グランベル学園都市物語

第27話

レンスター家でクリスマスパーティーが行われることとなり、シグルド・エルトシャン・フィンは家族総出でキュアンの家へ集まった。
「メリークリスマス!ようこそ、我が家へ!!待ってたんだよ、ナンナ♪」
フィン一家が到着すると、早速リーフがナンナを奥へと誘った。
他の者もキュアンとエスリンに連れられて奥の部屋へと向かい、フィン達が持ってきた料理を並べ終え、エルトシャンが持ってきた高級酒を子供達の口に入らないようにキュアンが棚に隠すと、パーティーが開始された。


 

「ナンナ、ジュース飲む?あ、母上の作ったカナッペも取って来ようか?」
「あの、リーフ様。どうぞお気づかいなさらないで下さい。自分で適当に持って来ますから。」
リーフからしきりに接待を受けて、ナンナは閉口していた。せっかくのパーティーだというのにアレスは何をしてるのよ、と姿を探し求めると、アレスはデルムッドに捕まって何やら熱心に付きまとわれている様子だった。おそらく、デルムッドはバイクの相談でもしているんだろう。得意分野の事で頼られてはアレスもデルムッドを蔑ろにするわけにはいかないということか。
早く解放してあげてよ、とデルムッドに恨みがましい視線を送っていたナンナに、セリスが声を掛けてきた。
「ねえ、2人ともこのケーキ食べない?美味しいよ。」
「へ〜、どれどれ。うん、美味しい♪」
2人が嬉しそうに食べていたのは、ナンナが作ったアップルケーキだった。
おかわりを取りに行く2人を見て、慌ててナンナはアレスに向かって叫んだ。
「アレス、急がないと私の作ったケーキを食べ尽されちゃうわよ!」
その声に、アレスは取りすがるデルムッドを蹴散らして急いでナンナの指し示した方向に走って行き、ついでにあれこれ物色して戻って来た。
「ほら、お前の分も確保してきた。」
アレスは2つの皿にケーキの他にもいろいろ適当に乗せていたが、ふと手を止めると感心したように言った。
「しかし、お前、本当に料理うまくなったな。」
「まぁね。努力の賜物よ。」
「それで、預金はいくら減ったんだ?」
アレスは、ナンナがフィンに預金通帳を叩き付けて料理を習いはじめたことを覚えていた。
「ああ、あれ?あれはね・・・。」
とナンナが説明しようとした矢先、間の悪いことにシグルドが割り込んできた。
「何だい?預金って。」
シグルドはものすごく興味津々のようだったが、自慢げに話せるようなことではないのでナンナは誤魔化すことにした。
「えっ、何のお話ですか?私にはさっぱり・・・。ねぇアレス、ジュース取りに行かない?」
そう言うが早いか、ナンナはアレスの腕を引っ張ってテーブル方面へ脱走を試みた。しかし、進んだ方向がまずかった。
「待て、2人とも。シグルドは誤魔化されても、俺はそうはいかないぞ。」
エルトシャンの前に進み出てしまったのである。


 

エルトシャンを誤魔化すなどという無謀とも言える行為をアレスやナンナが出来るはずもなく、ぽつりぽつりと事情を説明して行った。
しかし、間の悪さというのは重なるものなのだろうか。途中まで説明したところでフィンが通りかかってしまったのである。
「あの、エルトシャン様。ナンナが何か失礼なことでも致しましたか?」
エルトシャンの前で縮こまるようにしているナンナを見つけて心配して寄ってきてしまったのだ。
「フィン、貴様というやつは〜。」
「叔父上、危ないっ!」
「お父さま、逃げてっ!」
ほぼ同時に発せられた声に、フィンが何事かと更に近寄るとその顔目掛けてエルトシャンの拳が飛んできた。
「きゃ〜っ!!」
ナンナは悲鳴を上げたが、フィンは拳を綺麗に避けていた。一瞬驚きを隠せなかったエルトシャンだったが、続けて拳を繰り出し、だんだん意地になってるかのような執拗な攻撃へと移行していった。
しかし、ノディオン家に行く度にエルトシャンの剣の練習相手――別名をストレス甲斐性の獲物or八つ当たりの道具――にされていたフィンは、次々と繰り出される攻撃をなんとか躱していた。練習相手をしてる時は完全に逃げに徹するわけにはいかず未だにぼろぼろにされているが、殴り掛かって来られたのであれば辛うじて逃げ回ることが出来る。
「おい、父上の攻撃をあそこまで避け切った人間って初めて見たぞ。」
そこに感心するあまり、つい助けに行くことを失念してしまった2人だったが、はっと気がついてエルトシャンを止める方法を考え始めた。
「だから、俺が右腕を押さえるからお前は左腕を・・・。」
「私なんかじゃ、振り飛ばされちゃうわよ。」
そうやって役にもたたない打ち合わせを2人が繰り返しているとキュアンがやって来た。


