軍議の場に呼ばれたフィーは、そこでレヴィンから偵察の要請をされた。
それは簡潔な言葉であったため、セティから補足があった。だが、その時の2人の様子に、フィーは腹立たしさを感じた。
「承知しました。」
感情を殺した口調で言って、フィーはその場を後にしようとした。しかし、フィーの様子がおかしいことに、誰もが気付いた。
「フィー、どこか具合でも悪いのか?だったら、偵察に出るのは止めた方が…。」
真っ先に心配そうに声をかけたセティだったが、フィーは立ち止まっただけで振り返りもせずに答える。
「何処も悪くないわよ!」
すると、レヴィンが他人事のように呟く。
「不安定な心理状態での偵察は百害あって一理無しだ。」
フィーはまたしても感情を殺したように答える。
「わかっています。」
そんなフィーの様子にセリスは、アルテナに偵察を変わってもらった方がいいだろうか、と考えもしたが、それを言えばますます事態がこじれそうだと思い直した。
「では、フィー。改めて私から、偵察をお願いするよ。くれぐれも無理はしないようにね。」
「はい。」
セリスに改めて頼まれたことで少し気持ちが落ち着いたフィーは、そのままマーニャの元へと向かい、大空へと飛び立ったのだった。
任された仕事を過不足なく果たしたフィーは、何となく1人になりたくなった。
人気のなさそうな場所を探して辺りをうろうろしていると、人目に付きにくそうだが良い風の来るちょっと開けた場所を見つけた。そこでフィーは、足を伸ばして座り込んでぼ〜っと空を眺めていた。
すると、小柄な影が近付いて来た。
「誰っ!?」
ぼんやりしていてかなり近付かれるまで気付かなかったフィーは、慌てて身構えるように立ち上がった。すると、相手の方が驚いて悲鳴を上げた。
「……リーン?やだ、何でこんなトコにいるのよ?」
「それは、こっちの台詞よ。ここって、踊りの練習するのに結構穴場だったんだけどなぁ。」
肩の力を抜いて気まずそうにするフィーに、リーンは努めて明るく応じた。
「えっ、そうだったの?それじゃ、邪魔しちゃ悪いから他のトコ行くわ。」
そう言ってフィーは足腰に付いた草などを叩き落として歩き出そうとしたが、リーンはその正面に周り込んで進路を妨げた。
「待ちなさいよ、誰も邪魔だなんて言ってないでしょ。たまには観客付きで練習ってのも悪くないわ。」
「でも…。」
フィーは何となく気まずくて、その場から駆け出したい衝動に駆られた。だが、それを行動に移すと更に気まずさが増すばかりだ。一体、後でどんな顔して部屋へ戻ればいいのか、と思うとここは穏便に別れておくべきであろう。
フィーが、さてどうしたものか、といろいろ思案していると、リーンが少し身を乗り出すようにして言った。
「そうねぇ、そんな顔されてちゃ気になって練習どころじゃないかもね。」
「あ、あたしがどんな顔してたってリーンには関係ないじゃ…。」
フィーはムキになって言い返そうとしたが、リーンは皆まで言わせずに切り返す。
「そんな顔してたら、ティニーが心配すること間違いなしね。」
同室でありながらそれほど親しくはないフィーとリーンだったが、お互いにティニーとは仲が良かった。勿論、肉親の絡みなどがあってフィーの方がより親しくはあるものの、リーンもティニーのことはかなり解っているつもりだ。
「うっ、それは…。」
ティニーの名を出されて、フィーは言葉に詰まった。
リーン以上にティニーのことを解っているフィーには、リーンにすら気に掛けられてしまうような状態でティニーに顔を合わせたが最後、間違いなく事はアーサーとセティの耳に入ることが容易に想像出来た。もしかすると、パティやナンナの耳にも入るかも知れない。決してティニーの口が軽い訳ではないが、フィーのことを心配して暗い顔をするティニーを彼等が放っておくとは思えないし、堅く口止めでもしない限り優しく相談に乗ろうとする彼等にティニーが話さないはずがない。最低限、アーサーとセティにだけは、すぐにも伝わることだろう。何しろ、アーサーはフィーの恋人にしてティニーの兄、セティはフィーの兄にしてティニーの恋人。フィーの事でこの2人に彼女が相談しない理由など全く見出せない。
