グランベル学園都市物語

第47話

世間が春休みに入る少し前、イシュタルはユリウスに誘われて動物園へ行った。
「今さら動物園なんて、子供っぽかったかなぁ?」
ユリウスはちょっと不安そうにしていたが、あの一件で精神年令が後退したか成長が凍結されていたという感も否めないので、リハビリになっていいんじゃないかとイシュタルは考えていた。それに、何年ぶりになるかもわからないけど今動物園に行くのも、それだけでもなかなか新鮮な気がして面白かった。
漠然と「動物園に行こう」と言って来たユリウスに、イシュタルは即座に情報を集め、オープンしたばかりのところを選んだ。
「この動物園は珍しい動物が多いみたいですよ。」
「例えば?」
「えぇっと、確か『オカピ』。」
森林に住んでるキリン科の動物で、シマウマの親戚みたいな模様の足に実は縞が入ってるけど一見すると茶色一色に見えるボディで、頭の上がややピンク掛かっているという珍しい動物である。
「他には、『カワウソ』。」
「絶滅したんじゃなかったのか?」
「それは『ニホンカワウソ』です。」
ここにいるのは『ユーラシアカワウソ』だった。
「なんだ、水族館によく居るやつか。」
「あれは『コツメカワウソ』です。」
ここには『コツメカワウソ』もいるが、彼等はあちこちの動物園や水族館にいるから珍しくない。
「片や絶滅、片やありふれてるという訳か。突然変異で100匹くらい『ニホンカワウソ』が生まれないかなぁ。」
それはちょっと無理なのでは、とイシュタルは苦笑した。
「それから、『パンダ』もいます。」
「パンダくらい、昔からいるだろ?」
「でも、親子展示でしかもガラスケースや檻じゃないので写真が撮り易いんだそうです。」
あのほこほこのふわふわの生きたぬいぐるみのパンダを汚れたガラスや檻の鉄棒に邪魔されずに見られるだけでもかなり嬉しい。
「あそこにいるのが、それかなぁ?」
春休み前だと言うのに、パンダの居るところには人だかりがしていた。
入ってさほど進まないところに居るというのも人が集る原因だろうが、やはり人気者で、ちょっとした仕種も可愛くてなかなかその場を離れられないということなのだろう。
「向こうを先に回ろう。」
「そうですね。」
2人はタイミングをずらすことにして、別のコーナーへ向かった。


「猿山か。珍しくもなんともないな。」
「何か面白い遊具でも置いておけば良いのに…。」
あるいは猿が温泉にでも浸かっててくれれば見る気も湧くのにと、2人は横目でちらりと見ただけで通り過ぎた。
途中のレストランで早めの昼食をとり、2人は引き続きライオンやトラなどといった定番の動物達を見て回った。
「イシュタル、『オオカミ』ってあんなに小さな動物だったか?」
ユリウスが指差した先では、小型犬みたいな動物が狭い檻の中をひたすら往復していた。
「まぁ、『オオカミ』にもいろいろ種類があるでしょうから…。」
「それにしても、哀れだな。」
落ち着きなくひたすら左右に歩き続けている姿は、あまりにももの哀しかった。
寝てる姿しか見られなかったライオンやトラの時にはあまり感じなかったが、こうもウロウロされると威厳というものが感じられずイメージぶち壊しだ。閉じ込められた姿を見に来ておきながら身勝手な言い分だということはわかっていたが、2人はオオカミのあんな姿は見るに忍びなかった。
そんな2人の行く先に、大きな鳥かご型の檻があった。
「ユリウス様、あれは!」
「『オオワシ』だな。」
さして広くもない檻の中、高みにとまって遠くを見つめている大型の鳥は確かに『オオワシ』だった。
檻の中に居ながら、まるで胸をはって世界中を見渡しているような堂々たる姿勢である。閉じ込められて尚、鳥の王者としての威厳や風格を失わないその姿は、見るものに崇高な生きざまを見せつけているかのようだった。
「…うらやましい。」
「えっ?」
「あの頃の僕に、あれだけの強さがあったら…。」
『オオワシ』を見つめながら、ユリウスは拳を握りしめていた。
周りが何と言おうと、父と自分自身を信じていられるだけの強さがあったなら、イシュタルを泣かせることなんかなかったのに。自分の手で自分の心を黒く染め上げて、ついにはイシュタルの言葉にも耳を貸そうとしなくなって、挙げ句の果てに大切に思っている2人を苦しめてしまった。
「そんなに御自分を責めないで下さい。そのように仰ることが出来るなら、いつかあれ以上に強くなれます。」
「出来るだろうか?」
「はい。既に、あの頃より強くなられましたわ。」
ユリウスは立ち直って過去と向き合えるようになって、それをしっかりと受け止めて前へ歩き出した。
きっともう大丈夫だ。また親戚がユリウスを妬んで中傷・誹謗を流布したとしても今度は立ち向かえるだけの強さがある。それに、自分もあの頃のように非力ではない。向こうの好き勝手に情報を操作させたりはしない。これからだって更に力をつけてみせる、とイシュタルは自分に言い聞かせた。
「イシュタルが傍に居てくれれば、きっと強くなれると思う。」
「喜んで。ずっとお側に居させていただきますわ。」
イシュタルの答えに、ユリウスはちょっと探るような微笑みを浮かべて問い返した。
「ずっと、って一生でも良いんだな?」
イシュタルは驚いたが、たいして間をおかずにしっかりと頷いた。

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