お星様を見上げて

仲間になったばかりの頃は人を寄せつけない雰囲気のあったアレスだったが、最近、ナンナやデルムッド、フィンとは多少打ち解けて来た。そのせいか、アレスとナンナが一緒にいる姿が良く見られるようになって来た。
リーフがナンナを探して歩いていると、やはり、アレスとナンナが一緒に居た。
「ナンナ、髪に虫がついてるぞ。」
「嫌〜、早く取って〜!」
ナンナがアレスに飛びつくと、アレスはナンナの髪を指にからめて遊びはじめた。
ナンナが騙されたことに気付いて文句を言いながら離れると、アレスは悪びれもせずに言った。
「触り心地が良さそうだなぁ、と思ったんでな。それに、虫なら今すぐ上から振って来そうだぜ。」
「嫌〜!って、ここ、上に何にもないじゃない。」
リーフの目の前では、アレスがナンナをからかって遊んでいた。
「アレス殿、ナンナを虐めることは私が許しませんよ。」
突然、飛び出して来て怒りに燃えているリーフの姿に、アレスとナンナは面喰らった。
「あの…リーフ様?」
「俺は、こいつを虐めた覚えはないぜ。」
そう言うと、アレスはさり気なくナンナの頭に手を置いてポムポムした。それを見て、リーフはアレスを突き飛ばし、ナンナを自分の背後に回した。
「坊やが、何を一人で息巻いてるんだか。」
莫迦にしたように言うアレスに、リーフは殴り掛かった。しかし、あっさりとアレスの左足がリーフの腹を蹴り、リーフは転がった。
リーフは起き上がって、またアレスに殴り掛かろうとしたが、ナンナがしがみついて止め、そのままリーフを引きずって行った。


「リーフ様、いきなり怒り出すなんて、何かあったのですか?」
石の上にリーフを座らせて、ナンナは問いかけたが、リーフから返ってきた言葉は意外なものだった。
「ナンナは、何で怒らないんだ?」
「は?」
「アレスにあんな風にされて、どうして怒らないんだ?」
「だって、子供っぽい悪戯じゃないですか。」
ナンナは笑いながらそう言うと、
「それより、リーフ様。あんまり無謀なマネはしないで下さいね。」
と言い残して去って行った。
取り残されたリーフは、やっぱりナンナはアレスと付き合っているのだろうかと悩みを深めた。自分のことを好いていてくれると思っていたのが、最近あまり一緒に居てくれないし、思い返すと先ほどの光景はじゃれあっていたとも取れるし。何しろ、アレスは自分なんか比べ物にならないほど強いし。
今のリーフはまだクラスチェンジもしていない状態である。使える武器も限られている。剣レベルはAだが、それでもアレスには適わない。何しろ相手は剣レベルが★で神器の使い手なのだから。いや、アレスだけではない。前線で剣を振るう者のうちで剣レベルに★が付いていないのはリーフだけなのである。
「『坊や』かぁ。」
リーフは更に落ち込んでいった。


天幕に戻ってフィンにお茶を入れてもらうと、リーフはフィンにナンナのことを聞いてみようかと思った。しかし、何ときり出すかを迷って、話を出しそびれていた。
「リーフ様、どうかなさいましたか?」
「いや、その…。」
「足りないのでしたら、私の分のクッキーもどうぞ。」
「別に私は、お前のクッキーを狙ってなどいないぞ。」
「申し訳ありません。クッキーをじっと見つめておいでのように思えたもので。」
実際、リーフの目には入っていなかったが、視線はフィンの手元のクッキーに固定されていた。それに気付いてリーフはちょっと恥ずかしくなったが、これを機に話を切り出した。
「フィン…ナンナはアレス殿と付き合っているのだろうか?」
「さあ、どうでしょうか。」
「お前、父親だろう。何か聞いてないのか?」
「リーフ様は、年頃の娘が父親に恋の相談をするとお思いですか?」
はぐらかしているのか、本当に何も聞いていないのか、とにかくリーフはフィンからナンナの気持ちを聞き出すことに失敗した。
そこで、話をもう一つの話題に切り替えた。
「私は、いつになったら槍を使えるようになるのかなぁ。」
レンスターは槍騎士の国。それなのに、世継ぎの自分は槍を使えない。リーフは昔からそのことを気にしていたのだ。
「ですから、成長すれば何でも使えるようになります、と申し上げているではありませんか?」
「そうは言うが、未だに私は剣しか使えないんだぞ。」
「きっと、もうじきクラスチェンジ出来ます。」
フィンの根拠のない慰めに、リーフはあっさり納得して引き下がった。


