Shoot The Sun

<前編>

イード砂漠に入ってシャナンと合流したセリス軍は、レンスターへ向かうべくそのまま砂漠を南下することとなった。その道すがら、イ−ド神殿でシャナンに救われたと言う少女パティが軍に加わった。シャナンの話によると彼女は盗賊で、神殿に隠されていたバルムンクを盗み出して逃げる途中、ロプト教壇の追っ手に囲まれそうになったところを助けたのだということだった。
「バルムンクを取り戻せたのは、彼女のおかげとも言える。」
シャナンのその一言で、パティは軍に同行することを許された。盗みは良くないと渋っていたセリスも、彼女が敵から巻き上げる金の有り難さをオイフェから言い聞かされるとそれ以上否とは言えなかった。
パティは戦場を駆け回り、敵から軍資金を翳め取り続けた。そして、バルムンクの修理費に困窮するシャナンや杖の修理費を自力で稼げないラナの元へと嬉々として配って回った。
「へぇ〜、盗賊なんて凄く手癖悪くて嫌な奴ってイメージだったけど、結構役に立つんだな。」
デルムッドは感心したように呟いた。
「そういう言い方はやめろよ。あいつが俺達に何か悪さをした訳じゃないだ。」
「でも、盗賊だってことに変わりはないだろう。」
ふと漏らした呟きをレスターに聞き咎められて、デルムッドは面白く無さそうに応じた。
レスターとしても、敵相手とは言えパティが盗みを働いていることは否定できなかった。しかし「盗賊は悪い奴」と決めつけて蔑むような態度をとるデルムッドにも納得できなかった。確かに盗みは悪いことなのかも知れないが、だからと言って彼女の人格まで否定するような目で見るのは間違っているような気がする。行いは誉められたものではないかも知れないが、彼女の性根は腐っていない。その証拠に、レスターの目には厳しい戦況下にあって暗くなりがちな雰囲気の中で底抜けかと思われるくらい明るく振る舞うパティの姿が輝いて見えた。
「何だよ。何かまだ文句があるのか?」
「いや、別に…。」
「ひょっとして、お前、あいつに気があるとか?」
レスターは図星を指された。普段は鈍いくせにどうして今回に限り鋭いんだ、と焦った。何と言って誤魔化すかと思案していると、下の方から明るい声がした。
「あら、お生憎さま。あたしはシャナン様みたいに強くて優しい人にしか興味ないわ。」
どこから聞いていたのかとレスターは不安になった。最後の一言だけ聞き齧ったなら良いが、もし最初から聞いていたのならパティはデルムッドの言葉を気にするのではないだろうか。
「レスター、だっけ?あたしに惚れるなら頑張って腕を磨くことね。」
「だ、誰がお前に惚れてるって?自意識過剰もいい加減にしろよ!」
売り言葉に買い言葉といったものか、ついレスターはパティに言い返してしまった。
「そうよね。その程度の腕であたしに惚れるなんて身のほど知らずってもんよね。」
そう言い残すとパティはシャナンの元へ金を渡しに走って行ってしまった。

