pas a pas

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セリスがアルスターを制圧すると間もなく、レンスターが急襲された。程なく、アルスターにも敵の手が迫る。
セリスは歩兵達にアルスターを任せると、騎兵を連れてレンスターへと急行した。
「リーフ、無事かぃ!?」
正式に解放軍へと参加するために先にレンスター城入りしていたリーフは、フィンと共に城を守って戦っていた。それはマスターナイトらしい働き振りで、先陣を切って敵に切り込む王子の姿に、フィンを始めレンスターの者達は誇らし気な様子だった。
杖と剣を使い分けながら戦って息の上がっていたナンナは、援軍の到着に安堵した。近くの敵を倒して馬を寄せて来た兄の姿に気が緩む。その隙をついて、敵が切り掛かって来た。
ナンナは、身を凍らせ悲鳴すら出なかった。
すると反対方向から黒い影が割って入り、敵を一撃の元に切り捨てた。
「あ…。」
靡いた黒いマントと広い背中に煌めく金の髪を見て、ナンナは息を飲んだ。だが、その感動も束の間のこと。
「邪魔だ、下がっていろ。」
振り返りもせずにただ一言告げられた言葉に、ナンナは憤慨した。しかし、デルムッドに促されて、後方の支援に行く。
セリス達が駆け付けたことで一気に戦況は変わり、一段落つくとリーフはいつもの人懐こい表情になった。
「ナンナ〜、今の内に回復魔法お願い。」
「はい、リーフ様。」
トテトテと駆け寄って来たリーフに、ナンナは快く杖を取り出した。しかし、それを掲げようとした腕が押さえられ、脇へと退かされる。
「何するのよ!?」
ナンナは邪魔をするアレスに文句を言ったが、彼は意に介さずに怪我をしたと言うリーフの腕や足をしげしげと眺めて言った。
「傷口を洗って清潔な布でも捲いておけば充分だ。」
言うが早いか、アレスはリーフの首根っこを捕まえて城へと連れて行ってしまった。
「何よ、乱暴者! リーフ様は、粗野なあなたなんかとは違うんですからね!」
ナンナの叫びの全てはアレスの耳には届かなかった。
だが、それを最後まで聞いた者は居た。
「ナンナ、あの方は決して粗野な訳ではないよ。」
「お父様…?」
諭すように言うフィンに、ナンナは不満たっぷりの顔で振り返った。
「エルトシャン様の忘れ形見が、粗野であられるはずがないだろう?」
「そうはおっしゃいますけど…。」
ナンナはこれまでのことを思い返して腹を立てた。無愛想だわ、礼儀知らずだわ、冷酷だわ、捻くれ者だわ…。おまけに、緊迫した戦場であんなこと言うわ…。
「アレスは、エルト伯父様とは違います!」
それだけ言うと、ナンナはズンズンと足音を立てるように立ち去ったのだった。

聖弓『イチイバル』を使いこなすファバルという頼もしい仲間を加えて、セリス達はコノートを制圧した。休息と補充を行うためにしばらくそこに留まることになる。
ナンナは先の戦いでアレスに礼を言い忘れたことを気に病みながらも、その後の言葉に怒りを覚えて、何となく彼を避けるようにしていた。その様子は、他の者の目にはまるでナンナがアレスを意識しているかのように映る。もちろん、何も意識してない訳ではないのだが、意識のタイプは大違いだ。
「ねぇ、ナンナって、リーフ様とアレスのどっちが好きなの?」
突然そんなことを聞いて来るフィーに、ナンナは目を丸くした。
「フィーったら、いきなり何を言い出すのよ!?」
「だって、気になるんだもん。ねぇ、どっち?」
楽しそうに問いを繰り返すフィーに、ナンナは正直に答えた。
「リーフ様の方が好きに決まってるでしょう。そもそも比較にならないじゃないの。あんな無愛想で礼儀知らずで女ったらしで乱暴な人、大っ嫌いよ!」
その答えに、フィーが吹き出した。横にいたパティもクスクス笑ってる。
「何、笑ってるのよ!?」
ナンナに睨まれながら、フィーとパティは顔を寄せあうように小声で言った。
「だって……ねぇ?」
「……だよねぇ?」
言い合ってまたクスクスと笑う。
「だから、何がおかしいの?」
ムッとして問い直すナンナに、フィーは楽しそうに告げた。
「ナンナって、今まで恋したことないでしょ。」
「えっ?」
ナンナはきょとんとして更に説明を求めたが、フィーもパティもそれ以上は何も言わなかったのだった。

ナンナがフィー達にからかわれていた頃、アレスの元にはデルムッドが訪れていた。
「先日は、ナンナをお助けていただきましてありがとうございました。」
「……お前に礼を言われる筋合いはない。」
木陰で気持ちよく昼寝していたアレスは、起こされて不機嫌そうに言った。
「大体、お前、誰だ?」
これには、デルムッドの気持ちが挫けた。いくら簡単に次々と紹介されたらといって、ずっと近くで戦っていた者に向かって掛けられるべき言葉ではないと思う。
「デルムッドです。」
「ふ〜ん。で?」
「デルムッド!」
「ああ、名前はわかった。で、何の用だ?」
「で?」という先を促す言葉をてっきり自分の名前を最初の1文字しか覚えてくれなかったものと勘違いして叫ぶように名乗り直したデルムッドに、アレスは呆れたように改めて問いかけ直した。それによって自分の勘違いに気付いたデルムッドは、恥ずかしさで真っ赤になる。
「あの…。ですから、先日はナンナを…。」
「それはもう聞いた。だが、何故お前が礼をいう。言うべきは助けられた本人だろう。」
セリスを観察するために馬を走らせた結果、あまりにも未熟な姿が目に入ったからとっさに割って入ってしまっただけだが、助けたことには違いない。それを人づてに礼を言うとは何事か、とアレスは不機嫌になった。出会ったばかりの時に自分に対して礼儀がどうのと説教ぶっておいて、自分はどういうつもりなのか、と…。
「えっ? ナンナ、お礼言ってないんですか?」
「言われた覚えはないな。乱暴者と怒鳴られた覚えならあるが…。」
あの時、アレスの耳に届いたのは前半の部分だけだった。それが良かったかどうかは、フィンのみぞ知るところだろう。
「も、申し訳ありません。ちゃんとお礼に伺うように、ナンナによく言っておきます。」
「だから、何故お前が…?」
アレスにはデルムッドの態度が納得出来なかった。
「だって、ナンナは俺の妹ですから…。」
その答えに、アレスはしばし絶句した。
「……全然似てないな。」
「言われなくてもわかってます。」
ナンナと会った後、幼馴染み全員に同じことを言われたデルムッドだったが、しみじみ言われるとちょっと堪えた。
「用件はそれだけか?」
そんなことで昼寝の邪魔をするな、と睨み付けるアレスに、前置きだけで時間を喰ってしまったデルムッドは恐縮しながら本題へと話を移したのだった。

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