「解ったら、そんな顔してる訳をさっさと話したらどう?」
「リーンに言ったところで、何にもならないわよ。だって、親兄弟は居ないって……あっ、ごめん。」
以前、レヴィンの事でキレてた時に羨まし気に言ったリーンのことを思い出して、フィーは慌てて謝った。
「はいはい、そこで謝らないの。親が居ないのはあたしだけじゃないし、兄弟は……一応、弟が居るみたいだしね。」
「えっ、いつの間にそんなことに!?」
もしかして世話の掛かり過ぎる義弟のことかしら、などと考えたフィーだったが、それでは弟と限定するのは変よね、と首を捻った。すると、リーンはあっさりと告白した。
「あら、言ってなかった?カパドキアで仲間になったコープルって、あたしの弟らしいのよ。実感はまだあんまり無いけど…。」
占いの結果やオイフェ達の話からすると、ほぼ間違い無いと言うことだった。両親の名前は一致してるし、リーンはあのシルヴィアの娘であることは本人の記憶から確かなようだし、『バルキリーの杖』を使えるコープルについてはその父親が誰なのかを疑う理由はない。
それを聞いてフィーは驚いたが、それでもやはりリーンには話しても詮無いことだと口を噤んだ。
「ふ〜ん。ってことは、親絡みの問題なんだぁ。」
リーンの言葉に、まだ動揺を押さえ切れていなかったフィーは、ギクリとして心情を態度に表してしまった。
「べ、別にそう言う訳じゃ…。大体、あんな妻子不孝者なんか何で気にしてやらなきゃ…。」
動揺の余り、更に余計なことまで口にしてしまったフィーに、リーンは何処となく勝ち誇ったような顔をした。
「あら、そう。とにかく、うってつけの相談相手を連れて来てあげるから、ちょっと待ってて。」
そう言うとリーンは軽快な足取りで駆け去り、残されたフィーは今さら逃げることも出来ずに開き直ってその相談相手とやらがやって来るのを待ったのだった。
しばらくしてリーンはナンナとアレスを連れて戻って来た。
「どの辺が、うってつけなの?」
確かに、ナンナとはこの軍で唯一、実の父親が傍にいるという点で共通するものがあるが、その親子関係はフィー達とは全く違って良好である。
「解らないなら、改めて紹介するわ。こちらが、母親を単独で危険な旅に出したと言って、父親と長いこと冷戦状態にあったナンナさんです。」
ねっ、うってつけでしょ?と言いたげな態度で、リーンは2人を前面へと押し出した。
「アレスはナンナさんのオプションだから、深くは考えないで頂戴。」
「そ、そうなの…?とりあえず了解。」
そう紹介されると、何だか今まで以上にナンナに共感を覚えてしまうフィーであった。その所為で、ついつい素直に今の心境をナンナに向かって吐露してしまう。
「ああ、それで様子が変だったのね。」
勿論、ナンナ以外の者達も一緒に話を聞いては居たのだが、とりあえずナンナが代表してそう言うと一緒に頷くだけにして彼女の次の言葉を待った。
「ナンナは、どうして許せたの?あたしは、絶対にお父様を許せない!!」
「そうね、どうしてかしら。自分でも解らないわ。でも、お父様の姿をずっと見続けている内に、いつの間にか許せていたの。」
それが私のお父様なのだ、と…。そういう人だからお母様は愛したのだ、と…。いつの間にか、ナンナはそう思いそれを誇りにすら感じていた。しかし、それを言葉で説明することは難しく、また言葉で伝えられるものでもなかった。
フィーは納得がいかないといった表情をすると、ボソっと呟いた。
「大体、お兄ちゃんだって…。何で、あんな人と仲良く出来るのよ!?」
フィーが小声で漏らした不満に、アレスがフッと笑った。
「何だ、問題はそこか。」
バカにしたような笑い方をされて、フィーはキッとアレスを睨み付けた。
「要するに、お前は自分に断りもなく父親と仲直りしたセティに腹を立ててるって訳だ。」
「だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!!」
フィーは立ち上がってアレスを威嚇したが、そんなことで黙るアレスではなかった。
