グランベル学園都市物語

第6話

学校が夏休みに入った。
ナンナは花嫁修行(?)に忙しく、パティは久しぶりに帰ってきた両親と家族みんなで旅行だとかで、3人組のうち夏期講習にはティニーだけが参加していた。
午前中の科目を受講し終えて、教室の窓からボ〜ッと外を眺めていると、ふいに目の前を見覚えあるものが流れて行った。髪に結んでいたリボンがほどけ落ちてしまったのだ。
急いで降りて行き木の枝に引っ掛かったリボンを手を伸ばして取ろうと試みたが、もうちょっとで届きそうなのにうまくいかない。何度も挑戦しているティニーに、一人の男子生徒が声を掛けた。
「私が取りましょうか?」
振り返ったティニーの目の前に立っていたのは・・・。
「セティ様!?」
「えぇっとぉ、失礼ですがどこかでお会いしたことがありましたか?」
ティニーは直接会ったことはないけれど、セティは有名人である。シレジア音楽財団の御曹子で神器フォルセティの継承者であり、成績は学年トップで試験後にはよく廊下に名前が貼り出されている。バイオリンコンクールなどで優勝して、全校生徒の前で表彰されてもいるので、セティを一方的に知っている者などこの学園には吐いて捨てる程いる。
しかし、本人には有名人だという自覚が足りなかった。
「いえ、お会いしたのは初めてだと・・・。」
などと、真面目に答えてしまったティニーであったが、心臓はバクバク言っていた。大体、相手が有名人であろうとなかろうと、兄や従兄以外の同年代の男性と1対1で面と向かって話すのはこれが初めてなのである。それに、ティニーにとってセティは、ちょっと憧れの先輩なのであった。
真っ赤になって俯いている彼女の様子を訝しげに思ったが、とにかくセティは当初の目的を果たすことにした。
「ちょっとだけ、見逃して下さいね。」
そう言ってセティがしたことは、魔法でささやかな風を起こしリボンを手元に運ぶことだった。
実は、学園内でみだりに魔法を使うことは校則で禁じられているのだ。あくまで「みだりに」であるので被害が出なければ構わないのだが、あまり褒められる行為でないことだけは確かだった。
「ありがとうございました。」
言われた通り見て見ぬ振りをしてリボンを受け取ったティニーだったが、お礼を言って立ち去ろうとして転んだ。セティが慌てて助け起こすと、ティニーは膝を擦りむき足首を傷めているようだった。今転んだ時のものにしては乾いた血がこびり着いていたから、多分リボンを取ろうとしてバランスを崩した時にでもやったのだろう。
セティはその場で固まってしまったティニーに自分の上着を被せて抱え上げると、まず水道のところへ連れて行った。そこで傷口の泥を洗い流し、それから保健室へと運び込んだ。


保健室には、誰もいなかった。
仕方なくセティは勝手に薬棚から消毒薬を取り出してティニーの傷を手当てし、足元に屈んで足首の様子を調べはじめた。
「ああぁ、何と言うことでしょう。私がちょっと留守にしている間に・・・。」
保健医クロードの声が戸口から聞こえてきた。
「すみません。先生がいらっしゃらなかったので無断で手当てさせていただきました。」
「ああ、けが人だったのですね。失礼しました。」
いったいどういう誤解をしたのか聞いてみたい気はしたが、セティは無視して話をすすめた。
「膝は軽く擦りむいただけなので消毒しておきました。あと、足首を捻っているようです。捻挫だとは思いますが、念のため病院でレントゲンを撮ってもらった方がいいと思うのですが。」
「そうですね。えぇっと、あなたはこの後授業か部活があるんですか?」
突然話を振られたティニーが夏期講習のことを言うと、
「では、早退手続きを取りましょう。」
とクロードは引き出しから書類を取り出し、ティニーの名前とクラスを記入した。後は事情を記入しサインをしてクロードが担当教諭に渡せば手続きは完了なのだが、その前に問題がもう一つあった。
ティニーが足を傷めている以上、病院や自宅まで誰かが付き添わなければいけないのだが、この後職員会議があるのだ。
「私が付き添いましょうか?うちの車でお送りします。」
本来、自動車による送り迎えは禁止なのだが、ごく一部の有名生徒はバスなんかに乗ろうものなら人だかりがして運行に差し支えるので、車による送迎を許可されていた。
「あなたは、授業や部活は?」
「私は図書館に用事があっただけですから。」
「それでは、あなたにお願いしましょう。」


幸いティニーは軽い捻挫で済み、2〜3日おとなしくしていれば治るということだった。
しかし、セティがティニーを家まで送り届けると家人は誰もいなかった。ティニーが持っていた鍵で家へ入ることは出来たが、他に誰もいない家に女の子を抱えてベッドまで運び込むには勇気が要った。
「それでは私はこれで失礼するけど、退屈でも動き回らないようにね。」
これまでに見てきた様子では多分この子は大人しく寝てるだろう、とは思うものの、セティになじみのある女性といえば母フュリーと妹フィーなのでちょっと不安になって念を押してしまった。
「は、はい!あの、鍵は郵便受けに入れておいて下さい。」
「わかった。お大事に。」
立ち去って行くセティの背中を見送り、まだいろいろ面倒を見てくれたことへのお礼を言ってなかったことにティニーが気付いた時は既に手遅れだった。
そしてティニーが後悔と自己嫌悪に苛まれていること数時間。突然玄関から大声が響いた。
「ティニー!無事か〜!?」

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