Cold

風の勇者セティは誰にでも優しい。どんな下らない悩みでも親身になって聞き、親切に相談に乗ってくれる。そんなことは承知していたティニーだったが、その時目にした光景には、さすがにショックを隠せなかった。
フィーと共にお茶の支度をしてからセティを呼びにやってきたティニーは、やっと見つけたセティが騎士風の女性と共に居て、互いに深刻な顔で何やら話しているのを目にした。難しい相談に乗っているのかと思い、何となく声がかけづらくってしばらく木陰から様子を見ていると、セティはその女性の肩に手を掛けて何事か声をかけると、あろうことかそのまま抱き寄せ相手の顔に唇を寄せたようだった。
「セティ様…。」
ティニーはそのまま踵を返すと、どこをどう走ったかわからないが部屋へ戻ってベッドに伏せて泣き続けた。
「ティニー、何を泣いてるのかそろそろ話す気にならない?」
アーサーを連れて戻って来たフィーが声を掛けても、ティニーはただただ泣くばかりだった。
「どうしたんだ? 腹でも痛いのか?」
「莫迦! そんなことでこんな風に泣くわけないでしょ!!」
一向に事情を話す気配のないティニーを前にフィーとアーサーが騒いでいると、セティが部屋に入って来た。
「何を騒いでるんだ?」
「あ、お兄ちゃん。ティニーがさっきからずっと泣いてるんだけど、理由を話してくれないのよ。」
ティニーが血相を変えて走っていたと言う話を聞いてやって来たセティは、フィーに手招きされるままにティニーの傍へ寄った。
「ティニー、どうしたんだい?」
セティは優しくティニーの頭に手を乗せた。そのとたん、ティニーはガバっと身を起こすと、枕を振り上げてセティをボスボスと叩き始めた。
「ちょ、ちょっとティニー。一体、どうしたの!?」
驚きのあまり硬直して枕で叩かれているセティに代わって、フィーが驚きの声を上げた。
「う〜っ、ひっく、ひっく。」
泣きながらティニーはセティを攻撃し続ける。その異常事態に、普段はあまりセティの肩を持たないアーサーも慌ててティニーを押さえようとしたが、めちゃくちゃに枕を振り回すティニーの肘が顔面にヒットし、その場に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ…。」
ティニーがやっと枕を振り回す手を止めた頃、硬直の解けたセティは再びティニーに声を掛けた。
「一体、これはどういうことなんだい?」
不機嫌さを押さえながら優しく掛けられた声に、ティニーはセティをキッと睨むと叫んだ。
「セティ様の浮気者〜!!」

あのセティが浮気した、という噂は瞬く間に解放軍の中に広まった。
「やはり、血は争えないのでしょうか。」
普段はセティを高く買っている者たちも、噂を否定するどころか鵜呑みにしたらしい。
セティは、自分の姿をちらちらと見ながらこそこそと囁かれる噂も不愉快だったが、何よりもティニーに一方的に浮気者呼ばわりされてそれっきり口も聞いてもらえないことの方がショックだった。
「随分と不機嫌そうな顏をしているな。」
「アレス…。」
「お前、浮気したんだって?」
からかうように言うアレスに、セティはムッとして答えた。
「してません。」
「だろうな。」
アレスは平然と答えながら、セティの肩をポムポムと叩いた。
「だろうな、って…。」
「だって、お前ってそんな器用に出来てないからな。でも、何か誤解を招くようなことくらいはしたんじゃないのか?」
「覚えがありません。」
「だろうな。心当たりがあるようなら、とっくに誤解を解く為に走り回ってそうだから。まぁ、よく思い出してみることだ。」
それだけ言うと、アレスは笑いながらスタスタと離れて行ってしまった。
取り残されたセティは、アレスの言葉に従って、誤解されるようなことしたことがないか思い返してみたが、全く心当たりがなかった。
しかし、ティニーに話を聞こうにも全然口を聞いてくれないのでは話にならず、そうこうしている間もフィーやアーサーからは目があう度に睨まれるし時にはすれ違い様に殴られたり足踏まれるしで散々だった。
そのうち、セティの方も少々腹が立って来た。一方的に浮気者呼ばわりして、それっきりとなるほど自分は信用されていないのか。それで簡単に無視出来る程度の想いだったのか。そう思うと、これ以上ティニーを追いかけて事情を聞き出そうとする意欲が萎えて来た。互いに少し距離をおいて頭を冷やした方が良いかも知れない。
こうして、セティとティニーは冷戦状態に入った。

