pas a pas

- 15 -

ナンナがリーフ達の傷を癒し終え、セリス達の元へと戻ろうと思った矢先、レスターの目が彼方を飛び来る敵の一団を捕らえた。
迎撃体勢を取り直したところで、それを率いて居るのがトラバントであることが判明する。
リーフは弓を引き絞り、仇敵目掛けて放った。しかし相手の飛竜もさるもので、僅かに体勢を変えて急所を外す。矢は、飛竜の身体に浅く刺さった程度で、大したダメージは与えられなかった。すぐさま、リーフは自分が最も得意とする剣に持ち替えて身構える。
今度は手加減しないで済むとは言え、相手も相当なものだった。トラバントと共に数々の戦を勝ち抜いて来た兵達は、老いたりと言えども侮れない。統率も取れていて、容易には数を減らせなかった。
互いに致命傷を与えられないまま、アレス達の身体には無数の傷が刻まれた。疲労している分だけ不利だと考えざるを得ない。焦る気持ちを押さえて、アレスは戦い続ける。
すると、背後から覚えのある声が聞こえた。
「我が意のままに疾駆せよ……。」
途端に上空に強風が吹き荒れる。それは明らかに不自然な流れで、トラバントの周りを回るように竜騎士達を切り裂いて行った。
アレス達が振り返ると、そこにはセティが立って居た。
「どうにか間に合いましたね。アレス、君が乗せて来てくれればこんなことにならずに済んだんですよ。」
隣で戦っていたのに置いて行かれたセティは、走って後を追って来て疲れたと言わんばかりにアレスを軽く睨み付けた。それから、リーフの方へと向き直る。
「トラバントは避けてみました。さあ、どうぞ、リーフ王子。」
『フォルセティ』でトラバント以外の竜騎士を一掃して、にっこり笑ってリーフを促すセティに、アレスは彼がレヴィンの言葉を根に持っていたことを察して苦笑した。
そんなアレスを他所に、リーフはフィンと共にトラバントに挑み掛かる。
「ゲイボルグも使えぬお前にこの儂が倒せるものか。」
「倒してみせる…。行くぞ、フィン!」
「はい、リーフ様!」
リーフは自分目掛けて降下して来たトラバントの攻撃を躱しながら剣を振るい、横から飛び出したフィンが『勇者の槍』を繰り出した。
三者が交錯したその一瞬で勝負が決まる。
トラバントの飛竜は絶命し、トラバントの身体は地面に叩きつけられた。それが、リーフに負わされた怪我に追い討ちをかける。深手を負ったリーフとフィンには、セティとナンナが駆け寄って回復の杖を振るい、それが明暗をくっきりと分けたのだった。

「父上と母上の恨み、今こそ…。」
傷を癒されて立ち上がったリーフは、瀕死のトラバントに剣を振り上げた。しかし、その手をアレスが掴んで止める。
「待て。」
「邪魔をしないで下さい!」
振り払おうとするリーフに取り合わず、アレスはトラバントに問いかけた。
「アルテナ王女をどうした?」
アレスがそう言うのを聞いて、リーフは驚いた。仇敵を前にして姉のことが頭から抜けていたこともそうだが、あの他人に無関心なアレスがそれを言い出したことが信じられなかった。
そして、リーフ達の頭の中をエルトシャンのことが過った。停戦を説きに行って彼が殺されたように、真相を確かめに戻ったアルテナも殺されたのではないか、と…。寧ろ、出自がバレて利用価値がなくなればアルテナは敵の娘だ、殺されない方がおかしい。
そんなリーフの表情の変化を見て取って、トラバントは苦しい息の下で笑みを浮かべた。
「ククッ…。アルテナは生きておるわ。アリオーンの奴、殺した振りをしおった。」
それを聞けば十分とリーフは再び剣を握る手に力を込めたが、アレスは放そうとしなかった。
「アレス殿!」
「お前はやめておけ。」
「何故です!? この手で親の仇を討ちたい気持ちは、あなたにはよくお解りのはずでしょう!」
恨みを晴らしたいという思いを胸に抱き、アレスがその手でセリスを殺すことを夢見て来たように、リーフはレンスターを蹂躙したブルームと両親を殺したトラバントを倒すことを夢見て来た。他の誰でもない、アレスに止められるなど心外だ。
「そんな奴でも、お前の姉は長年親だと信じて来た。決別したとしても全てが消える訳ではない。養父を殺したその手で、お前は姉を抱き締めるつもりか?」
アレスはジャバローをその手で殺したことに何も感じなかった訳ではなかった。
親代わりだと信じていたから、あのような行為が許せなかった。それだけ、慕っていた。自分の手で殺したから想い出も痛みも自分の中に留めておける。
戦いの中でのことならまだしも、もしもここでリーフがわざわざトラバントにトドメを刺したなら、いつかアルテナとの間でそれがわだかまりとなるかも知れない。それを示唆するアレスによって、リーフの中に迷いが生じた。
何のために、先程難しい戦いをしたのか。それを成した今、ここでトラバントの血を浴びていいのか。
しかし、恨みを晴らしたい気も充分すぎる程ある。自分がやらずして、両親は浮かばれるのか。
「リーフ様…。」
アレスが手を放しても剣を振り上げたままで止まっているリーフの元に、フィンが進み出た。
「どうか、私がキュアン様の仇を討つことをお見逃し下さい。」
フィンが自分の恨みだけで願い出たのではないことが、その物言いから読み取れた。許しを求めるのではなく見逃して欲しいと言うのは、キュアンとリーフと国を思ってのことだった。もしも後にアルテナとの間でそのことがわだかまることがあればその責任を一身に負うと言っているのだ。
リーフには、そこまでの覚悟を退けてまで我を通すことは出来なかった。勿論フィンに責任を負わせる気などない。ただ、フィンが討つのならきっと父上も母上も納得してくれる、とリーフは信じられた。ならば、任せられる。
万感の思いを込めて、リーフはフィンに小さく頷いて見せた。
そしてもめる様子を最期の時まで皮肉な思いで見つめていたトラバントに、フィンがトドメを刺してこの戦いに終止符を打ったのだった。

戻る

次へ

インデックスへ