お星様を見上げて 3 星月夜

事の始まりは、リーフが風邪をこじらせて寝込んだことだった。
フィンは看病するために、ナンナはリーフが側にいて欲しがったために、リーフに付きっきりとなった。
そして、3人が戦闘に参加できない影響をもっとも強く受けたのがアレスだった。
前線を支えるメンバーのリーフが抜けた穴は大きく、セリスはそれをカバーするために指揮に気を配る割合が増え、イザーク組は元々機動性に欠けており、結局アレスは2人分以上の働きをさせられる羽目となったのだ。しかも、カリスマ効果が半減している状態で、である。
只でさえナンナを独占されてイライラしてるところに加えて、見回りの当番が回ってくる回数は増えるし断続的に海賊は襲ってくるしで、アレスは寝不足の日々が続いた。
そんな中で、アレスは見回りの途中に良いものを発見した。高価な薬草である。岩棚や崖の表面にしか生えないために採取が困難なので高値で取り引きされているのだが、風邪に、というより抵抗力や回復力を増す効果があるので万病に効くとされている薬草が自生していたのだ。
確かに岩棚までは急勾配の岩壁が続いていたが、アレスは馬から降りて崖をよじ登って薬草を採取した。本当に効き目があるならリーフもすぐに良くなるだろうし、なんなら市場で売り捌いてもっと効き目のある薬を買えばいい。リーフに親切にしてやる義理はないけれど、いつまでもナンナを独占されていることに比べればリーフの風邪を治す手助けをしてやろう、という思いだったのだが、殊の外この薬草は良く効いて、翌朝には熱も引いてリーフは起き上がれるようになっていた。
そしてリーフが歩き回れるようになって、やっとナンナはリーフから解放された。


アレスが見回りを終えて遅めの朝食をとっていると、ナンナが話し掛けて来た。
「この後、何か予定があるかしら?」
「ん?」
「このところ全然訓練をしてなかったから、ちょっと鍛えて欲しいんだけど。」
「別に構わんが・・・。」
「じゃあ後で、2時間くらいしたら裏庭で待ち合わせね。」
ナンナは早口でそう言うと、急ぎ足で食堂を出て行った。
アレスは急いで食事を終え、自分の部屋へ戻って仮眠をとることにしたが、身体を横にしても全くリラックスできなかった。そして時間だけが無為に流れ、待ち合わせの時間となり、アレスは慌てて裏庭へ走って行った。
先に来てベンチに座って待っていたナンナは、アレスの姿を見て立ち上がった。
「良かった〜、正確な時間を決めなかったから、もっと待たされるかと思ったわ。」
「悪い。早速始めるか?」
「ええ。」
2人は早速練習用の剣を手に取ったが、向かい合って構えたところでアレスが思い出したように言った。
「それで、どうして欲しいんだ?」
「え?」
「俺とお前じゃ実力が違い過ぎるし、かと言って俺は他の奴らのように教えてやることなんて出来ないぞ。」
他の者たちは、基礎についてはちゃんとした指導者から指導を受けている。その上で技を磨いて来たのであって、「教える」という行為について経験がある。しかし、アレスは幼い頃から生活の中で己の技を磨いて来たので、誰かから教えを受けた覚えがない。
「実力が違い過ぎるから、私が思いっきり打ち込めるでしょ♪」
「なるほど、自習自得というわけか。」
「そういうこと。行くわよ!!」
宣言するなり、ナンナはアレスに打ちかかった。
アレスは次々と繰り出されるナンナの攻撃を簡単に受け止め弾き返すと、
「おい、俺も攻撃していいのか?」
と聞いた。
「え?えぇ、そうね・・・でも、ちゃんと加減してよ。」
「努力する。」
それからしばらく、2人は剣を交えた。
アレスは基本的に、ナンナが必死に繰り出す攻撃を受け止め受け流し弾き返しては、隙だらけになったところで寸止めの攻撃を繰り出した。そして、しだいにナンナは防御を忘れた無謀な攻撃を慎むようになって行った。
「おい、そろそろ休憩しないか?足元がふらついて来てるぞ。」
「ゼィ・・・ゼィ・・・。」
「ほら、休もうぜ。」
アレスが剣を引くと、ナンナはその場にへたり込んだ。アレスがナンナの手を引いてベンチまで行き、2人はベンチの上にあったバスケットを開いて昼食をとった。


