グランベル学園都市物語

第34話

ガシャガシャ ドシャッ ガチャッ ゴワ〜〜〜ン
「キャ〜ッ!」
シレジア家の厨房では、フィーがチョコレートと格闘していた。手出しできないようにと使用人は全て遠ざけられているため、フィーは失敗を繰り返し、厨房はひどい有り様で更なる失敗を誘発していた。
「いい加減にしろ、フィー。誰が後始末をすると思ってるんだ!?」
「うるさいわね。お兄ちゃんには関係ないでしょっ!」
繰り返される騒音に呼び寄せられ見かねて口を出したセティだったが、本来は後始末をするのは彼ではない。このままだと明日の朝食の支度の前に、厨房担当の使用人が必死にこの荒らされた厨房を片付けることになるのだ。
「だいたい、何だって急にチョコなんか作ろうとしてるんだ?」
去年は市販のチョコを登校中に適当に買って渡していたはずなのに。
「だって、あいつってばティニーから手作りチョコが貰えるって喜んでるんだもん。」
ティニーがティルテュと同じものを作る限り、絶対に余りのチョコが出て家族に回ってくるので、今年のアーサーはティニーの手作りチョコを貰えることがほぼ確定していた。
「妹からのが手作りで、恋人からのが市販品なんて悔しいじゃない?」
普段は「恋人じゃなくて相棒」とか言ってるくせに、やっぱり恋人って見て欲しかったんだな、とセティは妹が可愛らしく思えた。
「だったら、ちゃんと作ってやらないとな。それにはまず、全部片付けろ。」
辺りにはチョコがまき散らされ、鍋は積み上げられ、台の上は失敗作や流しに置けなくなった機具で埋め尽されている。ここまで荒れ放題に散らかってしまっては、まともに作ることなんて困難だ。
「え〜、これ全部片付けるの〜?」
「私も手伝うから、全部片付けるんだ。」
「…うん。」
チョコ作りは全部自分の手でやりたいけど、片付けるのは手伝ってもらってもいいと思ってるのか、フィーはセティにガンガン手伝わせた。言われた通りに機具を流しに運んでセティに洗わせ、拭き上げた機具を収納場所に戻していくと、あれ程積み上げられていた鍋は綺麗に片付いた。
フィーが台の上を片付けてる間にセティは雑巾を持ってくると、床にこぼれたチョコレートを拭き取り始めた。セティは床を拭きながら、何で私がここまでしなきゃいけないんだろう、と思わないではなかったが、手伝うと言ってしまった手前文句も言えず、黙々と厨房を掃除した。


 

セティは綺麗になった厨房で改めてフィーに小振りの片手鍋と広めの両手鍋を出させると、チョコを湯せんするフィーに目を光らせた。
「そんなに乱暴にかき回すな。チョコが飛び散るし、湯が跳ねてチョコに混ざるぞ。」
「うるさいなぁ。もう片付け終わったんだから、引っ込んでてよ!」
「また失敗してもいいのか?朝までに間に合わなくなるぞ。」
既に日付が変わって2時間が経過している。
フィーが作ろうとしているのは、一口大のミニハートカップに入ってるチョコなので、固まるまでの時間は大してかからない。それでも、また失敗を繰り返し続けたら後始末する時間を考えると、作り直す時間がなくなってしまうかも知れない。
「このくらいのスピードでいいの?」
フィーはセティにお伺いを立てるように、ゆっくりチョコをかき回した。
「よし、いい感じだ。もう少し滑らかになったら型に流し込めるから、焦らずそのままかき回すんだ。」
そう言うと、セティはコンロの横に台布巾を広げた。その後、台の上にトレイを1枚置いてその上にミニハートのアルミ型を並べた。
「何やってんの、お兄ちゃん?」
「こうやってトレイの上に並べておくと、後で冷蔵庫にしまう時に楽だし安全なんだよ。」
横に戻って来たセティはフィーにそろそろ型に流し込むようにと指示を出すと、鍋底の湯をきっちり台布巾で拭わせて台の方へ誘った。
「焦らず、慎重に。その鍋を片手で持てるなら、おたまを使うと安全だぞ。」
「じゃあ、おたま使う。」
セティは小さなおたまを取って来て差し出した。フィーはそれを使って、カップにチョコを流し込んでいった。途中で何回か鍋の中で固まりかけたのを湯せんし直して中身を全て流し込み終わると、最初に入れた辺りは既に形が安定しかけていた。
「機具を片付け終えた頃には、冷蔵庫へ移せると思うよ。」
「ありがと、おにいちゃん♪」
フィーは大きく伸びをすると、またセティに鍋を洗わせた。今度は手伝うと言ってないはずなんだけどな、と思いながらもセティの身体は素直に鍋を洗っていた。
「それにしても、何でお兄ちゃんの方がこういうの上手いんだろうね?」
「さてはお前、調理実習で働いてないな。」
どちらかと言うと、セティが良く働いてると言った方が正しい。グループの中で、一般生徒は気後れして突っ立ってるだけなので、セティとイシュタルがてきぱきと実習をこなすしかないのだ。
対してフィーは、次は何をやればいいんだろうかと考えてる内に他の人がやってしまうので、味見係しかやっていなかった。
そうでなくても根がアクティブなフィーはちまちまとダイコンを千切りにしたりするのは苦手なので、家庭科の成績はセティの方が優秀である。
「わたしは、技工実習では働いてるからいいのっ!」
そう言い切ったフィーに対し、大工仕事が出来ないセティは言い返せなかった。

前へ

次へ

インデックスへ戻る