グランベル学園都市物語

第1話

キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン♪
お昼休みを告げるチャイムが鳴り、ここグランベル学園高等部1年A組の生徒達もそれぞれグループを作ったりお気に入りの場所へ移動したりして弁当を広げはじめた。
「わ〜、パティのお弁当豪華ね〜。」
「えへへ。高校生初のお弁当だから気合い入れたんだぁ。でも、そう言うナンナだって豪華じゃん。やっぱ、高校生になったから量増やしてもらったの?」
「理由はもうじきわかるわよ。」
その言葉が終わると間もなく、2年のリーフが教室に飛び込んで来た。
「リーフ様、他人の教室に入る時はもう少しこっそり入るとか出来ないんですか?」
「ごめんごめん。でもさ、君も高校生になったことだし一緒にお弁当食べようよ。」
どうして高校生になったからってリーフ様とお弁当を食べなきゃいけないのよ、と怒鳴りつけたい気持ちを押さえてナンナは今朝の登校寸前に父から言われた注意事項を思い出し、すこし困ったような表情を浮かべて用意しておいたセリフを口にした。
「ごめんなさい。お昼はみんなと食べる約束しちゃってて・・・。」
「そうか、私は邪魔なんだね。」
「そう言う訳ではないのですけど・・・あの、宜しかったら卵焼きどうぞ。」
ナンナが出汁巻卵を箸で挟んで差し出すと、リーフは嬉しそうにパクついた。
「う〜ん、やっぱりフィンの作った卵焼きは美味しいなぁ(*^^*)」
「それから、これは後で休み時間にでも召し上がって下さい。」
ナンナはすかさず小振りの使い捨て弁当箱を差し出した。透けて見える中身はパウンドケーキらしい。
「ありがとう、ナンナ。すまなかったね君たち、お騒がせして。」
リーフは機嫌よく帰って行った。
リーフが立ち去ったのを確認して、パティが呟いた。
「凄い!ナンナのお父さんてば、リーフ先輩の行動を見事に読んでる。」
「伊達に、何年も面倒見てた訳じゃないわ。」
そう答えたナンナではあったが、もし注意されてなかったら今頃リーフを怒鳴りつけて事態を悪化させてたことが容易に想像できたので、心の中で父に感謝の祈りを捧げずにはいられなかった。
リーフのことは好きだ。でも、リーフが自分に向かって言う「好き」と自分が思ってるものは違う。ナンナにとって、リーフは実の兄より大好きなお兄ちゃんであり、時には可愛い弟みたいな存在なのだ。生半可に期待を抱かせるようなことをすると、かえってリーフを傷つけそうで恐くて、最近ではついリーフを避けてしまう。フィンもそのことに気付いているのだろう。うまくリーフをあしらう方法を教えてくれるようになった。
些細な罪悪感から脱して、気を取り直して顔をあげるとティニーが箸を持ったままのポーズで止まっていた。
「ティニー、大丈夫?」
「ええ、少し驚いただけだから。」
今までこの2人と同じクラスになったことがなかったティニーは、リーフが乱入してからずっと固まっていた。
「あら?ティニーってば、それだけで足りるの?」
「ええ、まあ。ちょっと今朝は寝坊しちゃって・・・。」
嘘である。本当はティルテュがお弁当のことをすっかり忘れていたので、登校寸前に慌てて自力で有り合わせの物を詰めて持って来たのだ。
「良かったら、私のおかず持ってって。リーフ様が卵焼き1つで引き下がったから、ちょっと持て余しぎみなのよ。」
こっちは本当のことである。フィンの予想では、卵焼きもう1つとクリームコロッケも狙われる恐れがあった。
「ありがとう、ナンナさん。それじゃ、先程絶賛された卵焼きを戴けますか?」
「どうぞどうぞ♪」
「あたしも貰っていい?」
「ん〜、それじゃパティからはそのぜんまい貰っちゃおうっと。」
「あはは、こんなので良けりゃ持ってって持ってって。」
こうしてナンナ・パティ・ティニーの高校生活初の昼休みは楽しく過ぎて行った。


