前夜祭
聖戦を終えて、復興の指導者達が各地へと旅立つ前日、バーハラでは大宴会が催された。
基本的に幼馴染みや兄妹が身を寄せ合って話に花を咲かせている中、ティニーはアーサーがフィーと一緒にレヴィンの元へ向った隙にそっと広間を抜け出し、バルコニーへ出た。
「セティ様…。」
そこには先客がいた。
「ティニー。どうして、こんなところに…?」
「なんだか、落ち着かなくて。セティ様は?」
「私は…騒がしいのは苦手だから。」
2人とも、些細な嘘をついていることは互いにわかっていた。
他の恋人達は明日、その殆どが共に旅立っていく。それに伴い、アレスを皮切りに恋人の親に改めて結婚の許可申し入れを行った。正式な婚礼が挙げられるのは時間の問題だろう。親の居ない他の恋人達にしても、また然り。
しかしセティとティニーは、シレジアとフリージに分かたれた後、果たして正式に婚礼を挙げることの出来る日は訪れるのだろうか。
これまでの事とこれからの事を友人や恋人と楽しそうに語り合う姿を見ているのは、正直言って今の2人には辛かった。
「このまま、夜が明けなければ良いのに…。」
月を眺めながらそんなことを口にしたセティの頬に、ペチっとティニーの手が押し当てられた。
「そんな台詞、セティ様らしくないです。」
ずっと、夜明けを信じて戦い続けて来たはずなのに。明るい明日を夢見て進んで来たはずなのに。
「らしくない、か。ティニーは、こんな私を嫌うかい?」
頬に押し当てられたティニーの手にそっと自分の手を重ねながら、セティは力なく振り向いた。
「嫌いにはなりませんけど…。ティニーは前向きなセティ様の方がもっと好きです。」
セティは、言ってから赤面するティニーの身体を引き寄せると、強く抱き締めた。
「このまま君をシレジアへ連れて行ければ良かったのに…。」
ティニーはセティが泣き言を言うのを初めて聞いた。いつでも、どんな過酷な試練を突き付けられても、大したことじゃないという顔で乗り越えて来た人が…。
「一緒に行くことは出来ません。でも…。」
確認するように言ったティニーに、セティの手が弛んだ。
「それでも、追いかけていくことは出来ます。」
ティニーはセティの胸を押して腕を解かせると、泣きそうな顔で自分を覗き込んでいるセティを見つめて微笑んだ。
「待っていて下さい。きっと追いかけていきます。わたしは絶対にシレジアへ帰りますから。」
「帰る?」
「はい。必ず、セティ様の元へ帰ります。」
その日がいつになるのかはわからないけど、絶対にその日が来るから、来させてみせるから。ティニーはセティと自分にそう言い聞かせた。
「…待っているよ。」
セティはそう答えるのが精一杯だった。ティニーの言葉に溢れる涙を止められなかった。
「私は自分がこんなに弱いとは思わなかった。」
ティニーが差し出したハンカチで暫く目を抑えた後そう言ったセティに、ティニーは嬉しそうに告げた。
「セティ様、わたしの前では泣いても良いんですよ。」
ティニーがあまりにも嬉しそうに言うので、セティはつられて笑ってしまった。
「あははは、これじゃ普段と逆だね。」
宴も終盤に入った頃、セティはティニーを連れてレヴィンの元へ向った。
「お願いがあるんですけど…。」
「結婚の許可だったらいくらでもしてやるぞ。好きにしろ。」
アーサーの申し出にも同じように「そんなんで良かったら勝手に連れてけ」と答えてフィーに殴られたレヴィンは、懲りもせずにふざけた答えを返して来た。
「ええ、お言葉に甘えてそうさせていただきます。ですが、もう一つ…。音楽をお願いできませんか?」
「リクエストを言ってみろ。」
セティの珍しい頼みごとに、レヴィンは竪琴に手を伸ばした。
「ワルツを1曲。」
「いいだろう。」
軽く弦を弾いて曲を決めたレヴィンは、セティ達が広めのスペースへ進み出るのを確認して曲を奏で始めた。
「セティ様…?」
不思議そうにするティニーに、セティは極上の笑顔を浮かべた。
「せめて今夜の想い出に。そして、これからの励みに。私と踊ってくれるかい?」
「喜んで。」
差し出されたセティの手にそっと自分の手を重ねて応じ、そのままセティの肩と腕に手を伸ばすと、ティニーは軽やかに踊り始めた。
突然流れ出した音楽に何事かとその出所に目を向けた者達の前で、2人は流れる風とその風に乗って舞う花びらのように優雅に踊った。1曲と頼んだにも関わらず、レヴィンは曲が終わるとすぐ次の曲を奏でたが、2人は疲れることを知らず2曲3曲と踊り続けた。
1曲終わったところでアレスとナンナが加わり華麗な踊りを披露すると、後から後から、踊れるものは立ち上がってその輪に加わり、そこはかりそめの舞踏会場と化した。
こうして最後に派手に盛り上がった宴は、曲が止むと同時にお開きとなったのである。