Memories
いつものようにマーニャでアゼルの家の前へ舞い降りたフィーは、いつものように勢い良く扉を開けたところで動きを止めた。
「きゃっ…。」
家の中で、トランプ占いをしていた見なれない少女が小さく悲鳴を上げた。
「やだっ。わたしったら、家、間違えた?」
フィーが慌ててキョロキョロと辺りを見回していると、後ろからアゼルが来て苦笑した。
「ここは僕の家だよ。」
「そう? それじゃ、これ。」
振り返ると、フィーは担いで来たジャガイモをアゼルに差し出した。
「ああ、いつもありがとう。」
アゼルはジャガイモを受け取ると、それを調理台の足元に置き、奥の棚から包みを持って来てフィーに手渡した。
「わ〜、助かります。アゼルさんのお薬ってよく効くから。」
「う〜ん、そう言ってもらえると嬉しいけど…。早く良くなると良いね。」
魔道士と言えども薬草の知識も多少なりとも身につけておかなくてはと覚えたことが役立って、アゼルはいろいろと薬を調合しているが、それでもフュリーの病気は一向に良くはならないようだった。ただ、少しでも症状を押さえることが出来ているらしく、それだけでも喜ばなくてはならないのだろう。
「ところで…。」
「ああ、この子? ある人からしばらく預かって欲しいって言われてね。」
その「ある人」がレヴィンだなどと言ったら、きっとフィーは怒りだすだろうと思い、アゼルはそのことを黙っていた。
彼女を預けていった時のレヴィンの口ぶりからして、多分、彼はそのままフュリ−達の前には顔を出さずに去って行っただろう。先日、いつものように魔法を習いに来たアーサーの話では、セティは父親を探しに行く為に密かに旅に出る計画を立てているらしい。しかし、そのことも他の人には内緒だと言われているので黙っていた。
「そうだ。フィーちゃんさえ良かったら友達になってあげてくれないか? ほら、この辺って同じくらいの年の女の子居なくてさ。」
「いいよ。」
あっさり頷くと、フィーは彼女の目の前まで行って右手を差し出した。
「わたし、フィーって言うの。よろしくね。」
「あ、あの…。ユリアです、よろしく。」
それが、フィーとユリアの出会いだった。
「フィーのペガサスは、マーニャっていうのね。」
「うん。お父様がつけてくれたの。天馬騎士団長だった伯母様のお名前をいただいたんだって。」
「フィーには素敵な家族がいるのね。」
「素敵、かなぁ。お父様ったら、今頃どこをほっつき歩いてるんだか…。お兄ちゃんだって、旅に出たきり連絡の一つも寄越さないのよ!」
旅に出る素振りなど微塵も見せなかった兄が、いきなり「父上を探しに行く」と言って家を出たのは数日前の事だった。勘付いた母から託された『フォルセティ』の魔導書を渡して見送ったものの、フィーは内心、不満たらたらだった。
「でも、想い出はたくさんあるのでしょう。」
そこまで言われて初めて、フィーはユリアに家族のことで愚痴をこぼした迂闊さに気付いた。名前以外には自分の事を何一つ覚えていないユリアには、家族との想い出など全くないのだ。
「ごめん、ユリア。」
「あ、いいのよ。私が覚えてないだけで、多分、フィー達のような家族の交流はあったのだと思うから。」
ユリアはフィーの話を聞きながら、自分が過ごしたであろう日々の情景を想像して楽しんでいた。
「それに、アゼルさんって家族みたいに思えてならないし…。」
「お父さん代わり?」
クスっと笑ったフィーに、近くにいたアゼルが不満そうに声を掛けた。
「せめて、お兄さん代わりって言ってくれないかな。僕はまだ、若いつもりなんだからさ。」
「でも、お母様達と同世代でしょ。お兄さんは、ちょっと無理が…あ、平気か。童顔だもんね、アゼルさん。」
「…フィーちゃん。その言われ方、嬉しくない。」
その言葉に、ユリアもフィーと一緒になって楽しそうに笑った。
「ふふふ…。でも、確かにおじさんには見えませんよね。やっぱり、お兄さん代わりかしら。」
楽しい日々はいつまでも続くものではなかった。2年と経たぬうちに、帝国の目はシレジアの田舎の方まで及ぶようになって来た。
「僕も引っ越そうかと思ってるんだ。」
迎えに来たレヴィンにユリアを返した後、アゼルはフィーに言った。
「君も、これからどうするか考えた方が良いよ。」
しばらく前からフュリーの容態が急変し、先日彼女は亡くなった。その間に、ユリアはここから姿を消し、今度はアゼルもどこかへ身を隠そうとしている。
これから、普通の少女として母の墓を守りながら兄の帰りを待つか、それとも父や兄を探しに行くか。
「決めた! 帝国をやっつける方法を探しながら、ついでにお兄ちゃん達を探すわ。」
「わかった。それじゃ、これを持ってくといいよ。」
アゼルは、奥の部屋の床下から『細身の槍★100』や『勇者の槍★100』、『雷の剣』を取り出してフィーの前に置いた。
「どうしたの、これ?」
「フュリーさんから預かってた。」
それらは全て、生前にフュリーが使っていたものだった。しかし、手元に置いておくとフィーが振り回して危ないので、アゼルに預けておいたのだ。帝国と戦おうという彼女には、これらは役に立ってくれることだろう。
「でも、勇気ある行動と無茶は違うんだからね。自分が持っていたものの中で『ライブリング』だけは僕に預けていかなかったその意味を、どうか察してあげて欲しい。」
「うん。」
フィーは武器とリングに込められた母の想いをしっかりと受け止めながら、それらの武器を手に取った。その時、扉が勢いよく開け放たれた。