夕食後、アレスはデルムッドと一緒に酒を飲んでいた。
「また、ナンナをからかって遊んだそうですね。」
「悪い、悪い、何だか楽しくてな。でも、何で知ってるんだ?」
「ナンナから聞いたんですよ。リーフ王子が飛び出してきて驚いたって。」
リーフと別れた後、ナンナはデルムッドにしばらくアレスとリーフの様子を見ててくれるように頼んだ。昼間、リーフが一方的に突っかかってアレスは軽くあしらっていたが、またこんなことが起きたらいつリーフが大怪我をするかわからないからそんなことにならないように気を付けておいて欲しいと言うのだ。
「ああ、あれは俺も驚いたな。」
「リーフ王子は随分ナンナのことを気に入ってるみたいですね。」
「そのようだな。」
アレスは昼間の様子から、リーフがナンナのことをかなり気に入っているのがわかった。しかし、ナンナの方はどうなのだろうか。あの二人はずっと一緒に育ってきたのである。ただの幼馴染みか兄妹みたいなものなのか、既に将来を誓っているのか。以前は気にしていなかったが、最近ミョーに気に掛かっている。
「あの二人って付き合っているのか?」
「さあ、どうなんでしょうか。」
「とりあえず、公認ではない訳か。」
アレスは口元に笑みを浮かべると、酒杯をあおった。
「ところで、アレス様。リーンのことはどう思ってらっしゃるのですか?」
「友だち、かな。多分、そんなものだと思う。」
「多分、ですか?」
デルムッドは怪訝そうに問い返した。
「よくわからん。だが、この解放軍の奴らを見ていると、俺にとってのリーンはそういうものなんだろう。」
そう言いながら酒瓶を傾けるアレスに、その生い立ちを思い返してデルムッドは納得がいったような気がした。
「お前らはいいな。親や兄弟姉妹がいて、幼馴染みの友人がいて。」
「そうですね。中でも、父上と一緒に戦える私は特に幸せ者なのでしょう。」
「一緒に、か。」
アレスは思い出したように笑った。不思議そうに見つめるデルムッドに、アレスは内緒話を打ち明けるように言った。
「この前、ナンナに同じことを言ったらな、お前と同じようなことを答えたんだ。」
「そうなんですか?」
似てないと言われる自分とナンナだったが、やっぱりちゃんと血が繋がってたんだなぁ、とデルムッドは思った。
「だが、その後、俺も父上と一緒に戦っているのだと言われたよ。父上の心は、このミストルティンに受け継がれているってな。」
「では、ナンナが一番の幸せ者ですね。母上の心と共に、父上の側で戦っているのですから。」
そうして、二人は遅くまで酒を酌み交わしたのだった。


