゃ、アーサーだけハンバーグ無しね。」
それを聞いて、忘れっぽい母さんのことだから多分うっかり人数分作るだろう、とアーサーは心の中でそっと胸をなで下ろしたのだった。彼は失念していたのだ。父の記憶力は良いということを。

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