パティの目にはシャナンしか映っていないと分かっていても、レスターは彼女の姿を追ってしまった。
そう、最初は前線をうろちょろしてて邪魔だと思っていたのだ。だが、危なっかしくて目が離せないでいるうちに戦場外でも目が離せなくなって、そしてどんな時でも明るく振る舞う彼女に心を奪われてしまった。
レスターはパティに「腕を磨け」と言われたからではなく、戦場で彼女を守るために弓の練習に励んだ。おかげで、前線を駆け回るパティの危機を何度も救うことが出来た。しかし、彼女が気付いて礼を言おうとするとつい憎まれ口をたたいてしまった。
「あんまり手間かけさせるなよ。」
「…悪かったわねっ!だったら放っておいてくれていいわよ。そしたらシャナン様に助けてもらえるもんねっ!!」
パティは怒って走って行ってしまった。慌てて追い掛けて謝ろうとしたが、結局追い付くと素直な言葉は出てこなかった。
「勝手にうろちょろするな。どこに敵が潜んでるかも知れないんだ。」
「言われなくてもそのくらい…、もうっ、放っといてってばっ!!」
そう言われても実際に放っておくことなど出来るはずもなく、レスターはパティに手を伸ばし、暴れる身体をしっかりと抱えて皆の元まで戻った。
その後も何かと喧嘩になりながらもレスターはパティの世話を焼いてしまった。
そうなると、自然と他の者の目には2人が一緒に居る光景が多く映る。
「最近、兄さまと仲がいいみたいね。」
「別に仲良くなんかないわよ。うるさいったらありゃしな…あ、ごめん、ラナ。」
うっかりいつもレスターと話してる時みたいに憎まれ口を叩きそうになったパティだったが、相手がラナだったことに気付いて慌てて口をつぐんだ。
「それに、あまりシャナン様に付きまとわなくなったみたいじゃない?」
「だって、シャナン様はどうやらラクチェが好きみたいなんだもん。あたしなんか、入り込めないって感じでさ。」
シャナンとラクチェが恋人同士になるまでは時間の問題と思われた。しかしそれと気付いた時のパティのショックは存外に少なかった。確かに自分を守ってくれた時のシャナンは格好良かったが、ラクチェの近くで剣を振るうシャナンはもっと格好良かったのだ。結局のところ、シャナンに対する好意は、あくまで格好良い王子様への憧れだったのだろう。
「それじゃ、兄さまはどうかしら?皆を援護する兄さまとあなたを助ける兄さまはどっちが格好良い?」
「そんなの…わかんないわ。だって、いつも見てるわけじゃないもの。でもあの程度の腕じゃ、まだまだ…。」
確かに初めて会った頃に比べて格段に腕を上げてるみたいだが、パティの評価基準は高かった。それに照れもあって、認めてやるのが悔しい。
「随分と手厳しいな。レスターの腕は既に一流の域に達していると思うが…。」
自分の名が出たのを聞き付けてきたのか、シャナンがラクチェと連れ立って2人の元へやってきた。
「だってシャナン様、レスターったら飛んでる矢を射落とせないんですよ。」
パティに向かって飛んでくる矢を射落とせず、パティに避けさせて射手を仕留めるレスターに、彼女の採点は厳しかった。
「やれやれ、そんな神業みたいなことが出来る者などめったに居るものではないと思うぞ。」
「そうかなぁ?」
「私が知る限り、そんなことが出来たのはブリギッドくらいだ。あと、ジャムカが時々成功してたかな。」
シャナンの口から出た名前に、パティは驚愕となった。
「シャナン様、今、何て言った!?」
「ちょっと、シャナン様につかみかからないでよっ!!」
思わずシャナンの襟元に伸ばされてしまったパティの手を、ラクチェが引き剥がした。ラナの方へ突き飛ばされながら、パティは呟いた。
「ブリギッドって…?」
「ウルの血の正当なる継承者、聖弓イチイバルの使い手だが…彼女がどうかしたのか?」
「そのイチイバルって、どんな弓なの?」
シャナンは幼い頃の記憶を辿って、イチイバルの形状と特徴を説明した。
「…まさか、母さんが…それじゃ、お兄ちゃんは…。」
今度は、パティ以外の者が驚く番だった。
「あなた、ブリギッド伯母様の…。」
「えっ、伯母?」
「彼女の母親はブリギッドの双子の妹、エ−ディンなんだ。」
突然知らされた血縁関係にパティは困惑した。
「私達は従姉妹になるんだわ。ふふふ、改めてよろしくね、パティ。」
「ふ〜ん、あんたにもシグルド様と一緒に戦った聖戦士の血が流れてたんだ。何だか、不思議な縁ね。」
「なるほど、パティの弓術への評価が厳しいのは、その兄上を見てきた所為か。」
3人の言葉は殆どパティの耳には入らなかった。

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