グランベル学園都市物語

第17話

いよいよナンナの番が回って来た。
借り物指令の紙を見たナンナは、辺りを見回した。しかし、指定のものは影も形も見当たらない。とりあえず、家族の元へ走ったナンナはフィンに質問した。
「お父さま、アレスを見かけませんでしたか?」
「いや。お昼以降、お会いしてないが…。」
確かに、昼にはいた。一緒にお弁当を食べたのだから間違いない。しかし、何処をほっつき歩いているのか今は姿が全然見えない。
「では、代わりにお父さまにしますわ。私に借りられて下さい。」
「私?」
ナンナに手を引かれるようにして立ち上がったフィンを見ながら、ラケシスは首を捻った。アレスを捜しにきて、代わりにフィン。先程のリーフ様の紙には『美女』とあったが今度は『美男』という指令でも書かれているのかと訝しみ、ラケシスはナンナから紙を取り上げた。
「ダメ!!」
紙を見たラケシスは、フィンの腕を掴んで引き戻した。ふいに物凄い力で引き戻されてピクニックシートの上に転がったフィンを、更にしっかり抱えるようにして引き寄せる。
「あ、あの…ラケシス、どうしたんですか?」
「ダメったら、ダメ!!」
「お母さま、邪魔しないで下さい!」
ナンナもフィンの腕を掴んで引っ張る。
「ダメったら、ダメったら、ダメ!!フィンは誰にも貸さないわ!」
「いいから、貸して下さい!」
「嫌っ!!」
「すぐ返しますからっ!」
「それでも嫌ぁ!!」
2人に綱引きのように引き合われながら、フィンは伝え聞いたどこかの国の時代劇というものの一幕を思い出さずには居られなかった。あれって確か引き合われて痛がる様子を不憫に思って先に手を放した方が勝ちだったはずだけど、この2人じゃ私がどんなに痛がってもどちらかの手がすべるまで引き合うんだろうな、と思うとフィンは声も出なかった。
「ナンナ、フィンが困ってるじゃないの!手を放しなさいっ!!」
「ですから、お母様が手を放してちょっと貸してくれればそれでいいんですってば!」
ああ、やっぱり、と思いながらフィンはナンナの持って来た紙に何が書かれているのか気になった。そもそも、何で自分がこの2人に引き合われなきゃいけないのか、見当がつかなかったのである。


 

「何やってるんだ?」
妻子に引き合われているフィンの姿に、キュアンは面白そうに声をかけて来た。
「フィンは絶対貸さない〜!!」
「貸して下さい〜!」
キュアンは、フィンの取り合いに夢中になって下に落とされた紙を拾い上げた。
「別にフィンじゃなくても、ラケシスを借りて行けばいいんじゃないか?」
「あっ、そうですね。」
ナンナはパッと手を放した。
思いっきり引き合われていたのを急に手を放されてフィンはラケシスを下敷きにしかけたが、辛うじてラケシスに掴まれていた方の手を彼女の横について身を躱した。すかさず、ラケシスはフィンを捕まえ直す。
「では、お母さま。私に借りられて下さい。」
「嫌よ。」
ラケシスはフィンをしっかり抱えたまま、そっぽを向いた。
「ラケシス?」
不思議そうに名前を呼ぶフィンを決して放さず、ラケシスは言葉を続けた。
「私は誰かの代わりで間に合わせのように借りられる程、安っぽくありませんわ。」
「だったら、やっぱりお父さまを…。」
「嫌って言ってるでしょ!!」
2人の睨み合いに「私の意志は聞いてくれないんだろうか?」と心の中で呟きながら、フィンはまた引き合われることを覚悟した。しかし、その運命からは逃れることが出来た。
「ああっ、もうっ、こんなことしてる間に他の人がゴールしちゃう〜。」
ナンナは急にフィンを諦めると、キュアンの手から紙を取り戻して走って行った。そして放送席に乱入し、アナウンス用のマイクに向かって叫んだ。
「アレス、さっさと出て来なさい!さもないと2度とお弁当作ってあげないわよっ!!」
その叫びに、倉庫の裏でうっかり昼寝をしていたアレスは跳ね起きた。
「私の声が聞こえたらすぐに校舎前の放送テントまで来なさい!急いでっ!!」
アレスは慌てて辺りを見回し、テントに向かって全力疾走した。
「おいっ、いったい何があったんだ!?」
「いいから、さっさとゴールへ走るのっ。」
ナンナに引き摺られるようにしてアレスも走り出し、2人は辛うじてゴールテープを切ることに成功した。
「いや〜、なかなか楽しませてもらったよ。あとで特別賞を出してあげるね♪」
セリスは本当に楽しそうだったが、ナンナはこんな借り物を指定したセリスの背中を恨めしそうに睨み付けた。
ネタに詰まったセリスが大量生産した借り物メモ、それは『好きな人』と書かれていたのだ。しかし、解釈の仕方次第では適当に近くに転がってる人を連れて行けば済むのだ、ということに気が付いた者がいたかどうかは定かではない。尤も、気が付いたとしてもセリスの意図と違っていたら失格か大いなる誤解を受けるはめになるから、そんな大博打に出る者は居なかっただろうけど…。

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