グランベル学園都市物語

第21話

「何で、理系科目ばっかり聞くんだよ?」
「わからないからに決まってるじゃない。」
文系科目の場合、この問題の答えがわからないってパターンはあっても解き方がわからないというのは少なかった。
現代文も英語も社会も、単語の綴りと意味や定型文や地名や年号を覚えるだけ。要するに、試験は感性と記憶力の勝負なのである。
「それで、今度は何なんだ?」
ナンナが指差した問題は、虫食いの文章内に当てはまる言葉を入れろというものだった。
「炎色反応?」
アレスは、問題を見て記憶を呼び起こすように呟いた。
「だから、丸暗記しちゃえば…。」
「もうっ、リーフ様は黙ってて下さい!」
さっきから、丸暗記しろとしか言わないリーフにナンナは頭に来た。役に立つどころか勉強の邪魔しかしてないみたいだった。
「でも、これは確かにリーフの言うように暗記するものだぞ。」
「えっ、そうなの?」
邪魔しかしてないと思ってたリーフ様も実はちゃんと正しいことを言っていたのか、とナンナは冷や汗が出た。
「まぁ、語呂合わせで覚えられるから簡単だ。」
語呂合わせ?歴史の年号とかならよく聞くけど、とナンナは首を捻った。語呂合わせと言えば数字くらいしか考え付かない。
「お前、物理でオームの法則とか覚えるのに使わなかったのか?」
アレスに言われて思い返してみたが、ナンナには語呂合わせなんて思い当たらなかった。
「オームの法則って、あの IR=E って公式のこと?」
「『愛ある限り永遠に』って…。」
IR(アイアール) =(かぎり) E(え)いえんに。
ナンナは、数字以外の語呂合わせがあっただけでも驚いたが、それがこんなにも素敵な言葉になっていることは更に驚きだった。『愛ある限り…』、その言葉を反すうしていると、リーフが思い出したように横から口を出した。
「アレス殿、それは中等部のカリキュラムです。」
「うるさいぞ、リーフ。これは、ただの事例だ。」
アレスはそんなことくらい知っていた。その上で、事例としてあげるられるものの中からわざわざナンナの気に入りそうなものを選んだのだ。
「とにかく、炎色反応だろ。『リアカー無きK村、動力借りるとするもくれない馬力』って覚えとけ。」
「リアカー?」
  Li赤 Na黄 Kむら (さき) 銅緑 Caりる橙 Srも紅 Ba緑


 

