若者よ悩みを抱け!!

1 of 4

マンスターまで進軍した解放軍は、そこで風の勇者セティを仲間に加えた。そのことは、アーサーに様々な影響を及ぼした。
「それじゃ、セティ。あっちの敵を魔法で蹴散らして来てね。」
ドラゴンや重装備の敵がやって来るとセリスはそう言ってセティを送りだし、大して経たぬ内に敵に壊滅的なダメージを与えたセティが無傷で戻って来る。
これまで、敵の鼻先を魔法で叩くのはアーサーの役目だった。マージナイトに昇格して以来、その起動力にものを言わせて安全圏から魔法を叩き込み反撃される前に目の前から姿を暗まし、フィーと組んでヒット&アウェイで数多くの敵を叩きのめして来た。ところが最近は全然お呼びが掛からず、ふと気付けばその役目はセティに奪われていたのだった。
何しろ、『フォルセティ』を装備したセティはその攻撃力も然ることながら解放軍随一の回避率を誇るのである。鼻先を叩いて終わりではなく、一撃加えた後もその場に留まり押し寄せる敵を全て返り討ちにして涼しい顔で帰って来るのだ。それでいて、神器の修理費を全額自己負担出来るだけの貯えもあるとなれば、セリスが彼を使わない訳がない。おかげで最近のアーサーは、小物相手ばかりになってしまった。
更に面白くないことに、これまでは魔法のことでいろいろ話をしていた者達がこぞってセティの元に集まるようになってしまったのだ。アーサーが教えを請うていたユリアや可愛い妹のティニーもセティに信頼を寄せている者の一人となってしまった。
「それでしたら、私などよりセティ様にお聞きした方が良いと思います。」
「セティ様に杖の使い方を教えていただいてるんです。」
しかし、ユリアに勧められたからといって素直にセティに教えを請えるほどアーサーも単純ではなく、ティニーの嬉しそうな顔に心は沈みがちだった。
「何だよぉ、皆してセティのことばっかり頼りにして…。」
確かに神器持ちとそうでない者とでは戦闘時における頼り具合とかは差が出て当然だが、それにしてもアーサーの周りの雰囲気はあまりにも変わり過ぎだった。まるで「もう君は用済さ」とでも言われたかのような気分になって来る。
そしてある日、そんなアーサーの目に更にトドメとも言うべき光景が飛込んで来た。
偵察から戻って来たフィーがセリスの部屋に消えるのは、アーサーにも見慣れた光景だった。しかし、部屋から出て来たフィーがセティと一緒に、しかも腕まで組んで楽しそうに甘えるような表情さえ浮かべて街へと歩いて行くのを見た時、アーサーはこれまでにないくらいのショックを受けた。
「あんな顔、俺にだって見せたことないのに…。」
堪らない気持ちで魔道士マントのフードを目深に被って後をつけていくと、セティにアイスを奢ってもらって仲良く食べていたり肩を抱き寄せられたり頭を撫でられたりしているフィーの姿が目に入って来る。その様子は、どう見てもかなり深い関係のように思えた。
「な、何だよ、これ。フィーの奴まであいつに乗り換える気か? そりゃ、向こうは同じシレジアの人間だし王子様だし神器だって使えるけど、だけど、だけど…。」
アーサーにはまだ街は混乱があって危険だから出歩かないように、と誘いを断り続けておきながら自分はセティと楽し気に出歩くフィーが腹立たしかった。決して自分には見せないような顔や仕種を次々に見せるフィーに、アーサーの憤りは頂点に達した。
「フィーの大バカやろう〜〜〜!!!」
普段の倍の叫び声を上げたアーサーに、辺りの者達の視線が一斉に集まった。それは勿論、セティ達も例外ではなかった。しかし、それらの視線に全く気付くこともなく、アーサーは一気に城まで駆け戻ったのだった。

