グランベル学園都市物語

第2話

「こんばんは〜。」
「リーフ様いらっしゃい♪ あら、ナンナも一緒だったの?」
「ただいま。」
ラケシスに出迎えられて家に入ると、ナンナはそそくさと自分の部屋へ上がり、リーフはラケシスに連れられてリビングへ通された。
「リーフ様、フィンが帰るまでゲームしましょ。」
そう言うとラケシスはリーフにコントローラーを差し出した。
思わず受け取ってしまってから慌てて本体に差し込まれているソフトを見て、リーフは驚いた。
「これって、あの幻の・・・。」
そこに差し込まれていたのは『トラ7異聞-闘技場物語-』という大人気ソフトだった。初回版は限定200本。その後簡易パッケージで一気に大放出すると言われていたが発売日前に既に第3次予約まで締切られ、今なお店頭では買えない代物である。だが何度本体を見直しても、そこには確かに初回版ソフトが納まっていた。
「販売元の人が私の大ファンなのよ。それで取り置きしておいてもらったの。」
もちろん代金は払っていない。笑顔と感謝の言葉だけでラケシスは幻のソフトを手に入れた。しかし渡した方からすれば、その方が遥かに有り難かった。
何しろ、ラケシスと言えば超人気モデルである。その彼女から笑顔で礼を言われたのだ。それだけで舞い上がってしまったが、おそらく手を伸ばせば握手くらいしてもらえただろうし、ねだればサイン色紙も手に入っただろう。そのくらいラケシスは喜んでいた。
しかも、ラケシスは超我がままなことでも有名だった。その彼女から自主的に微笑みかけられたのである。幸せに舞い上がるなと言う方が無理だろう。
もっとも我が侭と言っても基準ははっきりしていて、一人でも嫌なやつが関係者にいる仕事は受けない、仕事中に嫌なやつが現われたりその名を聞いたりするとショーの途中でも帰ってしまう、というだけだ。もちろんショーの途中で帰られると他の人たちは大変なので、前もって厳戒体制で臨んでいる。そして、いざ帰られてしまった場合は原因がはっきりしていることと彼女の魅力から、その被害額は業務妨害の補償という名目で原因となった者達に請求される。
そんな訳で、絶大な人気のおかげで彼女は仕事の本数が少ない割にはそこそこ稼いでおり、そして有り余る時間は日夜ゲームに精を出しているのであった。
「私は『フィン』を使うから、リーフ様は他のキャラを使ってね。」
「えぇっと、ではわたしは『リーフ』にします。」
こうして2人はゲームで対戦しながら、フィンの帰りを待っていた。


「ただいま。」
ピコピコピコピコ・・・。
「あの、ただいま戻りましたけど・・・。」
ピコピコピッ。
「おかえりなさ〜い♪」
ラケシスは素早くゲームを一時停止させると、フィンの首に抱きついた。
そのまま更にしがみつくようにしていると、リーフが咳払いをしてラケシスの腕を解かせた。そうでもしないと、フィンは完全に首を絞められる寸前まで固まったまま動けずにいるということをリーフは知っていたのだ。
「お帰り、フィン。」
「リーフ様、いらっしゃいませ。すぐに夕食の支度をいたしますから、もう暫くお待ち下さい。ラケシス、お相手を頼みますよ。」
「ええ、任せておいて。リーフ様ってば、なかなか良い対戦相手だわ。」
もちろんリーフの腕はラケシスには遥かに及ばないが、リーフはキャラの特性を生かしたいい攻撃を仕掛けて来て、ラケシスとしても対戦していて張りがあって楽しかった。リーフの方も幻のゲームという興奮に加え、強敵ラケシスに果敢に挑戦するのはなかなか燃えるものがあった。
即座にゲームに戻る2人を見て、いつまで経っても同レベルだなと思いながら、フィンは急いで夕食の支度に取りかかった。
支度と言っても既に下ごしらえ等は済ませてあり後は火を通すだけといった状態にしておいたので、フィンはテキパキと料理に火を入れてテーブルをセッティングし、4人を食卓へ呼び寄せた。


「こんばんは〜。」
「お〜い、フィ〜ン。」
玄関先からの呼び声に、フィンは急いで玄関まで飛び出した。
「キュアン様、エスリン様、いらっしゃいませ。予定より早く終わられたんですね。」
「ああ、道が思いのほかすいていたんで早く戻れたんだ。」
「ごめんなさいね、忙しいところに来ちゃって。」
エスリンは、フィンのエプロン姿と手元のタオルから、フィンが夕食の後片付けの真っ最中だったことを覚っていた。
「いいえ、お気に為さらずに。どうぞ、お上がり下さい。すぐにお茶を入れますから。」
「それじゃ遠慮なく。お前が煎れてくれるお茶は旨いからなぁ。」
「あら、私のよりも?」
「いや、君のと同じくらいかな。それぞれ一番美味しいよ。」
「あの、とにかくどうぞお上がり下さい。」
放っておくといつまでもラブラブし続けることがよ〜く分かっているフィンは、さっさと2人をリビングへ誘った。
「あら?子供達はどうしたの?」
そこにはゲームに興じるラケシスとリーフの姿しかなかった。
「デルムッドは自分の部屋で雑誌に夢中です。ナンナは何やらあちこちで探し物をしているようですが。まぁ、ここに居てもこの調子ですから。」
フィンがそう話していると、パタパタとナンナが部屋からおりて来た。
「こんばんは。」
どうやら挨拶しに降りて来たらしい。
「ああ、こんばんは。」
「こんばんは、ナンナちゃん。」
「えっ、ナンナ?」
ドヒュドヒュッ、デンデロデンデロ〜♪
リーフがナンナの方へ視線を向けたとたん、ラケシスは『リーフ』にトドメを差した。
「リーフ様、この私を相手に余所見なさるなんて100万年早いですわよ。」
「あははは、油断したな、リーフ。それじゃあ、キリもついたことだしそろそろ帰るぞ。」
そう言うなりキュアンはリーフを捕まえて、有無をいわさず車に放り込んだ。すかさずエスリンもリーフの荷物を持って後に続く。ここでリーフが「もっと居たい」などと言い出すとフィンが困るということを承知での早業だった。
急いでフィンが後を追いリーフの自転車をトランクへ納めると、
「お世話様〜。」
というエスリンの声を残して車は走り去った。

前へ

次へ

インデックスへ戻る