放課後。
「お〜い、パティ〜!待ってくれ〜っ。」
下校しかけたパティを呼び止める声が掛かった。3人が振り向くと、生徒会室の窓から3年のレスターが何やら包みを振っていた。その姿が引っ込んで間もなく、レスターが昇降口から走って来た。
「サンキュー、パティ。また宜しくな。」
「任せといて。ちゃんと毎日持って来てあげるから。」
パティはレスターから弁当箱を受け取ると、校舎内へ戻って行くレスターを手を振って見送った。
「パティさん、お弁当の配達なさってるんですか?」
ティニーは今の光景を見て、パティがエーディンに頼まれて運んで来たと解釈していた。
「やだなぁ、あたしが作ってあげたのよ〜。」
「え?エーディン小母様、具合でも悪くなられたんですか?」
「あはは、ははは。もうっ、ティニーったら可愛い。」
ティニーのあまりにも可愛いボケっぷりに、パティは笑い転げてしまった。
「いつから付き合ってたの?」
「何よ、急に不機嫌になって。ナンナ可愛くないなぁ。」
「どうでもいいでしょ、そんなこと。」
「えっとね、中等部卒業してすぐに告白したの。で、あっさりと。」
パティは従兄妹しての関係を利用してうまく春休みにデートする約束を取り付け、お手製のお弁当を持ってデートに挑み、見事にレスターをゲットしたのであった。もちろん、あくまでもきっかけに過ぎず、もともと両想いではあったのだが。レスターにしてみても、パティがうまく作ってくれたチャンスをものにしたというところであった。
「やっぱり、告白アイテムは手作りのお弁当よね!!」
パティは嬉しそうに言って、小さくガッツポーズを取った。それを見てナンナはある決意を固めた。
「それじゃ、私は自転車だから。」
パティとティニーに手を振って、ナンナは駐輪場へ向けて走って行った。


帰宅途中、ナンナは家の近くの本屋に寄り道をした。
店の脇に自転車を置いて店内に入ると、まっすぐに趣味・生活コーナーへ向かいクッキングブックの棚の前で足を止めた。そこには、いろいろなレシピ集が並んでおり、ナンナはその中から『はじめてのお弁当』という本を引き抜いて読みはじめた。
ナンナは読み終わるとそれを棚に戻して、似たような本を引き抜いてまた読むということを繰り返した。
そうしてどれだけの時間が過ぎたのか。ふいに肩を叩く者が現われた。
「どうしたんだい、こんなところで?」
「リ、リーフ様こそどうなさったんですか?」
「私は、表に君の自転車を見かけたから寄ってみたんだよ。」
ナンナが聞いたのはリーフが本屋にいる理由ではなくこの近辺にいる理由なのだが、リーフはそんなナンナの表情など気にせず続けた。
「もう随分暗くなって来てる。早く帰らないと、先にフィンが帰って来たらマズいんじゃない?」
「あ、はい。すぐ帰ります。」
ナンナはリーフに言われるままに本を棚に戻すと、慌てて店を出て帰途についた。すると、リーフも後から着いてくるではないか。
「どうしてリーフ様が一緒に来るんですか?」
「今日は母上達の帰りが遅くなるからって、フィンに夕食を誘われてるんだ。」
言われてみれば、ナンナはそんな話を聞いたような気がした。
フィンはリーフの父キュアンの経営する警備会社『レンスターガード』で社長秘書兼財務管理室長を勤めている。リーフが幼い頃、仕事中にキュアン達が瀕死の重傷を負ったことがあり、その治療とリハビリが済むまでの数年間、リーフとその姉アルテナをフィンが預かって育てていたことがあった。キュアン達が社会復帰してからも、リーフは母の帰りが遅くなる時などはこうしてフィンの手料理を食べにやってくるのだ。もちろん、スケジュールを管理しているフィンが誘っているわけだが、「アルバイトがありますから外で済ませます」などと断ることが多いアルテナと違い、リーフは誘いを断ったことがなかった。
「それじゃ、お父様の帰りは早めということね。」
「そういうこと。急がないとフィンが帰って来ちゃうよ。」
ちょっと帰りが遅いからといって叱られるわけではないのだが、「とっても心配してました」と書かれたような表情で出迎えられると罪悪感を覚えてしまうのだ。そのためナンナは一生懸命ペダルを漕がずにはいられず、二人はかなりのスピードで自転車を飛ばしたのだった。

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