フィンの作った昼食を平らげ、2人はしばしお喋りをしながら食休みをした。
「アレス、ねぇ、聞いてるの?」
「えっ、何だ?」
「どうしたの?さっきからぼんやりしてるけど、どこか具合でも悪いの?」
気がつくと、アレスは少し前からの記憶が飛んでいた。どうやら、ナンナの言うようにぼんやりしていたらしい。
「いや、別に・・・ちょっと寝不足かなぁ。さて、と、そろそろ練習再開と行くか?」
そう言って立ち上がったアレスの身体が突然傾いた。ナンナは慌てて支えようとしたが、体格の差が大きく、そのまま巻き添えになって倒れて半ば下敷きになってしまった。
ナンナは必死にもがいてアレスの下から少し這い出すと、自由になった手でアレスを揺すって起こそうとした。
「アレス!ねぇ、しっかりして!!」
声をかけながら揺すったり軽くたたいたりすると、アレスの意識が回復した。
「何だ、今のは?目の前が白く染まって・・・。ん?・・・うわぁっ!?」
意識がはっきりして来たアレスは、ナンナを下敷きにしてしまっていたことに気付いて跳ね起きた。
「ねぇ、大丈夫?」
ナンナは土を払いながら起き上がり、問いかけながらアレスの顔を覗き込もうとして、体内の熱を吐き出すように吐息をついたアレスの表情に見愡れてしまった。
そこには数瞬の静寂があった。
そして、それは突然の嵐のような現象によって破られた。
アレスの身体が吹っ飛び、ナンナの目の前には肩で息をしているリーフの姿が現れたのだ。
「リーフ様・・・?」
「はぁ・・・はぁ・・・、白昼堂々ナンナを押し倒すなんて・・・。」
「???」
「大丈夫か、ナンナ!?」
リーフがナンナの肩に手を置いて問いかけたとたんに、ナンナの手がリーフの頬にヒットした。
「何考えてるんですかっ!!その上、病人を殴るなんて最低です!」
リーフが呆けていると、ナンナは更にリーフを怒鳴りつけた。
「ぼやぼやしてないで、さっさとお父様を呼んで来て下さい!!」
「・・う、うん。」
泣きそうな顔でリーフはフィンを呼びに走って行った。
ナンナが倒れているアレスの様子を調べていると、間もなくフィンが慌てふためいてやってきた。


さすが、リーフはフィンを探し出すのが、もとい、フィンに探し出されるのがうまかった。泣きながらフィンを探し回っているリーフの声にフィンが敏感に反応してリーフの元に駆け付けたのだ。リーフの説明は支離滅裂だったが、とにかく裏庭でナンナが呼んでることだけはわかったので、フィンはいったい何事かと慌てて走って来たのだ。
フィンは座り込んでるナンナの足元に倒れているアレスを見て驚いた。
「いったい、何があったんだ?」
「えぇっと・・・。」
「とにかく、部屋へ運ぼう。」
事情を聞き出すよりも処置が先と言わんばかりに、フィンはアレスを抱き上げた。
「あの・・・その抱き方って重くありませんか?」
リーフやナンナならともかく、アレスはフィンと殆ど体格が変わらない。むしろ、アレスの方が体格がいいかも知れない。そんなアレスをフィンは平然とお姫様でも扱うような状態で抱え上げていた。
「頭を打ってるかも知れないから、そっと運ばないと。」
「それは、そうかも知れませんけど・・・。」
「大丈夫だ。キュアン様より軽いし、ラケシスより運びやすい。」
フィンはそう言うと、アレスを静かに静かに部屋まで運び、テキパキと土を払ったり靴や上着を脱がせたりしてベッドに横たえた。
「さて、それじゃあ事情を説明してもらおうか。」
フィンの問いに、ナンナは順を追って説明して行った。
急にアレスが倒れたこと、自分が下敷きになったこと、突然リーフが必殺を発動させてアレスに拳を見舞ったらしいこと、リーフがとんでもない誤解をしていたこと、そして自分がリーフを引っぱたいたことなどを。
「それでリーフ様が泣いてらしたのか。」
「ごめんなさい、つい。」
「育て方を間違えたかなぁ。」
「ごめんなさいっ。」
「いや、お前のことじゃないんだ。」
フィンは溜息をつきながら、リーフの教育を間違えたかと苦悩していた。
いったいどの時点から2人の様子を覗いてたのかは知らないが、どうしていきなりそういう発想になるのか。しかも、どこでそんな言葉を覚えたんだか。そんなことを吹き込んだ犯人はヨハルヴァか、はたまたファバルか。アーサーやフィーという可能性もある。意外なところでシャナン様ということもあり得る。シグルド軍の誰かに妙な知識を植え付けられてるかも知れない。などと、フィンはいろいろ考えを廻らせたが、真犯人がセリスだということは想像だにしなかった。
「とにかく私はリーフ様を迎えに行って誤解を解いてくるから、お前はここでアレス様を見張っていなさい。目を覚ましても当分は安静だからね。起き上がろうとしたら、怒鳴りつけてでも休ませなさい。」
「はい、わかりました。」


