グランベル学園都市物語

第42話

ホワイトデー前日。セティはフィーが帰ってくるのを今か今かと待っていた。
「ただいま〜。」
「フィー!!」
いきなり目の前に走って来た兄の姿に、フィーは面喰らった。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「お前に頼みたいことがあるんだ!」
珍しく焦っている兄の様子に驚きながらも、フィーは抱えてる荷物をセティに押し付けた。
「先に着替えて、これを片付けちゃいたいのよね。」
「わかった、それまで待つよ。」
セティはフィーの後に付いて荷物を部屋まで運んで行った。
「それじゃ、着替え終わるまで外で待っててね。」
「わかった。」
セティがしばらく廊下をうろうろしながら待っていると、やっとフィーが部屋へ入れてくれた。
「それで?」
「頼む、お前にしか出来ないんだ!!」
そう言って手を合わせて頭を下げてる兄には気の毒だったが、フィーは沈黙するしかなかった。
「何とか、私の頼みを聞いて欲しい!!」
「…あのね、お兄ちゃん。内容を言ってもらわないと引き受けようがないんだけど。」
「えっ?」
拝み倒すばっかりで、セティは肝心の中身を言っていなかった。
フィーはしっかり笑い飛ばした後で、改めてセティを促した。
「で、頼みたいことって何?」
「明日の放課後、こっそりティニーを高等部のカフェテリアに呼び出して欲しいんだ。」
セティはホワイトデーにティニーに渡したいものがあるのだが、ティニーに会うための手段に窮していた。
教室でイシュタルに会えない以上、いつものように彼女に頼む事は出来なかった。
フリージ家の電話番号はクラスの連絡網に載っているが、ティニーの家へ電話を掛けた時とは異なる理由で、セティからの電話は取次がれること無く乱暴に切られてしまう。イシュタルは専用の電話を持っているが、その番号を知っているのはユリウスとティニーだけなので使えない。
そうなると、頼みの綱は明日も登校するフィーしかいない。
「引き受けてもらえるか?」
「いいよ。ついでにアーサーを離れた場所に拘束しといてあげる。」
意外に親切なフィーにセティが不思議そうな顔をしていると、フィーはクスクス笑いながら言った。
「バレンタインの時のお礼よ。」
夜中に厨房の床に這いつくばって雑巾がけまでしてくれた兄に対するお礼としては安いものだった。元々フィー自身がアーサーと2人で過ごしたいと思っているのだから、せいぜいその場所を選ぶのとティニーを呼び出す手間が増えるだけだ。
セティは、『情けは人のためならず』の正しい意味を実感した。


 

3月14日の放課後。セティはフィーを信じてカフェテリアで待っていた。
放課後と言っても厳密な時間を待ち合わせているわけではないし、生徒会役員であるティニーは何か会議が入っているということも考えられた。結構待たされるかも知れないと覚悟していたが、ここなら待つのは苦にならない。
しかし心配は杞憂に終わり、放課後のチャイムから大して経たないうちにティニーがやって来た。
「ティニー!」
セティが手を振ると、ティニーは必死に走り寄って来た。
「セティ様、早くここから移動しましょう。」
「え?」
「パティさんが、そうしなさいと…。」
イシュタル程ではないにしても、パティもかなりの情報通だ。彼女がそうしろと言うからには、従った方がいいだろう。
セティは急いでカップを返却口へ片付け、ティニーと共に駐車場へ向かった。
「セティ様?」
車の脇で昼食をとっていた運転手が、驚いたように手にした弁当をしまった。
「すまない、予定変更なんだ。すぐに文化会館に向かって下さい。」
「畏まりました。」
セティとティニーを乗せて、すべるように車は走り出した。
「ところで、ティニー。どうして私と待ち合わせてることをパティが知ってたんだい?」
フィーに伝言を頼んだはずだけど、とセティは不思議がった。
「あの、フィーさんから頼まれたんだそうです。」
フィーのやつ、こっそり呼んで欲しいと言っておいたのに。
セティは帰ってからフィーに文句を言ってやろうと思ったが、その後のティニーの話を聞いて、あっさり手のひらを返してフィーの英断に感謝した。
フィーがパティに伝言を頼んだのは、自分が直にティニーと話したら間違いなくその内容はセティ関連だと周りにバレるからだったらしい。パティはティニーにそう説明したが、実際はアーサーにバレるからだということがセティにはわかった。頼める相手はフィーだけ、と頼んでフィーも簡単に請け負ったが、考えてみればフィーの行動は恋人であるアーサーに知れやすいのだ。ティニーに直に接触したら、身近にいるアーサーに気付かれないはずがない。いくらシレジア家が誇るボディガード&諜報部隊ペガサスナイツの訓練を受けてるとはいえ、まだ見習いのフィーではアーサーの目を掠めてティニーに連絡をつけるのはまず無理だろう。だが、他の生徒と話している分にはアーサーは気にも止めないから安全だった。
しかし、フィーもセティと同様に、彼が有名人でミーハーファンが多いということを忘れていた。卒業したはずの彼が構内を歩いている姿を見かけたファンが騒ぎだし、そのことがアーサーに知れ渡るのは時間の問題だった。だからパティは、セティと会えたらすぐに移動するようにと付け加えたのだ。
ティニーの2人の友人の内、そんな気の利く方を選んだフィーの勘は褒められてしかるべきだろう。その甲斐あって、アーサーが血相変えて構内を走り回り始めた頃には、2人はとっくに高等部の敷地から離れ去っていたのだから。

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