若き戦士達の集い
〜聖王と若獅子〜
グランベルの外れに、忘れられかけた砦があった。そこに今、セシル達を始め多くの若き戦士達が集っていた。そして、世代を変えての初の共同作戦が始まったのである。
事の起こりは、数週間前にセリスの元に届いた調査報告だった。
「山賊とロプトの残党かぁ。」
これまでも、そのどちらかの発見報告は何度も各地から上がってきた。たいした規模ではなかったから簡単に始末できたし、ただ集っているだけではどうこうするようなことはしなかったが、今度の輩は手を結んで近隣の村に被害を及ぼしているらしい。
「面倒だから、後腐れのないように私がサクっと片づけに行こうか?」
「セリス…。」
補佐官のユリウスは、危うく報告書の端を握り潰すところだった。
「冗談だってば。もうっ、ユリウスはいつまで経ってもユーモアを解してくれないんだから。」
セリスは誤魔化すように笑うと、しばらく考え込んでからある提案をした。
「セシル達にやらせてみようか。実戦経験を積ませるにはいい機会じゃないかな?」
「達、の部分に誰が入るのかが問題だな。」
「せっかくだから、他の国の子達にも声掛けちゃおうよ。共同作戦で親密度一挙上昇♪」
こうしてセリスの親書が各地にばらまかれ、各国の王家や公家の子供達がセシルの元に集うことになったわけだが、当然のことながら一筋縄では行かなかった。
グランベルの公家の者達は否やの意志など表すことなく二つ返事で参加を表明したのだが、他国の者達からは揃って不参加の返事が返ってきた。
勿論、不参加の理由の表明の仕方は様々であるが、要するに「遠方からわざわざ参加する必要性を感じません」というものが多かったのは当然のことだろう。セリスは、実費はグランベル持ちだし賊の退治に手を貸してもらうことについてはこれだけの謝礼を支払うしとにかく子供達の親睦を深める良い機会だと思って欲しい、と改めて親書を送りヴェルダンとシレジアとイザークとトラキアからは参加の返事をもらうことに成功した。
だが、それでもアグストリアは尚も不参加の返事を送ってきた。不参加の理由は「うちの連中のレンタル代は高い」とアレスが言っているという話も伝わってきたが、とにかくルーファス本人が国を離れるわけにはいかないと主張していることが主な理由だった。
別に大陸全土で協力して賊の討伐をしなければならないほどのことはないのだが、それでもルーファス達の不参加は痛かった。何しろ、セシルはルーファスにとてもよく懐いているし、何よりあの国の子供達は6人全員『カリスマ』持ちなのだから。その上、3人は回復魔法が使用可能で1人はダンサーとなると、未熟なセシル達にとって彼らの参加の有無は戦略を大きく左右する重要な問題だった。
ルーファスさえその気になってくれれば、後は芋蔓式で全員が参加してくれる。そのため、セリスはいろいろ考えた結果セシル本人にルーファス説得の任を与えたのだった。
ノディオン城は厄介な客人を迎え入れた。いつものこととは言え突然現われたセシルに、ルーファスはいつも以上に冷ややかな反応をした。古語文学の初版本の写本を示しても態度が変わらない。
「どうしても参加してくれないの?」
「だから、今はここを離れられないって言ってるだろ。」
あっさり断られたが、それで簡単に引っ込むようなセシルではなかった。
「どうして、離れられないの?」
「…言いたくない。とにかく、用がそれだけなら帰れ。俺は忙しいんだ。」
そう言い放ってルーファスは応接間を出て行こうとしたが、セシルは慌てて引き止めると説得のターゲットをアレスへと切り替えるべく彼を応接間に呼び出してもらった。
客がセリスの息子だというのが面白くなかったが、書類から開放される喜びを胸にアレスはすぐに応接間までやってきた。
「謝礼金なんですが、こんなもんで如何でしょうか?」
「一人につきそれだけ貰えるなら考えても良いが…。」
ビジネス口調でズバっと切り込むセシルの示した金額に、アレスは心を動かした。
「いえ、それは…。ルーファス一人になら、この半額出しても良いですけど他の人には出せないですね。」
「では、ルーファスがその半額。他が1人につき更にその半額ではどうだ?」
セシルは、アレスの要求額を計算し直してグッと息を詰まらせた。父から提示された上限を超えている。
真剣に値切り交渉を重ねた結果、謝礼金の額について合意が得られ、セシルはアレスを懐柔することに成功した。
「さて、お父上も認めて下さった以上一緒に来てくれるよね、ルーファス?」
「断る!」
冷ややかに2人のやり取りを見守っていたルーファスは、嬉しそうに身体を乗り出したセシルを睨み付けた。
「そう言わずに、行って来たらどうだ?」
謝礼金に目が眩み、交渉途中で気づいたナンナとのプライベートタイム増加の魅力に取り付かれたアレスは、今やセシルの味方となり、ルーファスに参加を促した。
「本気でそう仰ってるんですか?」
「悪い話じゃないと思うぞ。」
「…わかりました。父上がそこまで仰るなら行って参ります。」
ルーファスは仕方無さそうに答えた。そして、セシルに向き直る。
「但し、出発は5日後だ。それ以上は譲歩出来ない。それと…、その写本は置いていけ。」
「わかった。それじゃ、待ってるね♪」
セシルが意気揚々と帰って行った後、ルーファスは父と共に即座に執務室へ戻ると宰相である伯父も居る前である宣告を叩き付けた。
「あと5日で、そこにある書類を全て片付けていただきます。よろしいですね。」
「えっ!?」
事情を知らないデルムッドもさることながら、いきなり息子にそんなことを言われたアレスは面喰らった。
「俺達を貸し出すことを決めたのは父上なんですから、俺が心置きなく出かけられるよう、後顧の憂いを絶っていただきましょう。」
ルーファスが国を離れられない理由、それは父王が溜めに溜め込んだ書類の山だった。これ以上溜め込むと、指示・裁可待ちの話が多すぎて国家運営が危うくなってしまうため、現在ルーファスも朝から決裁の手伝いに掛かり切りなのだ。そんな状態で長々と城を空けるなど、この責任感の強い王太子に出来ようはずがなかった。
そんな息子の冷たい微笑みと奇妙な迫力に押され、謝礼金とナンナを心の支えにしてアレスは必死になってルーファスやデルムッドと一緒に書類を決裁した。