「それじゃあ、自分だけ仲直りしたセティに嫉妬してるとか?」
「何で、あたしが嫉妬しなきゃいけないのよ!?」
今にもアレスに掴み掛かりそうなフィーに、ナンナは横でハラハラしながら様子を見守っていた。そして、リーンはアレスを連れて来てしまってマズかっただろうかと、跋の悪そうな顔をしていた。
「フッ…。そんなの、決まってるだろ。」
アレスはスッと立ち上がると、フィーを見下ろして言った。
「お前が、レヴィンと仲直りしたいと思ってるのに素直になれないからだ。」
誤解が解けたのにセリスと仲を修復出来ないでいるアレスには、お見通しだった。アレスの場合は、そうこうしている内にセリス本人にあの手この手で苛められてすっかり仲良くする気はなくなっていたが、誤解が解けてすぐの頃は一応歩み寄ろうと考えなかった訳でもないのだ。ナンナにだって絶対に言えないが、リーフに嫉妬したのは何もナンナのことだけではなかった。シグルドを援護しようとした所為で両親がイード砂漠に沈んだにも関わらず、屈託のない笑顔で無邪気にセリスに懐いているのを見て、あの素直さが羨ましいと思ったことが何度あったことか。まぁ、今となってはそれも過去の過ちのような気がしてならないが…。
「あ、あたしは別に、仲直りしたいなんて思ってないわよ!!」
「本当?本当にそうなの、フィー?」
ナンナが縋るような目つきでフィーを見上げた。
「それは…。その、だから、まぁ、向こうが態度を改めれば、考えなくもないことも…。」
フィーが口の中でモゴモゴ言っていると、ナンナが立ち上がってフィーの腕を掴んだ。
「行きましょう!」
「えっ、何処へ?」
「レヴィン様のところに決まってるでしょ!」
そう言うと、ナンナはそれ以上は問答無用といった迫力でフィーを引っ張ってズンズンと歩き出したのだった。
レヴィンの部屋の前まで来たものの必死の抵抗を見せるフィーの大声に、中からレヴィンとセティが顔を出した。
「何を騒いでるんだ、フィー?」
「気安く名前を呼ばないでよっ!!」
その場から逃げ出すことに全力を注いでいたような状態から見事な反応速度でレヴィンに言い返したフィーに、周りの者達は目を丸くした。そして、驚いたはずみでナンナは腕を放したが、フィーはもう逃げ出さなかった。
「親でもない人から、そんな風に親し気な口調で名前を呼ばれたくなんかないわ!」
「フィー、おまえも強情なヤツだな。そんなところはフュリーにそっくりだ。」
その口から母の名が出たことで、フィーは驚きと怒りの綯い交ぜになった顔でレヴィンを睨み付けた。
「そう怒るな。お前を無視していたのは悪かった。謝るよ。」
態度を改めたレヴィンに、その場に居た者全てが驚いた。まるで、今までとは別人のような目でフィーを見ている。
そんな父に、フィーはずっと心にしまって居た言葉を次々とぶつけた。
そして、言い切ってスッキリしたフィーは、今までとは違う素直な気持ちでレヴィンの言葉を聞くことが出来た。お互いに意地を張り続けて来たが、どうやらそれも終わる時が来たらしい。
「だが、今はこの戦いに勝ち抜くことだけを考えろ。わかったな、フィー!」
「はい!」
肩に置かれた父の手の温もりを感じながら、フィーは元気よく頷いた。
すると、ずっと黙って見守って居た者達の拍手の渦が辺りを包んだ。そしてフィーはハッとして恥ずかしさのあまり父を思いっきり突き飛ばすと、そのまま振り返ることなく猛スピードで廊下の彼方へと姿を消したのであった。
シリーズ第3弾。フィーの章です。
終盤の台詞で気付かれた方も多いとは思いますが、このお話の時期は10章です(^_^;)
正直に言えばこの結末は書き始めた時にはまだ決まってなくて、「お父様と仲直りしたお兄ちゃんに苛つく」というだけで書き進めてました。セティ様を間に入れて、仲直りさせようかなって…。でも、何処からともなくリーンが躍り出て、更にナンナとアレスまで出て来て、どんどん最初に意図したのと違う方向に書き進めてしまって、決着つけるのにちょうどいいので10章のあの台詞へ持って行ってしまいました。
そして、最後にレヴィンを突き飛ばしてフィーのStrがアップする、と…(^^;)