pas a pas

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セリスに帰還の報告をして彼の部屋を出たアレスは、自分に割り当てられた部屋へと向かう途中でナンナと顔を合わせた。
ナンナは、アレスの姿を見つけるなり目を見開いて立ち尽くしていた。そして、アレスがかなり近くまで来たところで、目線を逸らせて堅い声で言う。
「遅かったのね。」
まるで責めるかのような響きにアレスはカチンと来た。
元々、いつ頃ここに到着するか前もって決められていた訳でも、また村を守った後にここでの戦いに合流することを求められていた訳でもなかった。しかも、近くまで来て少々馬足を鈍らせたとは言え実際に掛かった時間は不自然なものではなかった。そもそも、もしもかなりの時間を喰っていたとしても、セリスから思ったよりも遅かったと言われるならともかくナンナに責められる謂れはない。
「ふざけたことを…!」
アレスはナンナにつかみ掛かろうとして、驚いたように手を止めた。
「泣いて……るのか…?」
俯き加減に顔を背けているナンナの頬に光るものを見て、アレスは顔を上げさせようと再び手を伸ばした。するとナンナは少し後ずさる。そして、廊下の向こうから物凄いスピードで駆け寄って来たリーフが、2人の間に割って入った。
「アレス殿! ナンナに何をしたんですかっ!?」
リーフにいきなり怒鳴られて、アレスはムッとした。確かに、アレスとナンナの周りには他に人影はなく、リーフが2人の姿を目にした時には既にナンナが泣いていて、しかも手を伸ばすアレスから逃れるようにナンナが後ずさったとなれば、彼が何かしたと勘違いされても仕方がないかも知れないが…。
「知るか!その女が勝手に泣き出したんだ。」
「いい加減なこと言わないで下さい!」
「お前こそ憶測で他人を責めるなっ!!」
両者は睨みあい、どちらも一歩も引こうとはしなかった。その内、何だ何だと人が集まって来る。そして集まった者達の大半は、リーフの背後で泣いてるナンナと睨み合う2人の姿に、リーフと同様の想像を巡らせる。
居心地があまりにも悪くなって、とうとうアレスの方が先に動いた。勢い良く顔を背けると、ギャラリーの一角を押し分けて部屋へと向かう。
「一体、何があった訳?」
セリスはリーフに駆け寄ったが、リーフ自身、上手く説明することは出来なかった。
「それは…。ナンナに聞いてみないと何とも…。」
「何もありません。何も…。」
一斉に注目を浴びて、ナンナは声を押さえながらそう繰り返した。そして、何とかして泣き止もうとしながら呟く。
「ただ、アレスの顔見たら急に涙が出て来て…。」
そんなナンナをリーフはフィンに預けると、沈んだ顔でその場を立ち去ったのだった。

あてがわれた部屋へ入ったもののどうにも怒りが収まらなかったアレスは、城の地下へと降りて行った。
酒蔵に鍵が掛けられていないのを見て扉を開けようとして、アレスは慌てて手を離した。
「チッ、魔法の鍵か…。」
物理的かつ古典的な鍵ならばこじ開ける術のあるアレスだったが、さすがに魔法で封じられていては手出しのしようがなかった。只でさえ不愉快な気持ちが、更に高まるばかりだ。
仕方なくアレスは部屋へ戻ると、ふて寝した。
それから大して経たぬうちに夕食だと声を掛けられたが、あんな連中の顔を見ながら飯など食えるか、と思ってそのまま部屋に籠る。その後、また誰か呼びに来るかと思いきや、全く声が掛からない。
「何て冷たい連中だ! こういう場合、時間を置いて何度か声を掛けるもんだろうがっ!!」
そんな風に愚痴ったところで空腹が収まるものでもないが、かと言ってノコノコ出て行く気にもなれないアレスは、解放軍に参加することを決めたのは間違いだったかと思いながら布団を被っていた。
月が高く昇った頃、再びアレスの部屋の扉が叩かれた。すっかり臍を曲げて返事もしないでいると、「入りますよ」の声と共に扉が開かれる。
「誰が入って良いと言った?」
「悪いとは言われませんでしたよ。」
許可もなく入って来た者は、身を起こしたアレスに睨まれても平然としていた。その涼やかな笑みに、アレスの方が毒気を抜かれて大人しくベッドから降りる。
「今晩は、アレス王子。」
大きなバスケットを軽々と抱えて微笑む緑の髪の青年に、アレスはすっかりペースを崩され、彼が促すままに椅子へと腰を下ろす。
青年はそれを見届けて向いに腰を下ろすと、バスケットの中から酒瓶とグラスを取り出した。
「ご一緒に如何かと思いまして…。」
自分の方に向けられたラベルから、それがかなりの高級酒であるのを見て取り、アレスは驚いた。
「そんなもの、どこから手に入れた?」
すると、青年はにっこり笑ってこう答える。
「地下の酒蔵からです。」
その答えにアレスは訝し気に問う。
「あそこは強固な魔法で封じられていたはずだ。簡単に開けられるわけが…。」
「おや、御存じでしたか? ですが、封じた本人にとっては開けるなど雑作もないことですよ。」
涼しい顔をして目の前で2つのグラスに酒を注ぐ青年に、アレスは目を丸くした。
「お前…、何者だ?」
返答によっては剣を抜くことも辞さない緊張感を持って、アレスは問いかけた。だが、そんなアレスに青年は臆することなく答える。
「これは失礼、自己紹介がまだでしたね。」
そう言ってから、一呼吸置いて青年は名乗った。
「セティ、と申します。」
「セティ…? ああ、お前がこの辺りで『風の勇者』とかってもてはやされてた奴か。」
アレスがそう答えると、セティはクスクスと笑った。
「何がおかしい?」
「いえ、私のことをその呼称で呼びながらそんな反応をする方は初めてなものですから…。」
セティはそう言うとまた楽しそうに笑う。そして、睨み付けるアレスの視線に気付いて笑いを収めると、彼の前に酒を注ぎ終えたグラスを2つ横に並べて差し出した。
「どうぞ。」
好きな方を取れと言われたアレスは、警戒しながら自分から見て左にあるグラスを取る。すると、セティはもう1つを手にして軽くアレスのグラスへ掲げて見せた。
「何に乾杯した?」
アレスが問うと、セティは平然と答える。
「いろいろなものに…。そう、差し当たってはこの酒との出会いに、では如何でしょうか?」
「…いいだろう。」
アレスはセティがグラスを空けたのを確認してから僅かばかりの酒を含み、異常を感じられないことを確かめて一気にそれを飲み干したのだった。

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