第3話
「お父様にお願いがあります。」
昨日はタイミングを逃したけれど今日こそは、と決意を新たにしては挫けること一週間。ナンナはついに、夕食の後片付けを終えた父に話を切り出すことに成功した。
「小遣いの値上げ交渉なら無駄だぞ。」
「そんなことじゃありません!お料理を教えていただきたいんです。」
ナンナはパティにお弁当の話を聞いて、自分もお弁当を作りたくて本屋で料理の本を立ち読みしたりフィンが適当な本を持ってないか探したりしたが、そんなものより習ってしまえと気付いてからずっと、話を切り出すタイミングを図っていたのだ。しかし、なかなか2人きりになれるチャンスが掴めなくて今日に至っていた。
「教えても良いけど、条件がある。」
「何でしょうか?」
「損失は全てお前の小遣いで補填してもらう。」
フィンの出した条件は、小はナンナが失敗して無駄になる材料の材料費から大は火事を出した時の家の修繕費まですべてを含んでいた。
娘が料理を覚えたいと言うのは嬉しい、けれど家計は決して楽ではない。リーフ達を育てて会社の建て直しを図っていた時の借金はまだ返済が終わっていないし、ラケシスがあんな調子ではいつ彼女の収入が無くなるかわからないから貯金はしっかり貯えておかないといけない。例え野菜屑ひとかけらでも無駄にしたくはない。
条件を聞いたナンナは、即座に部屋へ走り去った。
やっぱりあんな条件じゃ覚える気もなくなるよな、とフィンが考えていると、ナンナはまた走ってフィンの元にやって来た。
「では、これをお父様にお預けしますわ!!」
と気合いを込めて差し出された物は、ナンナの預金通帳と印鑑。中身を見ると、結構ため込んでいた。
「・・わ、わかった。今度の週末からでいいか?」
「はい。よろしくおねがいします。」
そう言って立ち去ったナンナの態度にフィンは、ここまで必死ならあまり損害は出ないだろう、と思うと同時にちょっと言い過ぎたかなと反省した。
「父上、ちょっとお願いが・・・」
「却下。」
ナンナが立ち去ってからしばらくしてやって来たデルムッドの言葉を皆まで聞かず、フィンは願いを断った。
「聞く前に却下しないで下さいよ。」
「どうせバイクの資金援助だろう?」
デルムッドは図星を差されて押し黙った。
「どうしても欲しい物なら、自分の稼ぎで買いなさい。私はアルバイトを禁止した覚えはないからね。」
「だから、ちゃんとバイトしてますよ。でも足りないんです。」
「だったら足りるまで我慢しなさい。」
「それじゃ売り切れてしまいます。」
「その時は、縁がなかったと思えばいい。」
フィンは全く聞く耳を持たなかった。
「ナンナのお願いは聞いたじゃないですかぁ。」
ナンナと同様に話を切り出すタイミングを図っていたデルムッドは、ナンナが何やらお願いをして成功したらしい姿を脇目で見ていた。
しかし、フィンは「誰それがこうだから自分も」という言い方が嫌いだった。だいいち、ナンナとデルムッドとでは「お願い」の質が違う。ピリピリし始めた雰囲気を察し、横で悠々とお茶を飲んでいたラケシスはボソッと呟いた。
「うちではお金の掛かる願いごとは叶わないことになってるのよ。だいたい、デルムッドにバイクを買ってあげられるくらいなら、私にアクセサリーの10や20は買ってくれてるわ。」
そう言って再び悠々とお茶を飲むラケシスに、デルムッドはこれ以上の交渉を諦めて立ち去った。
あわや説教から親子喧嘩に発展か、という危機を丸くおさめたラケシスの言葉にフィンは問い返した。
「アクセサリー、欲しかったんですか?」
「ええ。この広告のコレ、買って下さらない?」
ラケシスが差し出したのは近所のファッションビルの広告で、指差したのはピンクのリボンの付いたバレッタ。値段は小学生のお小遣いでも買える程度で、超人気モデルが身につけるには安物すぎるのだが、フィンにプレゼントしてもらえるならラケシスにとっては宝石よりも価値があった。もちろん、そのくらいの金額なら買ってくれるかも知れないということも知っている。
案の定、フィンはちょっと考え込んでから視線を宙に舞わせて言った。
「子供達には内緒にしておいて下さいね。」