After War(レンスター&トラキア編)

聖戦が終わって、リーフ、アルテナ、フィンはレンスターへと戻ってきた。
リーフはレンスターの王位につき、トラキアの統治をも任されることとなったが、広大な土地を易々と治めることなど到底できはしなかった。
そこでリーフは各城を基点として国内を小領国に分け、領主を派遣して各地の復興を促した。とは言え、レンスターには領主を勤められるような人材などなく、結果的にはハンニバル将軍の推挙を得て就任したトラキア出身の者が領主になった地域が多かった。補佐官としてレンスターの騎士の生き残りを派遣することで一応の共存を成し、後は徐々に互いの溝を埋めていくようリーフ達が気を配っていくことで国としての繁栄を望むばかりであった。
リーフ達の努力もあって、各地は徐々に戦争の傷跡から脱していった。
傭兵として外貨を稼ぐことができなくなった元トラキア地方に属する領地は初期の頃こそ戦時中以上の貧困に喘ぐかに見えたが、レンスター直轄領からの支援を受けながら土地柄に合った農産物及び加工品の生産に力を注ぐことで、新たな財源の確保に漕ぎ着け、少しずつではあるが直轄領からの支援金を返済していける程まで回復していった。
そんな中で、トラキア小領(トラキア城周辺区)についての問題だけが残されていた。


「姉上、またこちらにいらしたのですね。」
「…リーフ。」
「フィンがお茶を煎れてくれました。御一緒していただけませんか?」
アルテナは、暇さえあればレンスター城の物見台に上がり、トラキア城方面の空を眺めて物思いに耽っていた。誰もがそんなアルテナを心配していたが、誰も立ち入れず、そっとしておくことしか出来なかった。ただリーフだけが、時々こうして声を掛けることが出来るばかりであった。
「今日は、手作りケーキもあるんですよ。」
努めて楽し気に話すリーフに、アルテナも少しは心が和むと同時に素朴な疑問が湧いてきた。
「あら、どなたの手作りなのかしら?」
国内から料理人を雇い入れたとは言え、実質上は"城という食堂の調理人"という感じの彼等はお茶菓子までは手が回らず、近隣の村や他国からの貢ぎ物でもない限り、お茶菓子とは無縁のティータイムとなるのが常であった。そして、例え近隣の村から焼き立てのケーキが届いたとしても、リーフは「手作り」とは表現しない。
「フィンに決まってるではありませんか。」
可能性として一番あり得る答えだったが、あまりに当然のことのように答えるリーフにアルテナは驚いた。しかし、考えてみればこのリーフを育てていたのだから食事は当然のことながらお菓子だって作れても不思議ではないだろう、と思い直した。そして、フィンがケーキを作っている姿を想像して、顔が綻ぶのであった。
リーフの部屋に着くと、テーブルの上には素朴ながらも草木の実をふんだんに使ったパウンドケーキが乗っていて、傍らにはフィンが待っていた。なんと、軍服の上衣を脱ぎ、エプロンを付けていた。
「ずいぶんと可愛らしい格好をしておられるのですね。」
アルテナに言われて初めて自分の格好に気付いたフィンは、あわててエプロンをはずし、次の間に掛けておいた上衣を着て戻ってくると、何もなかったような顔で3人のカップにお茶を注いだ。
そんな様子にアルテナもだいぶ心が軽くなり、しばらくの間、リーフの幼い頃の話などを中心に他愛のない歓談をしながら、3人でお茶の時間を楽しんだ。
だが、ケーキを殆ど食べ尽くしたところで、唐突にリーフが重大な話を切り出した。
「姉上、御結婚の意志はありませんか?」
あまりにもあっさりとした口調で言われたために、アルテナは自分の耳を疑った。
「リーフ、今、何と…?」
「御結婚の意志はありませんか、とお聞きしたのですが。」
またしても、あっさりとリーフは言った。
「どこかの国から、申し入れでもあったのですか?」
「申し入れでしたら各地から参っておりますが、この際それは関係ありません。」
リーフの答えは、アルテナを困惑させた。
「リーフ様、こういうことは半端に勿体ぶらずに、きちんと御説明申しあげなくてはいけませんよ。」
「うん、わかってる。」
フィンの忠告に、リーフはアルテナへの質問を改めた。
「姉上は、アリオーン王子と御結婚なさる意志はありませんか?」
と。


