グランベル学園都市物語

第30話

年が明けた最初の日。アレス達は家族総出で初詣に出掛けた。
しかし人込みは凄まじく、気が付くと一行はバラバラになってしまった。
「ねえ、他の人達は?」
「どうやら、はぐれたらしいな。」
人波に揉まれて慣れない振袖姿で転びそうになるナンナをアレスがしっかりと支えていたために、波に飲まれても2人は離ればなれにならずに済んだ。
「とりあえず、もう少し上まで行くぞ。」
「そうね、ここまで来てお参りせずに帰るのは勿体無いわ。」
視線の先に鈴が見える。あの下に賽銭箱があるはずだ。
じりじりと進む波に乗って移動し、2人は賽銭箱を射程距離におさめた。賽銭箱に向かって小銭を投げ入れ、そっと願いごとをする。後は人波から抜けて、外の開けたところで他の者と合流を計るだけだ。
混雑することはわかりきっていたから、はぐれた時に落ち合う先は決めておいた。毎年のことであるので慣れたものだ。
集合場所に行くと、フィンとラケシスが待っていた。バラバラになった時、とっさにフィンとラケシスは手を伸ばし合いしっかりと引き寄せ合ったのだ。そしてフィンの運の良さにモノを言わせてさっさとお参りを済ませた。
「あら、お二人が一番のりですか?」
「ええ。でも、そんなに待ってないわよ。」
それから暫くして、キュアンとエスリンとアルテナ。続いてセリスとデルムッドがやって来た。
「あら、セリス様はお兄様と御一緒だったんですか?」
「まぁね。はぐれた後でデルムッドの頭を見つけたから、何とか合流したんだ。」
デルムッドは結構背が高いので、運が良ければ周りから少し頭が飛び出す。そうなれば、あの髪型を見間違うことは少ないのでそこを目印にセリスは人を掻き分けたと言うわけだ。
それから暫く経って、シグルドとディアドラがやって来た。
「良かったぁ。御無事だったのですね、母上。」
「心配かけてごめんなさいね。シグルド様にしがみつくのがやっとで、あなたを掴まえてあげられなかったわ。」
セリスは、申し訳無さそうにしているディアドラの手を取り微笑んだ。
「いいえ、母上さえ御無事でしたら。お一人で人波に飲まれていたら、どうしようかと思っておりました。」
「おいおい、セリス。私がディアドラを一人にする訳がないだろう?」
シグルドは不満そうだったが、昔、シグルドがちょっと目を離した隙にディアドラが川に流されるという事件が起きているので、セリスは父を信用できなかったのだ。
「この組み合わせということは、もしかしてリーフ様はお一人ではぐれてらっしゃるのかしら?」
「いや、運良く父上にへばりついてると言うことも…。」
「俺がどうしたって?」
いつの間にか、アレスの背後にエルトシャンが立っていた。
「いつから居らしたんですか?」
「随分前から居たぞ。誰も来てないみたいだから辺りを探しに行ったりもしたが。」
他人がどう動こうとも揺るぎなくまっすぐに賽銭箱前まで進んだエルトシャンは、最初に集合場所に着いていた。
「と言うことは、やっぱりリーフ様はお一人?」
「そういうことになるな。」
ナンナは確認するように言うと、アレスがすかさず肯定した。
「手を伸ばしたんだけど、あの子ってば見向きもしなかったのよ。」
はぐれそうになった時、エスリンはちゃんとリーフに向かって手を伸ばしたのだ。アルテナの名を先に呼んだのは確かだが、腰をキュアンに支えられながら手を同時に伸ばしたはずだった。しかし、リーフはその手を握り返そうとはしなかった。
「大丈夫かなぁ、リーフ。」
さすがのセリスも不安そうだった。小柄なリーフが一人で人波に飲み込まれたとなると、容易には脱出できないかも知れない。
「な〜に、心配しなくてもあいつなら簡単に出てくるさ。」
「随分と信頼してるんだね。」
自信たっぷりのアレスの言葉が、セリスには意外だった。アレスとリーフは普段から決して仲が良くはない。そのアレスからこんな言葉が聞けるとは思いもしなかった。
「信頼とはちょっと違うな。」
アレスはナンナに視線を流した。
「だが、あいつの執着心は信用がおける。」
そう言うとアレスはナンナに何事か囁いた。
ナンナはアレスを軽く睨んだが、仕方無さそうに一つ溜息を付くと、人込みに向かって叫んだ。
「リーフ様〜っ!!御飯ですよ〜っ!!早く来ないと、アレスが全部食べちゃいますよ〜っ!!」
「こらっ、最後のは余計だ!」
軽く文句を言ってから、アレスは人込みの方を見据えた。しかし、リーフが走ってくる様子はない。
「仕方がないな。別のパターンで行くとするか。」
「別のって?」
「悲鳴をあげろ。」
「悲鳴って…きゃ〜、いや〜、やめて〜っ!アレスったらなんて事するのよ〜っ!!…とか?」
「だ〜、人聞きの悪いセリフを言うな!しかも何だ、その真に迫った演技は?」
「あら、そんなに真に迫ってた?」
ナンナの悲鳴はとっても上手かった。その証拠にそれは、ものの数秒で人込みの中からリーフを引き寄せた。
「アレス殿〜、ナンナに何をしたんですか〜!?」
それを見たセリスは、アレスの言っていた意味を納得した。

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