「アゼルさん、居るかい?」
「あれ? どうしたんだい、アーサー。昼間っから訪ねてくるなんて珍しいね。」
声と共に家の中まで走り込んで来た銀髪の少年に、アゼルは驚きを隠せなかった。
「旅立つ前に挨拶しとこうと思ってさ。」
「君も旅に出るのか。」
アゼルは戦友の忘れ形見に続いて親友の忘れ形見まで旅立つことに寂しさを覚えながら呟いた。
「えっ、何? 俺も、って。あ、もしかしてアゼルさんも旅に出るとか?」
「旅に出るのはわたしよ。アゼルさんは引っ越すだけ。」
アゼルの代わりにフィーが答えた。
「へ〜、君も旅にねぇ。目的地は?」
アーサーはフィーをじろじろと見ながら、問いかけた。
「目的地は決めてないけど、イザーク方面かなぁ。」
「同じ方向じゃん。一緒に行こうよ。」
「な、何であんたと一緒に…。」
「だって、君、ペガサスナイトだろ。だったら、俺のこと運んでよ。大丈夫、俺、軽いから。」
フィーは初対面でこんなに気軽い奴と一緒に旅をするなんて嫌だと言いたかったが、ここで母から聞いたペガサス乗りの心得を思い出した。交通の便が悪いシレジアで、ペガサスは大変有り難い乗り物である。しかし、それを操れる者は限られている。そのためペガサス乗りは、よほどの事情がない限り、同乗もしくは運搬の願い出を断ってはならないのだ。
「わかったわよ。でも、マーニャがあんたを乗せるのを嫌がったら、同乗はお断りだからね。」
「マーニャ? ああ、ペガサスの名前か。オーケー、大丈夫。俺、動物に好かれる質だから。」
アーサーは、どこかで聞いたような名前のペガサスだなぁと思いながら、にこにことマーニャに挨拶をしてあっさり了解を得てしまった。
解放軍に参加した2人は、そこで懐かしい顔に次々と出会った。
まず、フィーは軍の中にユリアの顔を見つけて驚いた。ほんの短い間だったけれど、一緒に楽しく遊んだ仲の友達に、まさかこんなところで再会するとは思いもしなかった。そして、続いて父のことを聞いた時には、どうしてあの頃話してくれなかったのかと逆恨みするような想いにも囚われた。しかし、思い返してみると緑の髪の人なんてシレジアにはゴロゴロしてるし、第一自分は家族の話をする時に一度だって名前を言ったことがなかったではないか、と反省した。アゼルの事だけはちょっとだけ恨んだが、そのうちどうでもよくなってしまった。
もちろんユリアも再会したことには驚いたが、既にフィーがレヴィンの娘であることをレヴィンの口から聞かされていたので、再会出来たらずっと言おうと思っていた謝罪の言葉を何度も口に出そうとした。しかし、レヴィンとのことをあっさり振り切ってしまったように見えるフィーの態度に、結局言えずじまいで、懐かしさが先に立ってしまった。
そして、セティと再会した時は3人それぞれに驚いた。
「アーサー、君、いつの間に妹に手を出して…。」
「えっ、こいつ、あんたの妹? ああ、道理でどっかで聞いたような名前だと思ったんだ、あのペガサス。」
「何よ、お兄ちゃんとアーサーって知り合いだったの!?」
ぎゃいぎゃいと騒いだ挙げ句、互いに情報を交換してそれぞれに納得したものの、この後しばらくして、ティニーを挟んでセティとアーサーの間にもう一騒動起きたことは言うまでもない。
あとがき(という名の言い訳)
h.e.a.Rさま、17000カウントゲットおめでとうございます!!
という訳で、リクエスト作品です。課題は「もしも、フィーとユリアが幼馴染だったら」だったのですが、ユリアが記憶を失ってレヴィンに拾われたのはそんなに幼い頃ではないため、昔のお友達レベルになりました。
その他に「ユリアを預けられたのは独身のアゼルで、遊んでたユリアとフィーがばったり出会ってお友達になった」とか「セティは妹の友好関係はあまり知らなくて、フィーのほうもセティと知り合ったアーサーの事知らなくて」とか「暗黒教団か、帝国の手が及びそうになって、この場所を離れざるえなくなって、二人の仲もそれっきり」とかいろいろ指定がありましたので、極力それに従って話を構成してみました。
まず今回の設定は、アゼルが独身ですので、必然的にアーサーの父親はあの人です。
次に、訳ありの少女が一人で外遊びしているのは不自然なので、ユリアには家の中で遊んでもらいました。それでバッタリ出会う為、アゼルをキーパーソンにすえてみました。彼は、セティ、フィー、アーサーの全員と親しい関係にあります。
セティとアーサーの交流は描き切れませんでしたが、2人は共に魔法の使い手で同じ年頃でアゼルと親しいですから、その線で知り合ったということを想定しています。
さて、ここまでは指定された課題を如何にしてこなすかで書き上げた訳ですが、終盤だけはかなり趣味の世界に入ってます。
フィーがアーサーを同乗させた理由を盛り込んでみました。一人旅の少女が親しくもない少年を同乗させるにはそれなりの理由が必要でしょう。
それについてはいろいろな説が考えられます。どれもありがちな設定かも知れませんが、今回使ったようなペガサス乗りの心得として、同乗を断れなかった説。あるいは、徒歩で旅をしていて行き倒れ寸前になってたのを拾った説。または、たまたま途中で出会ってマーニャとアーサーの気が合った説。
何しても、うちのアーサーはマーニャと相性がいいことになっています。
そんな訳(ってどんな訳?)で、今回はフィーがアーサーと一緒に旅立ったのはペガサス乗りの心得と、アゼルへの信頼からということにしてみました。