KISS ♥ KISS

見回りを兼ねたデートの途中、小高い丘の上でアーサーとフィーはフィーの手作り弁当で空腹を満たした後、しばらく会話を楽しんだ。
そしてムードが高まってきた時、アーサーはフィーの顔を覗き込むようにしながらそっと尋ねた。
「キスしていいか?」
「えっ?」
フィーは、焦ってではなく拍子抜けして声を上げた。
「何で、そんなこと言うの?」
ここまでムードが高まって、自然と2人の距離が縮まって、そこでどうしてわざわざ言うかとの思いで聞き返したフィーに対し、返ってきたアーサーの答えは的外れのものだった。
「したいから。」
「したいからって…。」
「好きな子にキスしたいって思っちゃいけないか?」
真顔で言うアーサーに、フィーは呆れ顔で額に平手をお見舞いした。
「あんまりバカなこと言うと、殴るわよ。」
「殴ってから言うなよ〜。」
さして痛いわけではなかったが、アーサーは額を両手で押さえて拗ねたように後ずさる。
その様子に、フィーはホッとした。こういう反応を返すなら、アーサーの頭のネジはいつも通り弛んでる程度で、決して外れて飛んでいたりはしない。
「今のは殴ったんじゃなくてはたいたの。殴る時はグーでしょ。」
「うん。」
それもそうかという顔をするアーサーに、フィーは改めて聞き返した。
「で、何で、わざわざお伺いたてたりしたわけ?」
「えっ?」
話を戻されて、アーサーはきょとんとした。
仕方なく、フィーは少々口籠りながら付け加える。
「だから、その、キスしていいかなんて…。ムード台無しじゃないの。」
ちょっと怒ったような素振りに、しかしアーサーは目を丸くしたまま答えた。
「だって、こないだ断りなくキスしようとしたら力一杯殴り飛ばしたじゃないか。」
今度はフィーがきょとんとする晩だった。
「いつ?」
「5日前の夕方。」
「あ、あれは…。」
フィーは5日前のことを思い出した。
局地的な通り雨にあって、やり過ごしてから帰った時のことだ。皆が心配そうに、そしてマーニャの影を見つけて安心したように上空を見つめる中、降下してきたフィーに駆け寄って人目も憚らずに抱き付きキスしようとしたアーサーを、フィーは確かに力一杯殴り飛ばしそのまま打ち捨ててその場を後にした。
「あれは、あんたが皆の前であんなことしたからよ。」
「誰も居なければしてもいいのか?」
アーサーは真顔で尋ねてくる。
「そりゃ。まぁ、時と場所と状況に応じてってことで…。とりあえず、衆人環視の中ではパス。」
いくら何でもギャラリーが大量にいるところでそんなことするのは恥ずかしい。ナンナはよくも平然としていられるものだ。親や兄の前だろうと公衆の面前だろうと戦場だろうと所構わず唇を寄せてくるアレス相手に、時にはいなしたり頬を染めたりすることはあるものの、ナンナはそういう行為をさほど気にしてないように見られる。あれは慣れなのだろうか、と感心するやら呆れるやらのフィーだった。
「じゃあ、今は?」
「……聞かないでよ。」
いいよ、なんて口に出して答えられるわけないでしょ、とフィーはアーサーを斜めに上目遣いして睨み付けた。
しかしアーサーの方も、彼なりに真剣だった。
「キス、していい?」
フィーはそっと頷いて見せる。
ただ唇同士が触れあうだけのようなファーストキスは、それでも甘く切ない味だったの気がした。
「心臓バクバクした〜。」
「大袈裟ねえ。」
そう言うフィーも、鼓動が早くなっているのを自覚していた。
そんなフィーに、アーサーは脳天気な笑顔を浮かべて尋ねる。
「2人っきりの時なら、これからもしていい?」
「だからそれは、時と場所と状況に応じてって言ったでしょ。とにかく空気を読んで……次からは黙ってしなさいよ。わざわざ断り入れたら殴るからね。」
「うん、わかった。」
本当に解ってるのかフィーに一抹の不安を覚えさせるような顔で、アーサーはしっかりと頷いた。そして、そのままもう一度、今度は黙って軽くフィーの唇に一瞬口付けてから立ち上がったのだった。

-End-

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