「チキショー!! チキショー!! チキショー!!」
城の裏で、アーサーは壁に八つ当たりしながら泣いていた。
「フィーの裏切り者!! 王子が出て来たら、ちゃっかり玉の輿狙いやがって…。大体、セティもセティだ。何が勇者様だよ。涼しい顔して他人の女に手出しするなんて、勇者が聞いて呆れるぜ!!」
ブツブツと壁を相手にアーサーは愚痴り続けた。そして、それから大して経たない内に危険な気配を感じて反射的に踞ると、寸でのところで何かが頭の上を掠めるように通り抜けていった。同時に、セティの叫び声が耳に届く。
「やめろ、フィー!!」
アーサーが壁に縋るようにしながら立ち上がると、声とは逆方向に着地しているフィーの姿が目に入った。どうやら、アーサーに飛び蹴りを喰らわせようとしたらしい。
その反対側からはセティが駆け寄って来る。
「大丈夫か、君?」
「…あんたに心配してもらう必要なんかない。」
アーサーは、不機嫌さいっぱいの顔でセティから顔を背けた。
「何よ、その態度!?」
フィーは、アーサーの襟元につかみ掛かった。その手を、セティが掴んで間に割って入ろうとする。
「ふんっ、仲の良さを見せつけに来たなら他のトコ行けよ。」
「何を訳解んないこと言ってんのよ?」
「俺の前でいちゃつくなんて、ほんと、お前らって無神経だよな。」
アーサーは2人を睨みつけながら、必死に涙を堪えていた。
「いちゃつく、って…。君、何か勘違いしてるんじゃないか? 私達は…。」
セティはアーサーにフィーとの関係やフィーがやろうとしていたことを説明しようとした。だが、言いかけたところでフィーに遮られる。
「お兄ちゃんは黙ってて!!」
「……はい。」
フィーのこれまでに見たこともないような迫力に押され、セティは黙り込んだ。それを見て、アーサーは余計にやさぐれる。
「ケッ、もう尻に敷いてんのかよ。お兄ちゃんなんて気安く呼んじゃってさ。……って、えっ、お兄ちゃん?」
アーサーは目を丸くして2人を交互に見遣った。
「お兄ちゃん、ってことは、あんたってフィーの兄貴?」
セティは黙って頷いた。
「まさか、知らなかったなんて言わないでしょうね?」
「ぃや、そのまさかなんだけど…。」
呆れたように手を離したフィーに、アーサーは気まずそうに答えた。
「だって、セティの妹ってことはシレジアの王女様ってことじゃん。そんなの詐欺だぁ。」
「詐欺とは失礼ね。」
フィーは反発した。だが、それについてはセティは目線を泳がせている。
「大体、それならあのレヴィンさんとの間のよそよそしさは何なんだよ? どう見ても親子には…。」
「あんな妻子不孝者の話はしないで!!」
フィーは、腕組みをしながら怒ったようにそっぽを向いた。するとセティが何か言いたそうに、その肩を軽く突つく。
「何よ?」
振り返ったフィーに、セティは何故か身ぶり手ぶりしている。それを見て、アーサーも不思議そうな顔をした。
「何やってんだ、あんた?」
アーサーに問いかけられてもセティは何故かジェスチャーを続けていた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ。」
「喋って良いのかぃ? それじゃ…。とりあえず彼も落ち着いて来たみたいだから、後はフィーに任せるよ。なるべく冷静に話し合うようにね。」
そう言うと、セティは肩の荷が下りたと言わんばかりの様子でスタスタとその場を後にしたのだった。