それから暫くして、解放軍の中に一つの噂が流れた。
『エルトシャンとラケシスは愛し合っていたが、国のためにエルトシャンは政略結婚した。そして、エルトシャンが亡くなった後、ヘズルの血を絶やさないためにラケシスは近くにいたフィンと結婚した。だから、エルトシャンの心を受け継いだアレスとラケシスの心を受け継いだナンナは今度こそ結ばれようとしている』というものである。
それを聞いて、リーフは激怒した。しかし、噂の当事者とも言えるフィンは噂を無視していた。
「フィン、何であんな噂を放っておくんだ!?」
「単なる噂です。それに、今に始まったことではありませんからね。いちいち訂正して回る気になどなりません。」
昔から、フィンはこの手の噂には縁があった。ラケシスと結ばれた時も、そしてレンスターで再会した時も、ラケシスがフィンと結婚したのはヘズルの血の為だったとか、エルトシャンを亡くしたところにフィンがつけ込んだとか言われてきたのだ。そこには、ラケシスの口癖と、そしてやっかみが多分に関係していたと思われた。その他、キュアンやリーフ関係のものまで合わせると、フィンは馬鹿馬鹿しいくらい多数の噂の的になってきた。
「まさか、噂は本当のことではあるまいな。」
リーフの言葉に、フィンはきつい目をして正面からリーフを見つめると押さえた口調で言った。
「いかにリーフ様でも、そのようなお言葉は聞き捨てなりません。」
「だったら、どうして噂を否定しないのだ!」
「リーフ様…私にどうしろと仰るのですか?ラケシスは私を愛していた、と言って回れとでも?」
フィンがそんなことの出来るような性格でないことも、またそれが何の意味もないこともリーフにはわかった。
「フィン、ラケシス様は確かにお前を愛しておいでだったのだな?」
「私は、そう信じています。彼の姫は誇り高い女性です。愛してもいない男に身を任せるようなマネは致しません。」
フィンがそう言った時、天幕のなかにデルムッドとナンナが飛び込んで来た。
「お父様、今のお言葉に偽りはありませんわね!」
「ああ。」
即座に答えたフィンの言葉に、ナンナはホッとしたような表情を浮かべて、デルムッドの袖を強く掴んで俯いた。
「良かったな、ナンナ。」
ナンナはデルムッドの言葉に頷いた。リーフはそれを見てホッとしたが、ふと思った。ナンナは両親のことについて噂が否定されたことを喜んだように思えたけれど、ひょっとしたら、自分の気持ちが自分のものだということに安心したのではないだろうか、と。


その頃、アレスはパティを味方につけて、噂の元兇を探っていた。
噂の元になったラケシスの結婚の経緯については、ナンナが『エルトシャンの手紙』と一緒に預かっていた『ラケシスの覚え書き』に書かれていたので端から信じなかったが、自分の両親と親族と、何より自分を貶められたことに我慢がならなかったのだ。
そして、パティがあちこち探りを入れた結果、元兇はわからなかったが発端となった事柄については判明した。
デルムッドと酒を酌み交わしていた時の会話を耳にした者が居たらしいのだ.
「デルムッド、居るか?」
アレスはデルムッドを訪ねて、リーフの天幕にやって来た。
そこにナンナと、当然の事ながらリーフとフィンがいるのを見て、アレスはデルムッドを外へ連れ出した。
「どうかなさったのですか?」
「ああ、あの噂の元だがな…。」
「元兇がわかったんですか?」
「いや、広めた奴はわからなかったが、どうやら俺達の会話を聞き齧った奴がいたらしい。」
「私達の会話って…あ、あの時の!」
そこまで言った時、陰からリーフが飛び出して来た。
「アレス殿、あなたが妙なことを口にしたせいだったんですね!」
慌ててフィンとナンナが止めに入ったが、クラスチェンジでパワーアップしたリーフを相手に、遠慮がちに押さえ込もうとした二人は振り切られた。
アレスは以前と同様に軽い腹蹴りで片付けようとしたが、リーフは僅かに身を捻ってアレスの足を鎧ですべらせると、アレスの懐に飛び込んだ。
次の瞬間、アレスは身を引いてリーフを殴り捨てようとしたが、リーフの殴り掛かり方を見て呆然とした。何と、肩たたきポーズだったのである。これには、アレスだけではなく、その場に居たもの全員が呆然とした。その間、リーフはアレスの鎧をポコポコ殴っていた。
ダメージは無かったものの、鬱陶しくなったアレスは、リーフをフィン目掛けて突き飛ばした。
「いいかげんにしろ。まともに人を殴ったこともないガキが、俺に喧嘩なんか売るんじゃ無い!」
「ガキですって!?莫迦にしないで下さい!私はもう、槍術にかけてはあなたより上なんですよ。」
クラスチェンジをしたリーフは、殆どの武器を使いこなせるようになっていた。
「威張るな、何でも屋。★のひとつもないくせに。」
その瞬間、ナンナの拳がアレスの顔目掛けて飛んだ。アレスは辛うじて手のひらで拳を受け止めたが、涙を浮かべて自分を睨み付けるナンナの顔を見て、急に興奮が冷めた。
「アレスの莫迦っ!!言って良いことと悪いことの区別も付かないの!?」
そう言って、流れ落ちそうになる涙を袖で拭うナンナの姿に、冷静さを取り戻したアレスは、
「悪かった。」
と呟いた。


