45.真実
美味しそうな匂いに誘われて食卓についたアレスは、目の前のものを一口食べて表情を強ばらせた。
「これは……カレーか?」
見た目はカレーライスだった。匂いもそうだ。しかし、味はと言うとまるで違う。
恐る恐るもう一口食べて、アレスは眉間にしわを寄せた。ナンナが飲み物とサラダを取りに行っているため、それをいぶかしむ者は居ない。多分、彼女が目の前に居たら、アレスは平静を装って食べ続けただろう。
絶対値としてマズい訳ではない。ただ、カレーだと思って食べると異様なまでの違和感を感じる。口に入れる寸前まではカレーライスだったのに、入れた途端に口の中に広がるのは甘さと酸っぱさとしょっぱさで、香りも実にフルーティーだ。
「もしかして、別の料理なんだろうか?」
これが自分の知らない料理なのだとしたら納得もいく。知っている中でもっとも近いのがカレーで、それと思って食べるから変なのであって、これがこの料理の正しい味なのかも知れない。
アレスはそんな風に考えて、ナンナが戻って来たら名前を聞くのを楽しみにしながらゆっくりと皿の中身を減らしていった。
戻って来たナンナが腰を落ち着けるのを待って、アレスは話を切り出した。
「なぁ、今日のこれ…。」
その途端、ナンナは明らかにギクリとした様子を見せた。
「どうかしたのか?」
怪訝そうな顔をするアレスに、ナンナは気まずそうに一度目をそらした後、隠し事を打ち明けるような素振りで答えた。
「ごめんなさい、ちょっと失敗しちゃったの。」
「そうなのか?」
まぁ、初めて作るものならナンナだって少々の失敗もあるだろう。そんなに申し訳なさそうにすることないのに、と思ったアレスだったが、どうもナンナの様子はおかしかった。
「ほら、夕べの塩豚が残ってたでしょう。」
「ああ。」
「もったいないから、豚小間の代わりにそれを使ったんだけど、そうしたら全体が塩辛くなっちゃって…。」
ふむふむ、とナンナの説明に耳を傾けていたアレスは、だんだん自分の推測から話が逸れていくのを感じ始めた。
「薄めようと思ったんだけど、もうカレールーは残ってなくて…。」
カレールー?それじゃ、これはやっぱりカレーだったのか?
衝撃の事実に、アレスの眉間に皺が寄った。それを見て、ナンナは更に縮こまる。
「隠し味にリンゴとタマネギを入れたんだけど、完全に塩気をなじませることまでは出来なくて…。」
「……隠れてないだろ。」
「えっ?」
呆れたように漏らされたアレスの呟きに、ナンナは弾かれたように彼の顔を見た。
ナンナの問い返すような表情に、アレスはもう一度同じ言葉を紡ぐ。
「だから、全然隠れてないだろう?」
「何が?」
「……リンゴ。」
アレスは脱力したように溜息をついた。
解ってしまえばこの複雑な味の正体は単純だった。第一印象通りこれはカレーで、塩辛いのは塩豚で、甘酸っぱいのはリンゴだったのだ。
「隠し味ってのは文字通り隠れてるものじゃないのか?」
「そうよ。」
ナンナは、当たり前でしょう、と言うような顔でアレスの言葉を肯定する。
「だったら、これは隠し味じゃないだろう。リンゴが自己主張してるじゃないか。」
「えっ、そんなはずは…!?」
アレスと話すばかりで全然カレーに手をつけていなかったナンナは、驚くばかりだった。ちゃんと味見はした。その上で、どうにか塩気を少しは緩和出来たと胸を撫で下ろして、更に盛りつけたのだ。
しかし、慌てて口に運んだカレーは、確かにアレスの言う通りリンゴが自己主張していた。正直に言えば、それはカレーと言うよりリンゴと塩豚のカレー風煮込みである。風味はリンゴが一番強く、次に塩気があって、お情け程度にカレーが感じられるようなものだ。
ナンナは、カレーとは名ばかりの妙な料理をアレスに食べさせてしまった、と落ち込みそうになった。しかし、当のアレスは平然としたものである。
「リンゴばかりに頼らずに蜂蜜も入れた方が良かったんじゃないか?」
予想外の言葉に、ナンナはキョトンとした。驚きのあまり、落ち込むどころではなくなる。
「蜂蜜なんて入れないでしょう。隠し味にチョコレートとかインスタントコーヒーなら聞いたことあるけど…。」
「そうか?昔、"リンゴ〜とハチミ〜ツ〜♪"って歌いながらカレー売ってた奴が居たと思うぞ。」
苦笑しながら応えるアレスに、ナンナは言われてみるとそんな人も居たような気がしてきた。何となく、その歌に聞き覚えがあるように思う。
「そうね。今度はそうして見るわ。」
「ああ。もっとも、失敗しないのが一番だろうけどな。」
何やら決意を固めたようなナンナに、アレスはからかうような口調で応じた。
そして、「失敗」の二文字に再び落ち込みかけるナンナに向かって、空になった皿を突き出したのだった。
《あとがき》
「謎の料理の正体は…?」ってお話でした。
解ってしまえば他愛のないことってありますが、それでも解るまでにはかなり思い悩むものです。
兎にも角にも、隠し味は隠れる程度に入れるよう注意しましょう(^_^;)