グランベル学園都市物語

第28話

終業式後の夕刻、レスターはパティの家を訪れた。
「いらっしゃい!よく来たね、レスター。」
「お久しぶりです、ブリギッド姐さん。図々しく、お邪魔させていただきます。」
「何言ってんだい。水臭いこと言うんじゃないよ!」
ブリギッドにバシバシ叩かれながら、レスターはヴェルダン家のクリスマスパーティに参加した。
「レスターの席はこっちだよ〜。」
パティに呼ばれてレスターが席につくと、ファバルが不満そうに言った。
「何で、そいつの方が上座なんだよ?」
「だってレスターはお客さまでしょ。」
「客〜?おまけの間違いじゃねぇのかよ。」
要するに、ファバルは久しぶりの家族水入らずを邪魔されて不機嫌なのである。
彼らの両親ジャムカとブリギッドは都会的な暮らしが性に合わず、パティに手が掛からなくなると自家の所有する森の狩猟小屋や漁船に住み着いてしまった。時々、獲物を売り捌きに帰ってくるが、この家にはあまり長居して行かない。だから、両親と揃って食事ができる機会は限られているのだ。
ところがそこへレスターが割り込んで来たものだからファバルは気に食わないのだ。
「おまけとは何だい!未来の義弟じゃないか?」
ブリギッドの言葉にファバルはハンマーで殴られたような感覚を味わい、レスターはちょっと赤面した。
「おとうと〜?」
「姐さん、気が早いですよ〜。」
確かにパティとは恋人同士だけど、結婚はまだまだ先の話だ。せめて自分が大学を卒業してからと思っている。
「早いことなんてないさ。フィンとラケシスなんざ16才で結婚してんだよ。」
若い若いとは思っていたがデルムッドの両親って本当に若かったのか、とレスターは心の中で感心した風に思っていた。その若さで4人の子供を育てて子供ぽい妻と傾いた会社を支えるとはあの人ただ者じゃないな、などとフィンに尊敬の念を抱いてしまった。
「さあ、話はそれくらいにして、とりあえずパーティを始めようじゃないか。」
「そうだね、ジャムカ。ほら、あんたたちもさっさと席に着きな。」
両親に促されてファバルとパティが席に着くと、それぞれのコップにジュースや酒が注がれて、ジャムカの音頭で乾杯となった。


 

「なぁ、ところで前から疑問に思ってたんだけど・・・。」
料理がほぼ片付いて、飲み物主流でお喋りしながらケーキの出番を待っていた頃、ファバルがそれまでなるべく無視するようにしていたレスターに話し掛けた。
「何だい?」
「どうしてお前、うちの母さんの事を「ねえさん」って呼ぶんだ?」
「あんた、あたしが「おばさん」って呼ばれた方がうれしいってのかい?」
「そう言う訳じゃないけど。だって、他のやつは「おばさま」って呼ぶじゃないか。」
エーディンの躾だとしたらラナも「ねえさま」って呼ぶはずなのに、実際は「伯母さま」と呼んでいる。なのに、レスターだけが「姐さん」と呼ぶのだ。
「ああ、それは母さんが・・・。」
エーディンがレスターの前で「姉さん」と呼び続けた結果、「伯母」という概念がレスターの中に育つ前に彼はブリギッドのことを「ねえさん」という呼び方で認識してしまったのだ。おかげで他の人たちのことは「○○さま」という呼び方で認識している場合が多い。ジャムカやアゼルのようにエーディンが呼び捨てにしてた人達についても、女性達への呼び方の関係から様付けになっている。実はジャムカのことも「ジャムカ様」と呼んでいたのだ。だが本人からしつこく直された結果「ジャムカ伯父さん」と呼べるようになっていた。
さすがにある程度成長してくると「伯母」という概念が認識できたのだが既に呼び慣れてしまっているので今さら「伯母さん」とは呼びにくく、しかし決して「姉さん」ではないしということで、音は同じだけど気持ちの問題で「姐さん」と呼んでいるのである。
これではまずいと思ったエーディンはラナの前では「姉さん」と呼ばないようにして、「伯母さま」と呼ぶように教え込んだのだ。
「ふ〜ん。って、あれ?それじゃ何で俺はお前の母さんのことを「叔母さん」って呼んでるんだ?俺達1つしか違わないんだから、俺の前で母さんは叔母さんのこと呼び捨ててたはずだろ。」
「ああ、それなら俺がちゃんと教えたからだ。」
確かにファバルはエーディンのことを呼び捨てで覚えてしまったのだが、ジャムカがすぐに気がついて、ファバルが呼び捨てる度に「呼び捨てにするな!」とその場で注意し続けた結果、今に至るのである。ジャムカに訂正される度にエーディンは、
「あら、良いではありませんの。でも、せめて「様」とか「さん」くらいは付けていただきたいわね。」
と言って笑っていたが、ジャムカはしっかり「叔母さん」と呼ぶように躾けてしまった。
「なんか、力関係が見えてくるようだな。」
ジャムカはエーディンの前で彼女のことを「叔母さん」と呼べと言えたがミデェールはブリギッドの前で彼女のことを「伯母さん」と呼べとは言えなかったんだな、ということを感じたファバルの素直な感想だった。
「ああ、あいつにゃそんな度胸はないだろうさ。あはは。」


 

ケーキを食べてプレゼントを交換して、パーティは終結した。
「ごちそうさまでした。お休みなさい。」
「ああ、ちょっと待ちな。」
帰りかけたレスターを呼び止めて、ブリギッドはタッパを持って玄関までやって来た。
「ほら、これ持って帰ってミデェールに食べさせてやりな。」
タッパの中には今日の残りのチキンや焼豚などが入っていた。
「あんたのとこじゃ、こういうのは食べられないんだろ。」
「ええ、ありがとうございます。俺はパティのおかげで少しは食べられてるんですが、父さんは全然。きっと大喜びします。」
エーディンは精進料理しか作ってくれないので、肉類が口に出来るチャンスは滅多にない。ラナはエーディン共々信仰の道を歩んでいるから問題ないし、レスターはパティが弁当を作ってくれるからという理由でエーディンの弁当を断ることが出来たしその気になれば買い食いも出来たが、ミデェールはそうはいかない。たまたま外で食事を出来る機会にでも巡り会わない限り、精進料理から逃れられることはないのだ。本人は納得して一緒になったのだろうが、それでもこういうものを口にしたくなる時だってある。
「ついでにケーキも持ってくかい?」
「戴いていいんですか?ファバルが怒りません?」
「あたしゃ、あいつをそんなみみっちい奴に育てた覚えはないから安心しな!」
ファバルは文句を言おうとして踏み止まった。「みみっちい奴」というレッテルを貼られたくなくて押し黙っていると、ケーキの残りもレスターの手に渡ってしまった。
「それじゃ、有り難く戴いて行きます。今日は本当にありがとうございました。」
「ああ、またおいで。」
レスターは皆に見送られて、隣町の自宅までケーキを崩さないように注意しながら自転車を走らせた。
帰宅したレスターはうまく言い繕ってミデェールを自分の部屋へ招き入れると、お土産の肉とケーキと自室の鍵付き冷蔵庫から取り出したジュースで仲良くささやかなクリスマスパーティをした。ミデェールはブリギッド達とレスターの心遣いに涙を流して喜んだ。

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