噂はすぐに立ち消えになったが、それからも暫くの間、アレスはナンナを避けていた。ナンナの顔を見かけるとあの泣き顔が思い出されていたたまれない気分になるので、つい、その場を離れてしまうのだった。
何となく落ち着かず、一人で酒瓶を傾けていると、フィンが酒を取り上げた。
「返してくれ。」
「飲み過ぎですよ、アレス様。」
取り上げた酒瓶が軽いと見て取るや否や、フィンは残りの酒を飲み干してしまった。
「叔父上?」
「いつも、デルムッドとこんなに強い酒を飲んでたんですか?感心できませんね。」
「いや、あいつと飲む時は、果実酒にしている。」
「それなら、いいですけど。」
そう言いながら、フィンはアレスの向いに腰をおろした。そして、持って来たポットの中身を、アレスの酒杯に注いだ。
雰囲気に流されて、アレスはそれを飲み干したが、すでに味などわからなかった。
「先日は、リーフ様が失礼なことをしてしまいましたね。」
あの後、デルムッドから詳しい話を聞いたリーフは、自分が早とちりでアレスに殴り掛かったことをかなり気に止んでいた。それは、とめられなかったフィンも同様であった。
「いや、俺の方こそ…あいつ、ずっと武器レベルの事、気にしてたのかな?」
「そうですね。槍のことについては、特に気にしていらっしゃいましたね。」
フィンは、自分の分の杯にもお茶を注ぐと、静かに飲み干した。
「言ってはいけないこと、か。でも、今さら取り消しはきかないよな。」
おかわりの注がれた杯を見つめながら、アレスは誰にとも無く呟いた。
「嫌われたかな?」
フィンは、その呟きを聞こえていない振りをしていた。
「いいな、あいつは…」
その言葉を最後に、アレスは眠りに落ちて行った。暫く様子を見ていて完全に寝入ったのを確認して、フィンは傍らの毛布をアレスに掛けて立ち去った。


「リーフ様、まだ起きていらしたんですか?」
フィンが戻ってくると、リーフは寝床に入ってはいるものの、何やら考え込んだふうになっていた。
「フィン。」
「はい、何でしょうか?」
「お前は、★なんてなくても強いよな。」
リーフは起き上がって、掛け布の端を握りしめながら不安そうにフィンの方を見た。フィンは、そんなリーフの横に腰掛けると、
「私はともかく、リーフ様はたくさんの★をお持ちですよ。」
と言って微笑んだ。
「御自分の剣を、よく見て御覧なさい。銀の剣にも、光の剣にも★が溢れんばかりに付いているでしょう。」
それは、エスリンが鍛え上げたものだった。リーフは他の誰よりも多くの★を母から授けられていたのだ。
どんなにレベルの高い武器が使えても、リーフよりも多くの★を持っている者は居なかった。
「リーフ様は、とってもお強いですよ。私など比べ物にならないくらいに。その上に、これ程多くの★をお持ちなんです。もっと、御自分に自信をお持ち下さい。」
たくさんの★と、それに注がれた愛情。実際、リーフは前線で周りに見劣りしないくらい戦ってこられたのだ。
「そうだな。今さら★の1つや2つで悩むことは無かったんだな。」
「ええ。ですから、早くお休み下さい。」
リーフは、フィンに促されるままに横になると、間もなくすやすやと眠り込んだ。
「ナンナ……大好きだよ……。」
そんな寝言を聞きながら、フィンは、果たしてナンナはお二人のどちらを選ぶのだろうか、と気にならずにはいられなかった。そして、ナンナがどちらを選ぼうと自分はまた何か噂されるんだろうな、と溜め息をついたのだった。

-End-

あとがき

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