FLASH・1

薬草を探しにいっていた女の子達が城に駆け込んで来た。
およそ走るなどという行為とは無縁に見えるラナの慌て様に、セリス達が慌てて駆け寄ると、いきなり出現した野党に襲われたことが判明した。
「「ナンナはっ!?」」
「「ティニーはっ!?」」
「「ユリアはっ!?」」
各2名ずつの声を受けて、ラナはその度に半歩ずつ引いた。そこへ遅れてティニーが、更に少し遅れてユリアが駆け込んで来る。
しかし、ナンナだけは一向に現われる気配がなかった。
その理由は、動揺を押し隠して冷静に状況を報告したユリアの話から察しがついた。ナンナは、まず一番戦力に欠けるラナを、続いてティニーやユリアを次々と『リターンの杖』で本城へ飛ばしたのだ。そして最後は自分が『リターンリング』で……帰るつもりだったのだろう。
「まさか、これがその『リターンリング』ってやつじゃないだろうな?」
アレスが顔色を変えて取り出したのは、正しく『リターンリング』だった。
「何でそれをアレス殿が持ってるんですか!?」
「……忘れ物だ。」
昼前に洗面台のところで見つけたものだった。自分の物ではなかったので、帰ったらナンナに聞いてみようとアレスはポケットに入れておいた。
「何でそんなところに…?」
「それ、本当に聞きたいのか?」
問い返されて、リーフはプルプルと首を振った。今の反応から、聞かなくても想像出来た気がするし、聞きたくなくなってきた。
「でも、それがここにあるってことは、ナンナは一人で取り残されちゃった訳?」
「セリス様っ!?」
嫌なことをわざわざ口に出して確認するセリスに、リーフは詰め寄った。
「お、落ち着いて、リーフ…。私の首を絞めるより先にもっとやるべきことがあるんじゃないかなぁ。」
セリスがそう言っている間に、アレスはユリアから簡潔に襲われた場所を聞き出すとすぐに馬を駆けさせて居た。

荒れた現場に駆け付けたアレスは、すでにそこにナンナの姿がないのを見てひとまず息をついた。少なくともナンナの死体はないし、辺りは踏み荒らされてはいるが血だまりは出来ていない。あるのは、焦げたり干涸びたりした死体ばかりである。それはナンナがこの場で殺されたり大怪我をしたりはしなかったことを示していると考えるのは、楽観ではないだろう。
「連れ去られたか…。」
売るのか生け贄に使うのか、それとも解放軍に対する人質として使うつもりか。
アレスは、慎重に辺りを探った。魔法で逃げられたら手がかりは掴めないだろうが、ナンナを連れて行ったとしたらそれはないだろう。他人を連れて転移出来るものなど、ユリウスとマンフロイくらいしか居ないはずだ。そして、彼等がこの場に居たならば、ナンナ以外の者が無傷で帰って来られたはずがない。
辺りを探って逃亡の痕跡を見つけたアレスは、それを追って行った。
そして、ある程度追い詰めたと思った矢先に、向こうから接触を試みて来たのだった。

「聖戦士の方とお見受け致します。」
「ああ。」
現われた黒いフードを被った影に、アレスは頷いてみせた。すると、相手はぐったりとしたナンナを抱えた仲間を呼び寄せる。
「取り引きを、致しましょう。そのお腰の物とこちらの少女を交換というのは如何でしょうか。」
「これと、か…。」
アレスは腰の『ミストルティン』を見た。
「これを手に入れてどうする?」
最初の問いかけからして、これが神器であることは解っているはずだ。使えもしない武器を手に入れて、それで大切な人質を解放しようとする相手の意図が読めない。
「手に入れて……持ち逃げする。これでは答えになりませんか?」
正直に答えているのかとぼけているのか、とにかく返って来たこと自体がおかしな答えに、アレスは戸惑った。バカにされているとしか思えない。
「損な取り引きではないと思いますが…。」
「…これを渡せば、そいつを無傷で解放するのか?」
「はい。」
相手は穏やかな口調で即答した。
「信じるも信じないも、あなた次第。けれど、交渉が決裂したならこの少女は二度とあなたの前に現われることはないでしょう。」
アレスは考え込んだ。いざとなれば答えは決まっているが、交渉中はどちらも失われはしない。稼げるだけ時間を稼ぐだけでも、状況は優位に傾く可能性を秘めている。
恐らく、ナンナを人質にしたもののアレスの追跡が早くて逃げ切れないものと思ったのだろう。ナンナを楯にとってアレスを殺そうとしても、上手く行く保証はない。少女と言えど、彼女を騎士として評価し犠牲にする可能性もある。しかし、武器ならば仲間の命と引き換えてまで守る可能性は低く、それでいて攻撃力を削ぐことが出来る。それが神器なら、尚更奪い取る意味はある。
相手の企みに考えを集中させながら、アレスは機を伺った。僅かにでも隙を作れば…。そう考えている間に、ナンナが目を覚ました。
「アレス…?」
ぼんやりとした視界に映った恋人の姿に、その名を呼んだナンナは、直後に自分の置かれている状況を把握した。
「おっと、動かないでいただきましょうか。」
ナンナが目覚めたことで、アレスの方が不利になった。手に余る人質に見切りをつけて、いつトドメを刺そうとするかも解らない。
「さぁ、どうなさいます?」
「……取り引きに、応じよう。」
アレスは、『ミストルティン』を鞘帯ごと外した。
取り引きに応じたところでナンナが返って来る保証はない。しかし、応じなければナンナは目の前で殺される。
「な、何よ、取り引きって!?」
ナンナは目の前の光景に、何の取り引きなのかを察した。
「ダメ! ダメよ、渡しちゃ!! それは大切な…。」
「黙れっ!!」
アレスに逆らうことを許さないような口調で命じられて、ナンナは押し黙った。そして、心の中で自分を責める。
「ふふふ…、それでは交換と参りましょう。」
ナンナを抱えた者と彼女に剣を突き付けた者が足並みを揃えてゆっくりと近寄って来る。
「武器を置いて下がれなどという不粋なことは申しませんよ。取り引きの基本は直接的な物々交換ですからね。」
「ふざけたことを…。」
離れた所からひとを見下したように余裕を見せるフードの男に腹を立てながら、アレスはナンナが連れて来られるのを待った。
「さぁ、武器をこちらへ。」
アレスは素直に剣を差し出した。但し、ナンナを抱えている方の男に向かって…。彼はそれを受け取るために片手を放す。そして、その手が剣を受け取って全員の注意がそこに向いた瞬間、アレスはナンナを力づくでもぎ取った。そして今度はナンナに気をとられたところで、すかさず剣も取り返す。
「おやおや、随分と乱暴な真似をして下さいますね。」
「返す気のなかった奴が、よくも言う。」
忘れることなく目の前の敵を蹴飛ばして互いの距離をとると、アレスは『ミストルティン』を腰に佩いた。
敵にナンナを返す気があったなら剣を一度手放すこともなく難無くもぎ取れたものを、アレスは危険な賭けに出るしかなかった。万一の時は、剣よりもナンナを、と…。
ナンナを解放して、アレスは敵を牽制しながらジリジリと後退した。そして、そっとポケットに手を入れて指輪を取り出すと、隙を見てナンナの指に嵌める。
「使え。」
簡潔に言われて、ナンナは反射的にそれを使った。途端にナンナの身体を光が包む。
「城で待ってろ。」
「いやっ、アレス〜!」
とっさにナンナはアレスに向かって手を伸ばした。その腕を掴んだ次の瞬間、その場から2人とも姿を消していたのだった。

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