あれ以来、セティとティニーは別々の場所で戦うことになった。
ティニーはセティに対する怒りと悲しみを敵にぶつけ、魔法をまき散らした。それはティニーの身体と心をすり減らしたが、周りにそれと気付いてくれる者は居なかった。
そしてある日、ティニーは高熱を発して倒れたのである。
「ただの風邪らしいんだけど、とにかく本人の体力と気力が萎えてる状態だから…。」
「薬は?」
「一応飲ませたんだけど、熱が下がるどころかまだ上がりそうなの。」
「無理に下げるのも良くありませんが、ここまで高い熱が続くようだと危険です。」
フィーとコープルの返答に、セティは拳を握りしめて俯いた。
「こんなになるまで気付かなかったなんて…。」
「ごめん。」
「いや、お前を責めてるわけじゃない。無視されても罵られても、近くに居ればもっと早く異変に気付けたかも知れないのに…。」
セティは、意地になってティニーの傍から離れた愚かさを呪った。
「なぁ、お前ら、シレジアの薬草持ってないのか? ほら、何て言ったっけか。あの山奥で採れるやつ。」
シレジアには薬草が豊富だった。アーサーもシレジアで暮らしていた為、その辺りのことは知っているのだ。だが、アーサーも含めて関係者は4人ともその薬草を持ってはいなかった。
「フィー、大至急シレジアへ飛んでくれ。直線距離なら大したことないし、お前なら夜でも飛べるだろう?」
「いいけど…。すぐに見つかるかなぁ。あれって、山奥に少量ずつ転々と生えてるやつでしょ。」
思い出した以上、フィーもすぐに飛んで行きたかった。しかし、気掛かりはこの軍の構成である。
フィーに視線を流されて、セリスも表情を曇らせた。フィーはこの部隊に2人しか居ない大切な飛兵である。ドラゴンナイト1体は騎兵10体に匹敵すると言われるが、ファルコンナイトも似たようなものだ。最終決戦間近の今、そんなフィーに帰還時期未定で出て行かれては軍としては困る。しかし、ティニーを助けたいとも思う。
セリスが返答に困っていると、セティは再び口を開いた。
「お前は薬草を探さなくてもいい。シレジアに着いたら、ザクソン北の隠れ里へ行って天馬騎士団に薬草探しをするように伝えて戻って来い。」
「天馬騎士団が復活してるの!?」
「ああ。ミーシャが騎士団を再編しているはずだ。」
「わかったわ。そういうことならいいですよね、セリス様?」
「うん!!」
セリスの了承も得て、フィーは即座にシレジアへ飛んだ。

フィーがシレジアへ飛んだ後、セティはティニーの枕元で看病を続けた。
そして、未明に出たフィーが戻って来た夕方、そっと部屋に入ったフィーはセティがティニーの口の中に手を突っ込んでいる光景を目にした。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん。何やってるの!?」
慌てながらも小声で訪ねつつフィーが近寄ると、ティニーは引きつけを起こして苦しんでいた。
「舌噛みそうになったんで、とっさに、ね。」
痛みを堪えながら、セティはフィーに首尾を訊ねた。
「うん。お兄ちゃんの言葉を伝えたら、すぐにミーシャさんは騎士団の人達に分担を割り振って各地に飛ばしてくれたわ。何としても夜明けまでにはお届け致します、って。」
「そうか。」
セティはフィーの報告を聞いて、安心したように微笑んだ。
そしてその言葉通り、夜が明けぬ内にミーシャ自ら薬草を持ってヴェルトマー城に降り立ったのだった。
「君が自ら飛んでくるとは…。」
「申し訳ありません。騎士団を任されながらシレジアを離れたことについての叱責は覚悟しています。」
「いや、ありがとう。事は一刻を争うからね。最も早く飛べる者が来た、ということだろう? 君の事だから、何の手も打たずにシレジアを離れたりはしないだろうしね。」
「…恐れ入ります。」
こうして、ミーシャは経過を見守るべく城に滞在することとなった。
そして、数時間後。徐々に熱が下がり、ティニーの意識が戻った。
「良かった。気が付いたんだね。」
「…セティ様?」
ぼ〜っとしながらセティを見ていたティニーは、視界がクリアになっていってその後ろにいる人物を目に留めて泣き出した。
「どうしたんだ。何処か痛むのかい?」
「セティ様、やっぱり浮気してた〜。」
「……は?」
目を覚ますなり、浮気者呼ばわりされたセティは面喰らった。しかも、「やっぱり」って言うのは何なんだ。
「お兄ちゃん、ミーシャさんとそういう関係なの?」
泣き出す前のティニーの視線の方向から当たりをつけて、フィーはセティを問いつめた。
「いや、そんなことないけど…。」
セティは全く身に覚えがなかった。
「嘘です〜。だって、湖のところでその人の肩に手を置いて抱き締めて、キ、キスしてました〜。」
「キス〜!? お兄ちゃん!!」
フィーに襟元を締め上げられながら、セティはふるふると首を振った。それを見ながら、ミーシャは遠慮がちに声をかける。
「あの…。」
「何、ミーシャさん?」
フィーはセティを締め上げたまま、ミーシャの方を振り向いた。
「確かに肩に手を置かれましたし、抱き締められるような格好になったかも知れませんが、その…、最後の件については覚えはございません。」
「…その話、詳しく話してもらいましょうか。」
フィーはセティの襟元から手を放すと、改めて2人に向き直った。