 

2人から事情を最後まで聞いたキュアンは、無造作にエルトシャン達に近付くと、さっとフィンを抱き寄せてエルトシャンの拳を受け止めた。もちろん、普通ならそう簡単に止められるはずもないのだが、そこはちゃんと相手がキュアンだと察したエルトシャンがとっさに勢いを鈍らせたため、容易に事が運んだのだ。
「落ち着けって、エルト。私の家に来てまで婿いびりしないで欲しいな。」
にこにこと笑いながらそう言うキュアンに、エルトシャンは反発した。
「誰が、婿いびりしてるんだ!?」
「お前♪」
にこにこと笑顔を浮かべながら言われては、エルトシャンも気が抜けてしまってキュアンに怒鳴り返すことが出来なかった。
「妹が可愛いのはわかるけど、フィンを苛めるのはやめろよ。可哀想じゃないか。」
そう言いながら子供でも扱うかのようにフィンの頭を撫でているキュアンの様子に、フィンは「もしかして、キュアン様酔ってらっしゃるのか?」と訝しく思った。
「別に苛めてるわけじゃないさ。それに今のは娘の預金を巻き上げた父親への制裁のつもりだ。」
「巻き上げた、ね。人の話は最後まで聞きましょう、って子供の頃に教わらなかった?」
キュアンは軽く肩を竦めて呆れたように言い放つと、ナンナから聞いた話を最後まで説明してやった。
「・・・という訳さ。フィンはナンナの預金に手をつけていないんだから、お前に殴られる道理はないだろ。」
「なるほど。話はわかった。」
エルトシャンが納得して、あとはフィンに一声掛けて立ち去ればこれで丸く収まるはずだった。心配そうに見ていたアレスとナンナもホッと一息ついた。
ところがシグルドが心底感心したように言ったのである。
「フィンくんって凄いんだね。エルトシャンの攻撃全部避けちゃうなんて。」
これにはエルトシャンのプライドが傷つけられた。そんなことを言ったシグルドは即座に叩きのめしたが、そんなことを言わせた目の前の男もただで済ませる気にはなれなかった。
「落ち着いて下さい!」
「離せ!やっぱりこいつ、一発殴らなきゃ気が済まん。」
フィンを殴ろうとする右腕を2人掛かりで押さえにかかるアレス達と争うエルトシャンにキュアンは手を伸ばすと、徐にその左手を掴んだ。そしてその手をフィンの頭の上に落とす。
「何のつもりだ、キュアン?」
「はい、これで一発殴っただろ。」
これで気が済むんじゃなかったのか、と言外に問われたエルトシャンはキュアンに免じてあっさり引き下がった。
「大丈夫、お父さま?」
「ああ、平気平気♪」
答えたのはキュアンである。
フィンはキュアンに捕獲されてから声を出すことが出来なくなっていた。キュアンの腕が首の前にあって、喋ろうとすると咽を圧迫されてしまうのだ。おかげで「放して下さい」と言うことも出来ず、また力づくで振払うことも出来ず、キュアンの為すがままにされていた。
「よしよし、怖い思いをしたなぁ。」
などと思いっきり子供扱いされて、しかもどんどん扱いが低年齢化していくことに、「いったいどれだけのお酒を召し上がったんですか〜!?」と心の中で叫びつつ、恥ずかしくて泣きたい気分になっていた。
しかし端から見てると、フィンはエルトシャンの所為で怯えたような泣きそうな表情をしてるように見えるので、救いの手は差し伸べられなかった。おかげでフィンはキュアンが自主的に腕を緩めてくれるのを待つしかなかった。
「本当に大丈夫なんですか?顔色悪いですよ。」
「心配しなくても大丈夫だよ、ラケシス。」
心配そうに近寄って来たナンナを、キュアンは「ラケシス」と呼んだ。これに青ざめてナンナがアレスの方を振り返ると、更にエルトシャンが
「怖がらせて悪かったな、ラケシス。」
と言いながら手を伸ばして来て口付けようとしたので、アレスは慌ててナンナの腕を掴んで部屋の端まで逃走した。


