RUNAWAY

-5-

ソファラから逆行しながらルーファス達はセシルを探し始めたが、何の手がかりも得られないままリボーの辺りまで戻って来てしまった。
「とにかく、リボーに入ったことだけは確かだと思うが…。」
慌ただしくイザーク城を後にした折に、砂漠の入り口を見張ってもらえるようにしておいたから、恐らくセシルはこの国から出て行ってはいないだろう。しかし、あれだけ目立ちそうな彼が全然見つからないのは不思議だった。
そんなこんなでリボーとイザークの境界辺りまで差し掛かった時のことだった。
「あっ、温州みかん!」
先頭を行くアレイナの叫びに、ルーファスは前方に目をやると、馬が1頭駆けて来るのが目に入った。セシルの馬だ。
「温州みかん?」
アイリーンが不思議そうに呟くと、ルーファスが溜め息混じりに答えた。
「アレイナがそいつに付けたあだ名だ。」
すると、今度はマリアが不思議そうに呟く。
「その子の名前は、ジークフリードですけど…。」
「知ってますわ。でも、この目つきが本で見た温州みかんにそっくりなんですもの。」
その上、その名で呼ばれても寄ってくるし、とアレイナはやってきた馬の首を叩いた。
「ところで、背中の荷物はどこに落として来たんですの?」
セシルを乗せていない馬にアレイナは真剣に尋ねると、言われたことが分ったのか馬は辺りを見回すような素振りをした。
「どうやら、そいつ自身が迷子らしいな。」
そうは言いながらも、ルーファスはこれで間違いなくセシルがこの国に入ったことを確認出来たと思った。
とりあえず馬の世話をしながら、その身に何か手がかりになるようなものが付いていないか調べてみる。
「最近、雨、降ってなかったよな?」
「はい。まったく降っておりません。」
「元々そんなに降らないしな。」
ルーファスの呟きを、マリアとアイリーンが肯定した。
「あら、でも、この子の足、深いぬかるみにでもはまったみたいですわね。」
更に調べてみると、鬣に小枝や葉っぱが絡んでいた。
「まるで、森の中を駆けずり回っていたみたいだな。」
アイリーンがボソっと呟いた。
「それだな。」
「それですわ!」
アイリーンは自分の何気ない一言に返って来た反応に驚いた。
「南と北、どっちだと思う?」
アイリーンはルーファスに訪ねられて焦った。
「えっ、あっ、そうだな…。南…だろうか。」
アイリーンは慌てて辺りの様子を思い描いて答えた。この季節に深いぬかるみがありそうなところと言うと、やはり海に面した南の森が一番可能性が大きいだろうと考えてのことだった。
「よし、まずはそこからあたってみよう。」
「待ってくれ、そんな簡単に…。」
自分の一言であっさり方針が決まってしまったことに、アイリーンは焦った。単なる思いつきであり、また何となくそんな気がしただけだ。それをそんなに簡単に受け入れられては、責任を感じてしまう。
「手がかりが殆どないんだ。少しでも可能性のある方に賭けてみるしかないだろう?」
この一言で、全ては決まったのだった。