後に残されたアーサーとフィーは、セティの姿が視界から消えた後、目を丸くして顔を見合わせた。
「さっきのジェスチャーって、もしかしてお前に「黙ってて!!」って言われたから…?」
「そういう性格なのよね、お兄ちゃんってば。」
真面目と言うか、律儀と言うか…。何にしても、アーサーの中でセティへの評価が変わったことだけは確かだった。
そうやってアーサーの気が和らいだのを見て、フィーは本題を切り出した。
「あの、えぇっと、ごめん。あんたのこと放っておいて誤解を招くようなことしてたのは悪かったと思ってる。」
妙に素直なフィーの様子に、アーサーはどう反応して良いか解らず、先を続けるように促すかのようにフィーの方をジッと見た。
「でも、アーサーに本当のこと言い難かったのよ。」
「本当のことって?」
セティと兄妹だということだろうか、とアーサーは首を捻った。さっきの様子からすると、レヴィンと親子だということを認めたくないらしいとは思える。だが、セティと兄妹であることについては知らない方がおかしいみたいな言動が見られた。だから違うよなぁ、とアーサーは首を更に捻る。
その様子を見て、フィーは意を決したようだった。
「こうなったらハッキリ言っちゃうわ。このマンスターではフリージの人は、その特有の銀の髪は憎悪の対象なのよ。だから、あんたやティニーは下手にうろつくと危ないの。」
「えっ!?」
いきなり突き付けられた事実に、アーサーは驚いた。
「だって、ここの人達がずっと戦って来た帝国って、要するにアルスターに居たブルーム配下の軍なんだもの。」
「そりゃ、そうだけど…。でも、それなら今まで通って来たところだって同じだろ? 半ば占領されてたレンスターとかの方がよっぽど危なかったじゃん。」
「半ば占領されてたから、解放軍で戦う姿が皆の目にも映ったの。でも、ここはお兄ちゃんが守ってたから、あんたが解放軍の一員だって実感してもらえないのよ。」
言われてみれば、フィーの言うことには思い当たる節があった。先ほど、ここへ駆け戻って来る時、周りから浴びせられた視線や声である。てっきり、「フィーの大バカやろう」と叫んだ所為だと思っていたが、もしかすると走った際にフードが脱げて風に靡いたこの銀の髪の所為だったのかも知れない。
「あ、あのさ。もしかして、さっきの俺って…。」
「あれだけ猛スピードで駆け戻ったから良かったものの、もし普通に歩いてたら今頃袋叩きになってたかも知れないわ。そもそも、よくもあんな所まで無事に来れたものよね。」
「フード被ってたから…。」
変装のつもりでフードを目深に被っていたことで、フリージ家特有の銀の髪が全て隠れていたのが幸いしたらしい。もしもそうでなかったら、と考えるとアーサーは全身から冷や汗が出るのを感じた。
「でも、それとお前がセティと遊び歩いてたことと、どう関係あるんだよ?」
「……顔売ってたのよ。勇者セティの妹として。」
フィーの告白に、アーサーはまたも理解出来ずに首を傾げた。
「解放軍の一員として知られててある程度押し出しの効く人間と一緒なら、アーサーも街を歩けるでしょ? でも、あんたってばお兄ちゃんのこと避けてたし、セリス様は忙しいし、アレスには断られたし、リーフ様は今他人のこと構ってる余裕ないみたいだし、シャナン様には頼めないし…。」
ポンポンとフィーの口から飛び出す名前に、アーサーは圧倒された。
「だからあたしが顔を売って、一緒に行こうとしてたのよ。それなら…。」
言いかけて、フィーはちょっと口籠った。それに対して、アーサーはオウム返す。
「それなら?」
「それなら、その、デートも出来るから。」
恥ずかしそうに言うフィーに、アーサーは口をあんぐりと開けた。
その様子に、フィーはアーサーが呆れたのかと思って慌てた。
「本当は、こんなやり方好きじゃないんだからね。こんな風に誰かの名前を借りるような…。でも、そんなこと言ってたらアーサーと街を歩けないじゃない。」
「う、うん。あ、その、えぇっと、ありがと。」
半ば呆然とした感じで礼をいうアーサーに、フィーはズイッと近寄った。そして、その手を強く掴む。
「わかったら、明日街まで付き合ってもらおうじゃないの。」
脅すかのような迫力だったが、それがデートの誘いであることをちゃんと認識出来たアーサーは、喜んで了承した。そして、楽しいデートの後、これまで悩んでいたことの殆どがバカバカしく思えたのだった。

-了-

《あとがき》

"1 of 4"となってますが、連載ではありません。4部作を予定しているシリーズの第1弾です。
まずはアーサーの章です。
セティ様参戦までの間、唯一の男魔法使いのアーサーは、前に出過ぎて攻撃喰らっても体力とそこそこの素早さで辛うじて生き延びてくれたので、LUNAにこき使われてました。セティ様が参戦した後もベンチウォーマーにはしませんでしたが……フォーメーション組んでタコ殴りと一気に殲滅以外の時は、殆どの場合セティ様やオードな人々を敵陣に放り込んでサクサク片付けたのは紛れもない事実です(^_^;)
ぃや〜、久々に暴走アーサーを書きましたがやっぱり楽しかったなぁ♪
うちのアーサーはこっちが本当の姿でしょう(笑)
セティ様もちょっとお茶目さんになってしまいましたが、暴走アーサー&体当たりなフィーは当サイトの基本でございます。
これからもまたこっちの路線を走りたいと思いますのでよろしくお願いしますm(_ _)m