RUNAWAY

-2-

ノディオン城の執務室の窓を鳩が叩いた。すかさず、アレスは窓が開き鳩を室内へと引き込む。
「何だ、こりゃ? 暗号文じゃないか。」
鳩なんていうあてにならないものに託しながら、暗号を使う程に大切な用件を送って来たセリスに呆れながら、アレスは手紙を解読しながら読んだ。そして、苦笑する。
「おい、ルーファス。セリスのトコのガキが遊びに来る予定かノディオンに入ったって報告でも入ってるか?」
苦笑しながら問われて、ルーファスは不思議に思いながら顔を上げて答えた。
「いいえ。忙しいから当分は相手出来ないと言ってありますし、今のところ何の知らせも受けてません。」
その返事を聞いて、アレスは笑いを堪えた様子で手紙を読み上げた。
「セシルが消えちゃった。そっちに行ってない?日記に『○月×日 いつになったら会えるんだろう。もう我慢できない。ルーファスのバカ』ってあったんだ。見つけたら連れて来て。お願い!!」
それを聞いて、デルムッドが口元を押さえて声を殺すようにしながら笑い転げた。
「あ、はは、ははは。セリス様、随分と慌てふためいてるようですね。」
「まったくだ。あの親バカ国王め、こんなふざけた手紙を寄越しやがって。さすがに、こんなものを暗号化させられたユリウスが哀れに思えてくるぞ。」
元は敵で今は他国の補佐官のユリウスに哀れみを感じられるのなら、国王が溜め込んだ書類の処理に寸暇を惜しんで勤しんでいる自国の宰相と王太子にもっと優しくしてくれればいいのに、という言葉がデルムッドの咽まで出かけて押し止められた。
「ん? 何か言いたげだな、デルムッド。」
「いえ、別に何でもありません。」
どうせ言ったところで無駄に機嫌を損ねるだけだということを、デルムッドは長年の付き合いで身にしみて解っていた。そして、書類の処理に戻ろうとして正面に居るルーファスの様子がおかしいことに気付く。
「どうかなさいましたか?」
「どうした、ルーファス?」
デルムッドの問いにアレスがルーファスの方へと視線を移すと、ルーファスが手にしたペンの軸を握りつぶして小刻みに震えている光景が目に入った。
「ふっ、ふふっ、くふふふっ…。あのバカ、見つけ出して絶対ぇしばく。」
目が座って口調が変わってるルーファスに、デルムッドは勿論のこと、アレスも背筋がゾッとした。これが薄ら笑いを張り付かせて異様に丁寧な口調に変わると、相手に対して欠片程の慈悲も持ち合わせない状態となり、ルーファスの怒りが収まるまでもう誰にも止められない。
しかし、いくら天敵セリスの息子とは言え、仮にも大国の世継ぎを自分の身内に再起不能にされてはアレスとしても困るのだ。国際問題になってしまう。何とか、ルーファスの怒りゲージをこれ以上上げないようにするために、アレスは掛けるべき言葉を模索した。
すると、ルーファスがおもむろに立ち上がった。
「出かけて来ます。しばらく帰りませんから、そのおつもりで。」
握りつぶしたペンをちゃんと不燃ゴミのゴミ箱に捨てて机の上を拭いてわざわざ振り返って断りを入れてから、ルーファスは部屋を出て行った。その様子に、まだ多少の余裕はあると見て、アレスとデルムッドは安堵の溜め息を付きながら黙って彼の旅立ちを見送ったのだった。

執務室を出たルーファスは、すばやく旅支度を整えて置き手紙をしたためると、詳しい説明は抜きでアイリーンとアレイナを連れて馬を飛ばした。
しかし、フリージ領へ入る前に日が落ちようとしていた。
「近くに教会がある。今日はそこで休ませてもらおう。」
「は、はいっ!!」
「…わかった。」
とにかくルーファスの後に着いて行くだけで精一杯だった2人は、ようやく訪れた休息にホッとした。
教会で屋根を借り、やっとルーファスから事情を聞いて、アイリーンもアレイナも呆れ返った。
「それで、これからどうするのだ?」
素早く立ち直り、アイリーンが尋ねた。
「ただ闇雲に飛び出して来た訳ではあるまい?」
「ああ。我慢できなくなってこっそり抜け出す程あいつが会いたがる相手など、1人しか居まい?」
そもそも、セシルが個人的に会いにいく相手自体3人しか居ないのだ。その内の1人はルーファス本人だから真っ先に除外し、フェリオとは頻繁に会ってるから我慢も何もあったものではない。
「マリア、だな。」
「お一人でソファラまでだなんて、無謀もいいところですわね。」
「その点では、共もつけずにレンスターまで馬を走らせた父上といい勝負だな。」
父上の方が遥かに武器と実力に恵まれてるけど、とルーファスは苦笑した。
城を出た時は怒りで切れかかっていたが、ここまで馬を走らせ教会の穏やかな空気に包まれることで、少しは落ち着いて来ていた。セシルの顔を見たらまた怒りが湧いて来そうだが、それまでは普段の状態で居られそうだった。
「それで、具体的にはこれからどうなさいますの?」
アレイナが再び問い直した。
「そうだな。まずはバーハラへ抜けて、セシルが戻って来ていればさっさと帰る。」
「その時は、帰る前に城下町でクレープでも奢って下さいましね。説明もなしにこんな強行軍に駆り出されたんですもの。ペナルティですわ。」
大好きな兄に甘え放題に甘えられるチャンスは逃さないアレイナだった。
「ああ、わかってるって。クレープでもアイスでもケーキでも好きなだけ奢ってやるよ。」
怒りに任せて2人に無理をさせたことは反省していたので、ルーファスは簡単に了承した。もしセシルが戻っていなくても、連れ戻した後にクレープくらい奢ってやってもいいだろうとも思う。
「アイリーン様も、いい機会ですから何かおねだりされるとよろしいですわ。今なら、ドレスでもアクセサリーでも剣でも防具でも何でも見立てて下さるお約束が取り付けられますわよ。」
「…そうなのか? では、バーハラに着くまでに考えておこう。」
アレイナに話を振られ、とりあえずアイリーンは無難に答えておいたが、内心では恐らくルーファスの読み通りセシルはソファラに向けて無謀な旅を決行中だろうと思っていた。道に迷って変な方向へ馬を進めることはあっても、戻ってくることだけはないだろう、と…。

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