 

「ひょっとして、3人とも酔っぱらってたのか?」
「そうみたいね。」
キュアンやシグルドは最初からそんな感じはしていたが、エルトシャンまで酔っていたことに2人は驚きを隠せなかった。2人の話を聞いていた時は、そんな雰囲気は微塵も感じられなかったし、その後も足取りはしっかりしてたし。おそらく、フィンを追い回しているうちに徐々に酔いが廻って来たんだろうが、とにかく2人はエルトシャンが酔った姿など想像したこともなかったので面喰らった。揃いも揃って、エルトシャンは完全に酒量をセーブしてると思い込んでいたのだ。
「ねえ、エルト伯父様って酔うといつもああなのかしら?」
「「ああなの?」と言われても初めてのことだからわからん。」
だが、もしも酔っても顔色ひとつ変わらずに、その上でナンナをラケシスと見間違うのであれば、将来ナンナの身が危険である。先程はもしかしたら頬に口付けようとして軌道がずれていただけなのかもしれないが、あのままの角度だと唇まっしぐらコースであったのは間違いない。
「もしそうなのだとしたら・・・お前を連れて逃げる。」
「随分と弱気ね。」
ナンナは呆れたように言った。まぁ、あのエルトシャンが相手では逃げたくなるのもわからなくはないが、せめて気休め程度でも「俺が守る」とか言えないのかしらと思ってしまうのが乙女心というものである。
すると、不満そうにしているナンナにアレスが問い返した。
「だったら、お前はラケシス叔母上を力づくで排除出来るのか?」
もしラケシスが酔っぱらってアレスに「エルト兄様〜」と縋りつきながらキスしようとしたら、果たしてナンナはラケシスを叩きのめしてでもアレスを守ることが出来るのか。もちろんアレスは自力で抗うことが出来るが、少なくともナンナはラケシスに暴力は振るえないだろう。
アレスの言わんとするところを察して、ナンナは先程の自分の言動を恥じた。
「そうね、ちゃんと連れて逃げてね。途中で落としちゃダメよ。」
「任せとけ。地の果てまでだってしっかり抱えて逃げてやる!」
胸を張ってそう言い切ったアレスにナンナは吹き出しそうになった。意図はともかく、「逃げる」というのは威張って言えるような台詞じゃない。でも。
「そういうあなたって素敵よ。」
ナンナはアレスの首に手をまわし、耳もとでそう囁くとそっと頬に口付けようとした。その矢先、リーフがナンナに後ろから抱きついた。
「ナンナ〜、プレゼント交換始めるよ〜♪」
いいところを邪魔されたアレスはリーフを怒鳴りつけようとしたが、即座にアルテナがリーフを引き剥がして連行して行ったので、タイミングを逸してしまった。
しかし一度壊れた雰囲気は簡単には元に戻らないので、2人は気を取り直してプレゼント交換に向かうことにした。
「うまく俺のを引き当てろよ。」
リーフ達の後を追いながら勝手な命令をするアレスに、ナンナも負けじと言い返した。
「アレスこそ、ちゃんと私のを引き当てるのよ。リーフ様に渡ったら狂喜乱舞するような品かも知れなくてよ♪」
ナンナの脅しを真に受けたアレスが籤の前で真剣に悩んでセリス達にからかわれたのは、それから数分後のことだった。

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