聖戦の終盤において、アルテナの説得を受けて友好軍となったアリオーン達は、終戦後、一足先にトラキアへ戻ってきていた。アリオーンはそのままトラキア城に入り、今後はレンスターにトラキア地方の統治を任せて自分はそれにまつわる権利を放棄する旨を発表した。そしてレンスター城に向けて、敗戦の責任を国民に問わぬ様にと願う親書を送り、城内の自室に隠ってしまった。
アリオーンに従っていたドラゴンナイツ達も、同様にして兵舎へ閉じこもり、今後の動向を見守っていた。
しかしリーフはアリオーンに敗戦責任を取らせるつもりなどなく、むしろこれからの両国の復興に対する協力を願っていた。そして、トラキア小領を治めて欲しいと依頼した。
引きこもらせてしまうには惜しい人材だし、今後は土地に根ざした産業を発展させて行きたいという方針からして、トラキアの大地を熟知し民衆の心を掴んでいる者の協力は不可欠であった。もちろんハンニバル将軍の存在はあったが、彼にはカパドキアを任せてあったし、そうでなくてもトラキア城辺りでは参謀・後見役までが精一杯だったのである。
だが、アリオーンは領主を引き受けはしなかった。トラキアの世嗣である自分が領主になることは戦乱の火種となりやすく、レンスターに併合されたことを示すためにも自分は隠遁していることが一番だと考えていたのである。国を出てしまうことも考えたが、どこかで生きているということがレンスターの人々の不安を煽るし、かと言って聖戦士の血を継ぐものとしては決して自害など出来なかった。誰にでも分かる場所でひっそり暮らすことだけが、両国の未来の為と信じていたのである。
結局、無理強いするわけにも行かず、リーフはトラキア城にアリオーンを軟禁状態に住まわせたまま、代理人を派遣して直轄領の飛び地として治めることとなった。
ただ、ドラゴンナイツ達はアリオーンの口添えでアルテナの指揮下に入り、各地の連絡役や見回り役として新国家の為に働くようになった。


「私が、兄上と結婚?」
それはアルテナの幼い頃からの夢であった。兄妹である以上は到底叶うことのない話であると承知していながらも、捨て去ることの出来ない想いであった。そして、兄妹の枷がなくなった今は、別の立場が足枷となっていた。
「そのようなことが、出来るはずがないではありませんか。」
国王が独身の状態で、その姉が併合された国の世嗣と結婚すれば、それがどういう意味を持ってくるのか、ちょっと考えれば分かりそうなものである。
「姉上、私は姉上のお気持ちをお聞きしているのです。姉上は今でもアリオーン王子を愛しておいでなのではありませんか?」
まっすぐに真剣に聞いてくるリーフに、アルテナは自分の気持ちを偽ることは出来なかった。トラキアの城で仲良く過ごしていた時と同じように兄を、否、その頃以上にアリオーンを愛しており、叶うことなら結婚したいと願っていることを認めた。
「それでは問題ありませんね。早速、準備に取りかかりましょう。」
「準備って、何の…?」
「姉上とアリオーン王子の結婚式ですよ。式の手配と諸国への招待状の配付、それから姉上たちの衣装の手配と…、やるべきことはたくさんありますよ。」
「お待ちなさい。私はともかく、兄上のお気持ちは?それに、そのようなことを長老達が認めるはずは…。」
アルテナと結婚することの意味をアリオーンが気付かないはずはない。アルテナと結婚すれば権力と無縁ではいられないのである。例え、個人的にどう思っていたとしても、アリオーンが承知するとは思えなかった。それに、レンスター城の者達がそんなことを認めるはずがない。先の大戦を生き延びた長老達からすれば、アリオーンは憎きトラキアの象徴なのであるから。
「ですから、そのことは問題ないんです。アリオーン王子のお気持ちは確認済みですし、長老達も賛成してくれています。」
「そんな…嘘でしょう。」
「いいえ、アルテナ様、本当なのです。長老達も最初は反対していたのですが、リーフ様の意見を聞き入れて、今では賛成してくれているのです。」