森の入り口で二手に分かれて、捜索が始まった。ルーファスはマリアを気遣い、時には手を差し伸べ時には抱えて森の奥へと踏み入って行った。
辺りには、最近になって何かに踏み荒らされたような痕跡がたくさんあった。しかし、それがセシルや彼の馬によるものとは断定出来ない。この森に住む獣の痕跡ということもあり得る。ルーファスは注意深く辺りを観察しながら、奥へ奥へと進んで行った。
かなり奥の方まで行ったところで、少し開けた場所に行きあたった。
「セシル…様?」
ルーファスに片手で担ぎ上げられるようになっていたマリアが、驚いたように声を漏らす。ルーファスは、すぐに彼女の見ている方向へと視線を走らせた。
「セシルっ!!」
その声に、ポツンと座り込んでいた影が立ち上がって走って来た。否、走って来ようとして転んだ。
なかなか起き上がれない彼の元にルーファスとマリアが駆け付けると、セシルは泣き笑いのような表情を浮かべた顔を上げた。そして情けない声を出す。
「マリア〜、ルーファス〜。」
それを見て、マリアが泣き出した。
「良かった、セシル様。本当に、見つかって…。」
それだけ言うと、マリアはもうただ泣きじゃくるだけだった。途端に、先ほどまでの力ない状態は何処へやら、セシルは跳ね起きるとマリアを慰め出す。
「マ、マリア! 泣かないでよ。ほら、僕はこんなに元気。」
「ひっく、ひっく…。」
その様子を、ルーファスは黙って見ていた。ただただ険しい顔で、鋭い目つきで…。
しばらくして2人を連れて帰り道を辿り始めると、ルーファスは笛を吹き鳴らした。聞こえる範囲に居れば、アイリーン達も合流場所へと戻り始めるだろう。聞こえなくても、予め決めておいた時間が過ぎれば戻って来る。
外へ向かって歩いている間、ルーファス達の間に会話はなかった。ルーファスは黙々と2人を先導し、セシルはまだ泣き止んでいないマリアの手をしっかりと握ってその後に黙ってついて行った。
「ルーファス……怒ってる?」
途中で恐る恐る聞いてみたが、返って来たのは冷ややかな眼差しだけだった。
そうして時々笛を吹きながらルーファス達が森を出てくると、そう長く待つことなくアイリーン達も戻って来た。
「マリア、大丈夫か? どこか痛むのか? それとも疲れたのか?」
アイリーンが心配そうに駆け寄ると、マリアは首を横に激しく振った後アイリーンの胸に顔を埋めてもう一泣きした。
「セシル様、ご無事みたいですわね?」
アレイナがからかうようにセシルに声を掛けた。
「無事じゃなかったんだけど…。」
怪し気な連中に追い掛けられて森に逃げ込んだものの、そのまま迷って出られなくなった挙げ句に馬に逃げられ、途方にくれながら携帯食で食い繋いでもうお腹はペコペコだわあちこち痛いわで散々だった。
「あら、でも、お兄さまに殴られずに済んだのではありませんこと?」
「えっ?」
セシルはギクリとしてルーファスの方を見た。相変わらず冷たい視線が全身に刺さるようだ。
「ノディオンを出る時、キレかかってましたのよ。」
アレイナは、笑みさえ浮かべて恐ろしいことをさらりと言って退けた。それを聞いて、セシルは背筋が凍るような気がした。
「あの…、ルーファス?」
セシルは、ルーファスの顔色を探るようにしながらジリジリと後退した。
「見つけ出してぶん殴ってやろうと思ってたことは確かだ。」
「ヒィ…。」
身を凍らせるセシルをもう一度視線で射抜いた後、ルーファスはマリアの方へと軽く視線を流した。
「マリア姫に感謝するんだな。」
泣き止んで事態を心配そうに見守っていたマリアがきょとんとした顔をする。
「これ以上マリア姫を泣かせる訳にもいくまい。それに、俺に殴られるよりマリア姫に泣かれた方が堪えただろ。」
「…うん。」
ルーファスに迷惑かけるのは日常茶飯事だし、時には軽くとは言え叩かれることもある。まぁ、確かに思いっきり殴られたらかなり痛そうだが…。しかしそんな身体の痛みより、この世で一番心配を掛けたくない人にこんなところまで足を運ばせる程に心配を掛け泣かせてしまった心の痛みの方が辛く、いつまでも痛み続けそうだった。
「…ごめん、マリア。皆も…。」
セシルは改めてマリアやルーファス達に謝った。それを聞いて、アレイナは平然と答える。
「あら、私は構いませんわ。お兄さまと旅行が出来ましたもの。」
「そうだな。私も久しぶりに里帰りが出来たことだし、グランベルから捜索隊が派遣されるような大事になる前に解決して良かったと言っておこうか。」
アイリーンもアレイナに同調して、ルーファスの怒りを緩和させる。そんな2人の態度に、ルーファスは軽く肩を上下させて息をついた。
「まぁ、そういう考え方もあるか。とにかく、今度からは一人で飛び出さずにちゃんと声かけろ。」
呆れたような声音のルーファスに、セシルはコクコクと激しく首を上下させた。
そんなセシルに、マリアが優しく声をかける。
「どうしてもルーファス王子の都合がつかない時はお手紙を下さい。私がバーハラへと参りますから。」
えらく積極的になったマリアにルーファス達が目を丸くしている中で、セシルは感激しながらマリアの手をそっと握った。そして、傷の痛みも疲れも空腹も全て忘れるような気分に包まれて帰途についたのであった。

- 了 -

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