グランベル学園都市物語

第8話

「おっ、セティ、帰ったのか。」
「これは父上、お久しぶりですね。5ヶ月ぶりですか?」
セティが家へ帰りつくと、レヴィンが出迎えた。
シレジア音楽財団の総帥であるレヴィンは家を空けることが多かった。その理由は仕事1割・趣味9割である。
「久しぶりに会ったってのに随分冷たい反応だな。フュリーなんて熱烈な歓迎をしてくれたぞ。」
「手槍でも投げ付けられたんですか?」
「よくわかったな。」
もちろん、擦りもしなかったが。驚かしてやろうと思ってこっそり近付いたのが災いして、攻撃されたのだ。
「どうだ?相変わらずスリリングで刺激的な関係で、うらやましいだろう。」
「当人同士が幸せなら、私はこれ以上何も申しませんが。フィーの前では言動に注意された方がよろしいかと思いますよ。」
これ以上この人に関わってるとこっちの神経が持たない、とばかりにセティはスタスタと自室へ向かった。
「こらっ、そんな可愛くないこと言ってると彼女に振られるぞ!」
後を追って掛けられた言葉に、セティは立ち止まり振り返った。
「彼女なんていませんよ。」
「ほぉ〜、それじゃあ今日うちの車に乗ったのはいったい誰なのかなぁ?」
「怪我人です。」
突き放すように言ったセティであったが、レヴィンはセティが博愛主義者でも聖人でもないことを知っていた。怪我した人を便乗させることはしても、わざわざ家から車を出させて病院や自宅まで送るようなマネは今までした試しがない。通りすがりの親切の域を遥かに超えている。
「可愛い子だったらしいじゃないか。さては、惚れたな。」


セティは、楽しそうにからかう父を躱して自室へ逃げ込んだ。しかし、耳もとに「さては、惚れたな」というレヴィンの言葉が何度も聞こえて来た。
確かに、ティニーは可愛いかった。一目惚れ、したかも知れない。
レヴィンに言われて初めて自覚が湧いて来たセティであったが、想いを認識するにつれて悩みが深まってしまった。
古典的に手紙でも書こうか、それとも電話で、いや昇降口で待ち伏せて…と想いを伝える手段に悩み、何て言って切り出したらいいのかと言葉に迷った。それから、今交際を申し込んだら恩に着せるみたいだし、そもそも既に好きな人がいるのかも知れないし…と告白すること自体に余計な心配をし、ひたすら溜息を繰り返すのであった。
そこへ突然、けたたましい音を立ててフィーが飛び込んで来た。
「お兄ちゃん、女生徒を拉致したってどういうことなの!?」
何を訳のわからないことを言ってるんだ、とセティが呆然としていると、フィーはズカズカと入り込んでセティの襟元を掴んで締め上げた。
「ネタは挙がってんのよ!」
訳のわからないことを繰り返して迫ってくるフィーの手を逃れるべく視線を泳がせたセティは、窓の下にその術を発見した。
「マーニャが倒れてるぞ。」
フィーが愛用自転車の危機に慌てて外へ駆け出して行くのを見送ったセティは、ひとが真剣に悩んでる時に何て騒がしいやつなんだ、ティニーとは大違いだな、と更に彼女のことを意識してしまった。
そして改めて深く溜息をついた時、閉まり切っていない部屋の戸の前に人影を見つけた。
「そんなところで何をなさってるんですか?用がお有りならどうぞお入り下さい。」
声を掛けられてそろそろと入って来たのは母のフュリーだった。
「どうなさったんですか?」
「・・・セティの好きになった女の子ってどんな子?」
セティは面喰らった。フュリーはものすごく言いづらそうに言った後、気まずそうに答えを待っていた。
「父上から何を言われたんですか?」
母がこんなことを聞いてくる性格でないことはよく分かっている。レヴィンに言われて聞きに来たことくらい、セティにはお見通しだった。
「セティからいろいろ聞き出してくれ。お前だけが頼りだ、お前なら出来る、って・・・。」
レヴィンからこう言われてはフュリーに断ることなど出来ない。向いてないのを承知で聞きに来たのだろうが、それにしてもストレート過ぎる。
「母上には無理です。お引き取り下さい。」
「そうよね、やっぱり。」
肩を落として出て行こうとして、フュリーはためらいながらも振り返り、セティにもう一度話し掛けた。
「レヴィン様の思惑はどうであれ、もしあなたに好きな人が出来たのならそれだけで私は嬉しいわ。」
浮いた話があり過ぎる夫も困り者だが、一つもない息子もそれはそれで心配だったというフュリーの言葉に、セティは好きな子が出来たことを顔に表してしまったのであった。

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