「君に、天馬騎士団を再編して欲しい。」
戦後の打ち合わせにやって来たミーシャが飛び立つ前に、セティはそう告げた。
「正式に即位する前の私にはまだこんなことを言う権利はないのかも知れないが、君を新しい天馬騎士団長に任命する。」
「ですが、私は…。」
ミーシャは、フィーが戻って来て騎士団をまとめるものだと思っていたし、また傭兵のようにして帝国の陣営に属していた者がそのような地位に就くことにためらいをおぼえていた。
「大丈夫。君になら任せられる。どうか、他の天馬騎士達を導いてやって欲しい。」
この時、セティの手が彼女の肩に置かれた。そして、その身を包み込むようにして囁いたのだ。
「君に、そしてシレジアの天馬騎士達に、フォルセティの加護があらんことを。」

「で、それを見たティニーが誤解して泣いたってわけね?」
「そうみたいだね。」
腰に手を当てて目を釣り上げているフィーに、セティは弱々しい声で答え、ティニーは小さく頷いた。
「そうみたい、じゃないでしょ! そんな紛らわしいことした覚えがあるなら、さっさとそう言って誤解を解きなさいよっ!!」
「いや、そう言われても…。」
再びつかみ掛かられそうになりながらセティが狼狽えていると、戸口の方からよく響く声が聞こえて来た。
「そりゃ、無理ってもんだな。そいつの場合、全然自覚無いから。」
振り向くと、そこにはアレスとナンナが立っていた。
「2人とも、どうしてここに?」
「ああ、通りすがりにその女の「やっぱり浮気してた〜」って声が聞こえたんで、面白そうだから見物に来た。」
「もうっ、悪趣味なんだから。あ、私は同じくティニーの声が聞こえたんで、意識が戻ったんだなぁと思ってお見舞いに来たの。」
2人の登場に怒気を削がれたフィーは、そのまま呆然と立ち尽くした。
「ま、誤解が解けたようで良かったじゃないか。」
アレスはフィーに構わずスタスタとセティに近寄ると、トンっと軽く拳でセティの胸元を小突いた。
「ティニーも元気になったみたいだし、本当に良かったわ。」
えらく上機嫌な2人に、アーサーは訝しげな目を向けた。
「あんたらがセティと仲良いのは知ってるけど、それだけとは考えられないくらいに喜んでるような気がするのは俺の思い過ごしか?」
アーサーだって、ティニーが元気になったのは嬉しい。セティの浮気が誤解だったとわかってティニーはセティに申し訳ないと小さくなっているが、反面それを喜んでもいるようで、そのことが回復の助けとなるであろうことは喜ばしく思っている。しかし、アレス達のこの喜び方は異常だ。
「あら、思い過ごしじゃないわよね?」
「ああ、何しろセリスとの賭けに勝ったからな。奴の悔しそうな顏が見られて、臨時収入も得られる。これを喜ばずに居られるかって。」
アレスはニヤリと笑ってセティにウインクしてみせると、ナンナを伴って出て行った。
後日、すっかり仲直りしたセティとティニーは再び戦場でハートマークを飛ばし、セリスは悔しそうにセティとアレスの背中を見つめるのだった。

-End-

あとがき(という名の言い訳)

青山さま、26000カウントゲットおめでとうございます!!

という訳で、リクエスト作品です。課題は「ささいな事から喧嘩をしてしまった二人」です。
「そのあとティニーが、寂しさと悲しみで、風邪をひいてしまう。その時セティはどうゆう行動に出るのか。という流れでシリアスめに」というご注文でしたので、頑張ってシリアスめにしてみました。
それでアップまで2ヶ月半なら、早かった方かな?(^^;)

この2人って喧嘩させるの苦労しましたよ〜。うちのセティニーって物わかり良すぎと言うか何と言うか…。
今回は2人に、ちょっとだけその物わかりの良さを棚上げしてもらいました。
でもって、トラ7からミーシャさんがゲスト出演♪
LUNAは聖戦セティ様にはティニーちゃんで、トラ7セティ様にはミーシャさんなんです!!

しかし、シリアスめを狙ったわりにはどうしてもギャグ体質がところどころに顔を出してしまいました。
アレス様の存在は、作者の心をくすぐります(^^;)
でも、アレス様はセリス様と賭けをする程にセティ様のことを信じてたんですよvv

 

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