「この問題はどうすればいいの?」
炎色反応を覚えたナンナは、次に化学式が並んでいる問題を指し示した。
「ああ、それも前もってイオン化傾向を把握しておかないといけないな。」
さもないと、どれが変化するかが決まらない。
「また、語呂合わせで暗記?」
「そうだ。えぇっと、確かそれは…。」
言いかけて、アレスは口を押さえた。そのまま、視線を彼方へと反らす。
「ひょっとして、忘れたんですか?」
「莫迦にするなっ。ちゃんと覚えてる!」
リーフがからかうような口調で言ったため、ついうっかり覚えてると言ってしまったアレスだったが、忘れたと言っておいた方が気楽だったかも知れないと思い返して自分の迂闊さを呪った。
「とりあえず、この順番でイオン化しにくくなるんだ。」
アレスは、さらさらとメモに元素記号を書き並べた。ただし、頬に一筋の朱を走らせながら。
「ねえ、もしかして怪しげな言葉でも入ってるの?その語呂合わせ。」
ナンナは、アレスが恥ずかしそうに思い出してるように見えた。だとしたら、そんな覚え方は嫌だなぁと思いながら、それじゃあこれをそのまま覚えなくちゃいけないのかしらと不安になった。
「いや、別に変な言葉じゃ…。」
そう答えながらも、アレスはなかなかその言葉を教えようとはしなかった。
しばらくして、問題と解説とアレスの書いたメモをじっと見比べていたリーフが、ポンッと手を打った。
「ああ、そうか。ナンナ、アレス殿に何度もお金貸してない?」
唐突に何を言い出すのかと思ったが、ナンナはとりあえず肯定した。デートの際にアレスの手持ちが足りなくてナンナから金を借りて支払いをするのはよくあることだった。
「それ、返してもらったことある?」
「いいえ。」
ノディオン家は金持ちだが、エルトシャンが家庭的なことには疎くてアレスに小遣いをくれたことなどないので、アレスは万年金欠病だった。
「悪い。そのうち返すから。」
「あてにしないで待ってるわ。」
その答えを聞いて、アレスはハッとなった。もしかして、リーフはあの言葉を知っているのではないだろうか。
「あははは〜、やっぱりね♪」
「でも、リーフ様。そんなこと今は関係ないじゃありませんか。」
いきなり関係ない話を始めたリーフに、ナンナは頬を膨らませた。アレスが語呂合わせをなかなか教えてくれないのでどうしようかと考えてる時に、借金なんてどうでもいい。さっきちょっとは見直しかけたのに、やっぱりリーフ様って邪魔しかしないのね、と不機嫌になった。
しかし、アレスは焦った。何とか別の語呂合わせをでっち上げて誤魔化そうと考えていたのだが、間に合わないかも知れない。そしてその不安は適中し、リーフはそれはそれは楽しそうに言ったのだ。
「『貸そうかな?まぁ、あてにすな、酷すぎる借金』♪」
アレスは手のひらで顔を覆って俯いた。しかし、ナンナはまだ良くわかってないらしい。
「どうしたんですか、リーフ様?」
いきなりリーフが何を言い出したのか、ナンナにはさっぱりわからなかった。
そこでリーフは実に楽しそうに繰り返した。
「だから、語呂合わせだよ。『貸そうかな?まぁ、あてにすな、酷すぎる借金』♪」

K Ca Na Mg Al Zn Fe Ni Sn Pb H Cu Hg Ag Pt Au
カリウム カルシウム ナトリウム マグネシウム アルミ 亜鉛 ニッケル (水素) 水銀 白金
かそう ぎる しゃっ きん

「ナンナに借金を重ねる身では、偉そうに「覚えておけ」なんて言えませんよねぇ、アレス殿?」
「リーフ〜。」
アレスは指の間からリーフに恨みがましい視線を向けた。
「まさに、ナンナのためにあるような言葉ですよねぇ♪」
そして、アレスにとっては罪悪感を呼び起こされて心を抉られるような言葉だった。借金を返せない己の甲斐性のなさを思い知らされるようだ。
「おっと、最初を『借りよかな』にしたらあなたのセリフとしても通りますね♪」
「随分と楽しそうだな。俺に何か恨みでも…ああ、あるか。」
ナンナは取られるし、さっきから莫迦にされたり小突かれたりしたし。リーフがその恨みの仕返しをするには絶好の機会だった。
しかし、アレスは辛うじて再反撃に転じた。
「お前、やっぱりセリスの従弟だな。最近、似てきたんじゃないか?」
意図して発した言葉ではなかった。アレスは苦しい精神状態から本音を口にしただけだったのだが、存外にリーフはショックを受けたらしい。笑顔を浮かべたまま凍り付いた。
「ふ〜ん、『貸そうかな?まぁ、あてにすな、酷すぎる借金』かぁ。」
ナンナは、やっと覚え方がわかった。ちょっと紛らわしい部分もあるけど、言葉としては覚えやすい。
「ナンナ。頼むから、それを俺の前で繰り返さないでくれ。」
アレスは耳を押さえて机に突っ伏した。ただでさえ耳に痛いのに、ナンナに言われると更に堪える。
一方の金を貸してるナンナは、全然気にしていなかった。他意なく、テストのために覚えるべく何度も反すうしていた。リーフが楽しそうにしてたことも、アレスが落ち込んでる理由もわからないまま、ただひたすら…。

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