フィンが部屋を出て行くと間もなく、アレスは目を覚ました。
跳ね起きるように身体を起こしたところを、ナンナはフィンに言われたように無理矢理寝かしつけた。
「いったい、何が起きたんだ?」
アレスの問いに、ナンナはまた順を追って説明した。
「何考えてんだ、あいつ。」
リーフが妙な誤解をしていたことを聞いて、アレスは呟いた。
「そうよねぇ。どこからそういう誤解に至るのかしら?」
「まったくだ。だいたい、そんなムードも何にもない処で・・・。」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
「冗談だ。」
実は、かなり本気だったのだが・・・。その辺りを追求されないように、アレスは話題を変えた。
「それで、俺はいつまでこうしてればいいんだ?」
「だから、当分は安静って・・・。」
「熱が下がるまでは、おとなしく寝てて下さい。」
入り口からフィンの声がかけられた。
「風邪か過労かは存じませんが、とにかく今はゆっくりお休み下さい。」
「俺は熱なんて・・・。」
「ない、と言い張るなら、体温計を持って来ましょうか?数値を見て後悔しても知りませんよ。」
フィンのあまりの言い様にナンナがアレスの額に手をやると、かなり熱かった。
「こんなに具合が悪いなら、どうして言ってくれないのよ!」
「だから、俺は熱なんて・・・。」
「「あります!!」」
親子揃って、声をそろえてビシッと言われ、さすがのアレスもおとなしく引き下がった。
「今、先日の薬草を煎じてもらっていますから、それを飲んでおとなしく寝てて下さい。いいですね。」
「・・・わかった。」


アレスをゆっくり休ませるためにフィンとナンナが部屋から出て行くと、アレスはこっそり起き出そうかと思ったが、バレた時が恐ろしいのでやめることにした。
そして、自覚はないものの2人があれ程言うのだからやっぱり自分は体調が悪いんだろうか?などとぼんやり考えてるうちに、いつの間にか眠り込んでしまった。
ナンナが薬湯を持って来て枕元をうろついても全く目を覚ます様子がなく、声をかけても揺すっても起きる気配はなかった。
「どうしよう・・・。」
ナンナは溜息とともに独り呟いた挙げ句、辺りを見回すと意を決してアレスの口に薬湯を送り込んだ。アレスが薬湯を飲み終えたのを確認すると、ナンナは空になったグラスと共に、逃げるようにその場を立ち去った。
そして、アレスが目を覚ましたのは翌未明のことだった。
部屋の中を見回すと、枕元にはポットが2つ。身体を起こして良く見ると、何やらメモが置いてあった。
アレスはそっと起き出して窓辺へ行き、窓から差し込む光でメモを読んだ。そこにはフィンの字で、
 〜大きなポットには熱いスープ、小さなポットには冷たいお茶が入っています〜
と書かれていた。それを見てアレスは急に咽の乾きを覚えたので、小さなポットを開けてお茶を飲むことにした。
1杯目を一気にあおり2杯目を注いだところで、アレスは口の中に嫌な苦味が残っていたことに気がついた。覚えのあるその不味さは、あの薬湯のものだった。飲んだ記憶はないが、熱に浮かされてた気がするのでその時にでも飲んだんだろう、と自分を納得させて、フィン特製のハーブティーをゆっくり味わいながらポット半分程飲んだ後、また朝までゆっくりと眠った。
実際、一時的にかなり熱が上がったらしく、夜中に様子を見に来たフィンは汗をたっぷりと吸い込んだアレスの服を着替えさせていたし、ナンナも氷タオルを持って来て暫く付き添っていた。しかし、アレスにはその時ナンナの手を握っていた記憶すら残ってはいなかった。まして、誰がどうやってアレスに薬湯を飲ませたのかなど、知る由もなかったのである。


一晩で復活したアレスがナンナのところへ行くと、今度はナンナが寝込んでいた。
枕元にはフィンとリーフ。
「軽い風邪のようです。おとなしく寝てればすぐに良くなりますよ。」
「もしかして、私がうつしたのかなぁ?」
心配そうに呟くリーフに、フィンは首を振った。
「誰がうつしたと言っても詮無いことでしょう。でも、リーフ様はぶり返すといけないから早く退室して下さい。」
「うん、わかった。」
「ああ、アレス様もですよ。治ったばかりで体力が落ちてるんですからね。」
「あ、ああ。」
フィンがリーフとアレスを部屋から追い出しにかかると、リーフは思い出したように振り返ってナンナに聞いた。
「コープル殿に薬草を煎じてもらおうか?」
「いりません!あんな不味いもの!!」
反射的に叫んだナンナのセリフに、リーフとアレスの声がハモった。
「「どうして味を知ってるんだ!?」」
その言葉に、ナンナの顔は大して熱もないのに真っ赤に湯で上がり、フィンは困ったような笑いを浮かべたのだった。

-End-

あとがき

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