 リーフは、アルテナに話を持ちかける前に様々な下準備をしていた。
まず、トラキア城にいるアリオーンに会いに行ったのである。
アルテナが何度訪ねて来ようとも決して会おうとはしなかったアリオーンであったが、国王が自ら出向いて話がしたいと言ってきているのを追い返すわけにもいかず、リーフの前に姿を現わした。
「本日は、いったいどのような…?」
「ひとつ、どうしてもお聞きしたいことがありまして。世間体を気に掛けた言い訳は聞きたくありません。他者への配慮など一切無用。ただ、あなたのお気持ちだけを答えていただきたい。」
そんなリーフの言葉にアリオーンが居住まいを正すと、リーフはただ一言、こう質問した。
「あなたは、姉上を、アルテナを愛しておいでですか?」
と。
「何を、いきなり。」
アリオーンは狼狽えた。すぐにも己の心を否定しようとしたが、リーフはそれを許さなかった。まっすぐにアリオーンを見つめ、静かにその返答を待っていた。
「私は…アルテナを…愛している。妹としてではなく、女性として。」
その答えを聞いたリーフは更に静かに微笑みを浮かべると、僅かにうなずいた。
「偽ることなく答えていただいて、ありがとうございます。」
そう言い残してトラキア城を去ったリーフは、次に長老達の元へ赴いた。
アルテナが望むならアリオーン王子と結婚させてやりたいというリーフの言葉に、長老達は猛反対した。姉の結婚を取り持つよりも、リーフがお妃を迎えて世継ぎをもうけることの方が重要だとも言った。しかし、リーフは一歩も譲らなかった。
「私は、姉上に幸せになっていただきたいのだ。」
「それは、私どもとて同じです。しかし、お相手がアリオーン王子というのは賛成致しかねます。」
「アリオーン王子は、グングニルを操る、レンスターの敵です。」
「仇敵に大切な姫を差し上げる訳には参りません。」
長老達は、口々に反対意見を言いつのった。
リーフはそれらが一段落するのを待ち、そしてまっすぐに彼等を見つめて自分の考えを語った。
「遥か昔、トラキアを建国したダインとレンスターを建国したノヴァとは仲の良い兄妹だったと聞いています。些細な諍いが元で両国は長きに渡って憎み合うようになってしまったけれど、国が生まれ変わった今、仲の良かった頃に戻っても良いのではないでしょうか。それに、父上達の仇であるトラバントは私の手によって倒れました。トラバントへの恨みをアリオーン王子にぶつける必要はないでしょう。恨みを引きずって姉上の幸せを奪うことなど、父上達はお喜びにはなられぬはずです。」
「しかし、このままではアリオーン王子のお子にレンスターの王権が…。」
「姉上のお子です。ノヴァの血は私よりも姉上に濃く受け継がれている。本来、レンスターを継ぐべきは姉上なのです。そのお子に受け継がれたとて、何の不都合がありましょう。むしろ、レンスターとトラキアが一つの王家として融合することを喜ぶべきとは思えませんか?」
そう真摯に語るリーフに対し、長老達は反論出来なかった。


結婚式を間近に控え、レンスター城は各国からの賓客を迎えるのに大わらわとなった。何しろ、慢性の人手不足は未だに解消されていないのである。基本的にはフィンが、セリスが来た時などはリーフが客室への案内を勤めることとなるほどの忙しさだった。しかし、それもまた非難の対象にはならなかった。
「セリス様、よくいらして下さいました。」
「リーフ、久しぶりだね。この度はアルテナのこと、本当におめでとう。」
そう言いながら、セリスはリーフの足を踏んづけた。
「何するんだよ、セリス!」
叫んでしまってからリーフはハッとして口を押さえたが、
「そうそう、それでいいんだよ。普通に話そうよ。」
と言って、セリスは笑った。
グランベルの王がこんな調子なのであるから、古くからの伝統などを重んじようとする年寄りが居たところで、何を言えるものでもなかった。
そして同窓会のような数日が過ぎ、いよいよ結婚式当日となった。
式典会場へ向かう前、アリオーンとアルテナは時間を作ってリーフの元を訪れた。
「リーフ王、もしもあの時私がアルテナを愛していないと答えたら、どうするおつもりだったのか?」
「そうですね。それが本心なら仕方がないし、もし気持ちを偽って答えるのであれば、そのような方に姉上を任せる気にはならなかったでしょう。」
「リーフ、ありがとう。あなたが長老達に語ったことを夢物語では終わらせないように、私達は頑張るわ。」
「はい、よろしくお願いします。けれど姉上、まずは御自身の幸せを第一にお考え下さい。姉上達が幸せになることが、この国の明るい未来へと続いていくのです。」
そう言って、リーフは2人を式典会場へ送りだした。

-End-

あとがき

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