最後の魔法

ティニーがシレジアへ嫁いで来て、やっとこちらでの生活にも慣れて来た頃、セティは彼女を誘って隠れ里の外れにやって来た。
「母上、今日は紹介したい人が居るんです。」
フュリーの墓の前にティニーを押し出すようにして、セティは言葉を続けた。
「私の妻のティニーです。母上も気に入って下さると嬉しいのですが…。」
それを受けて、ティニーは真面目な顔でフュリーの墓に挨拶をした。
「ティニーと申します。ふつつか者ですが宜しくお願い致します。」
墓に向って深々と頭を下げた後、ティニーは不安そうな顔でセティを見上げた。
「あの、気に入っていただけたでしょうか?」
「大丈夫だよ。母上は、とっても喜んで下さってるに違いない。」
ティニーを気に入らないなんてことがあるものか、と力強く言われて、ティニーは安心したようにセティに凭れ掛かった。
「さぁ、それじゃもう一ケ所行こうか。」
ここへ来た時のように天馬騎士達に同乗させてもらって、セティ達はセイレーンとトーヴェの間に点在する村の一つに向ったのだった。

村に着くとセティはその外にある辻のところへティニーを誘った。そこには、小さな盛り土がされており、その上に平たい石が乗っている。
「もしかして、どなたかのお墓ですか?」
「うん。昔、この村に住んでたある人のね。」
セティはティニーの問うような視線を受けてその人のことについて話し始めた。
「バーハラの悲劇の後、この村に若い夫婦が流れ着いたんだ。」
夫の髪は黒。そして妻の髪は緑。だが、生まれて来た子供の髪はかなり白っぽかったと言われている。
夫婦揃って魔法のことに明るく、夫は風魔法をよく使った。まだ幼い息子にも風魔法を教え、容姿の違いなど気にもならない程、この村によく馴染んだ。
だが、この夫婦に2人目の子供が生まれて間もない頃、ここにも帝国の兵がやって来た。
略奪や虐殺に村の人々は怯えたが、不思議なことにその兵士達はそう言った行為はしなかった。ただ、家を1件1件隅々まで覗いては、次の家へと移動して行った。しかも、犯罪者を探していると言うよりは誰か大切な人を探しているようにも見えた。
そして、彼等は若夫婦の家でその探し人を見つけた。
幼子を抱えたまま連れ出された妻の髪は、いつもと違って子供と同じく白っぽかった。緑色の染料が洗い流されていたのだ。
「いやっ、離して!!」
「彼女を離せ!!」
帝国兵に連れ去られようとする妻の後を、夫は追いかけた。蹴り飛ばされ、距離を離されても、追い縋る。
そして、村を出たところで彼は帝国兵に向けて『ウインド』を放った。
「貴様!!」
それまで紳士的だった帝国兵は、紳士の仮面を脱ぎ捨てた。一斉に彼を取り囲み、切り掛かり、『サンダー』を放つ。だが、魔法の特性と鍛えられた運動能力で彼は次々と攻撃を躱すと帝国兵を討ち取っていった。
しかし、そんな彼も多勢に無勢ではいつまでも戦い続けることは出来なかった。僅かな傷も重なりあって少しずつその身から血液を奪い、疲労も溜まっていく。
『ウインド』の魔導書がその力を使い果たした時、帝国兵はまた大勢残っていた。
「どうやら、勝負あったな。武器無しでは何も出来まい。」
帝国兵は勝ち誇ったように彼への間合いを詰めた。追い詰められた彼の視界で、幼子を抱えて泣き叫ぶ妻の姿が遠のいて行く。余裕の出て来た帝国兵が、彼女の連行を再開したのだ。
それを見ながら、彼は苦し気な表情でマントの中から1冊の魔導書を取り出すと、最後の魔法を放ったのだった。

「彼が最後に放ったのは、『エルファイアー』だったそうだ。」
もしかしたら、と思いながら聞いていたティニーは、その言葉に涙を流した。
「燃え上がる帝国兵達に囲まれて、炎に照らされたその人の髪は赤く輝いていたと言われている。」
その人が亡くなった時は帝国兵の放った雷魔法で黒焦げだったので髪の色を確認する術はなかったが、『エルファイアー』を放てることから素性は伺い知れるだろう。
「父さま…。」
「多分、そうなのだと思う。」
私もまた聞きなので確証はないのだけれど、と言い添えながらセティは泣き続けるティニーの身体をそっと抱き寄せた。
「きっとその人がティニーの父上だと思うから、ここにも挨拶に来たかったんだ。」
セティの言葉に、ティニーはその腕の中でしっかりと頷いた。そして、そっと腕の中から出るとお墓に向って話しかけた。
「父さま、ティニーです。大きくなったでしょう? 私、今とっても幸せです。これから、セティ様と一緒にこの国でもっと幸せになります。見ていて下さいね。」
そして、涙を隠さぬままお墓に向って真剣に話し掛けるティニーの横に膝をついて、セティもティニーと共に幸せになることを誓ったのだった。

-了-

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