33.おかえり&ただいま

ラケシスの誕生日が近付き、フィンはプレゼントの選定に頭を悩ませていた。
「記念になるような物?それとも、特別な料理や時間を贈るべきでしょうか?」
付き合い始めて1年足らずでの電撃結婚のため、初めて迎える彼女の誕生日だった。もちろん、女性への贈り物を選ぶことも初めてだ。婚約指輪も結婚指輪も選んだのはラケシスで、これまでに彼女に贈った物に彼が単独で選んだ物はない。
しかし、今度だけは自力で選ばなくてはならないと思った。
一応参考までにキュアンに初めてエスリンに贈ったのが何かを聞いてみたが、これはまるで役には立たなかった。
多分ラケシスは『縄梯子』を贈られても喜ばないだろう。
そんなこんなで真剣に悩むフィンは、手元で料理が消し炭に姿を変えて行くことはおろか、ラケシスは話しているのにすら気付かなかった。
「ちょっと、フィン。聞いてるの!?」
「えっ?」
耳に突き刺さるような声にハッとして、フィンは焦げ臭さを感じて慌てて火を止めると振り返った。
「あ、申し訳ありません。もう一度仰っていただけますか?」
「だからね、あなたはどちらがいいかしらって…。」
どちらが、と言われてもその前から話を聞いていなかったフィンにはさっぱり解らなかった。しかし、聞いてなかったと言えば怒り出すのは目に見えているし、これまでの経験から彼女の選択に反論するべきではないし、大抵は自分にはどちらがいいかも解らないのだということを学習している。そこでフィンはいつものように答えた。
「あなたのよろしいようになさって下さい。」
これまでなら、これで話は済んだ。そして今回も同様だとフィンは思っていた。
ところが、この時ばかりはそうはいかなかった。
「フィン……私の話を聞いてなかったわね。」
バレた、と思ってフィンは慌てて謝ったが、ラケシスの怒り様は半端ではなかった。
「こんな大切な話も聞かずに、一体何を考えていたの!?」
「あ、それは、その…。」
ここで正直に「あなたの誕生日プレゼントのことです」なんて答えられる訳がない。
「フィンのバカ!大っ嫌い!!」
ラケシスはそう叫ぶと椅子を大きく引いて、足早に部屋に篭ってしまった。
「本当に申し訳ありません。どうか、もう一度お話を…。」
フィンは何度も謝り大切な話が何だったのかを聞き出そうとしたが、一向に扉が開く気配はなかった。
「もう、いいっ!フィンなんか知らない。あなたにはどうでもいいことなんでしょう!?」
「いえ、どうでもいいかどうかは聞いてみないことには何とも…。」
こんな時即座に「そんなことはありません」と言い返せない正直さが裏目に出た瞬間だった。ラケシスは完全に頭に血が上り、ついにその言葉を叫ぶ。
「出てってよ!出てけったら、出てけっ!!」
「解りました。」
売り言葉に買い言葉、と言うよりは条件反射だった。フィンは言ってしまってから「しまった」と思ったがもう遅い。そして、言ったからには出て行くしかないと、本当に家を飛び出して庭を横切り、キュアン達の暮らす母屋の玄関チャイムを鳴らしたのだった。

突然やって来たフィンをキュアン達は暖かく迎え入れてくれた。
しかし、事情を聞くうちにエスリンが呆れ顔になって行く。
「…ラケシスが怒るのも無理はないわよね。」
「はい、悪いのは私だと承知してはいるのですが…。」
フィンは小さくなりながらも、ボソボソと話を続けた。
「とにかく物凄い怒り様で、「出てけ」とまで言われてしまいまして…。」
「それで家を出てきたのか。」
普通は逆だろう、とキュアンも呆れ顔になってくる。
大概、「出てけ」と相手をたたき出すのが男で「実家に帰らせていただきます」と飛び出すのが女だと相場が決まっている。
しかし、この2人の場合、力関係は明らかにラケシスの方が上だった。
「お前、ちょっとラケシスを甘やかし過ぎじゃないか?」
高嶺の花と思われてた相手が予想外に自分に手折られてくれた幸せに舞い上がってフィンが至れり尽くせりの日々を過ごし、それが当然のような関係に2人が陥るのを止めなかった自分達にも責任の一端はあるかも知れないが、とキュアンは溜息混じりに零した。
「たまにはガツンと言ってやらんといけないぞ。」
「ガツン、ですか?」
フィンは驚いたように目を見張った。
「そうだ。腹に溜めてばかりでは、反って関係をまずくするんだ。言うべき時に言うべきことを言うのが夫婦円満の秘訣だな。」
「では、キュアン様はエスリン様にガツンと言われたことが…?」
出会ってからこの方いつもいちゃいちゃしている2人の様子からは想像も付かないと言った様子のフィンに、キュアンは楽しそうに笑い声を上げた。
「はっはっはっ、何を言ってるんだ、フィン。私がガツンと言わなきゃいけないようなことをエスリンがするはずないじゃないか。」
そう答えてエスリンの肩を引き寄せるキュアンを見て、フィンは「お聞きした私が間違っておりました」と静かに頭を下げた。
そんなフィンを見て、エスリンはさっさと話題を切り替える。
「とにかく、過ぎたことをいつまでもとやかく言っても仕方がないわ。ここはひとまず、それぞれ一晩頭を冷やしなさい。」
「はぁ…。」
しかし今頃ラケシスは一人でどうしていることか、とフィンは不安そうな顔をした。
「そんな顔をするな。たかが一晩、しかも目と鼻の先じゃないか。」
何しろ間にはあるのは、広いとは言え所詮は庭だ。しかも高い樹木のない通路が出来ているのでその気になれば様子を伺えるし、大騒ぎしようものなら解らないことはない。
だが、その目と鼻の先が今のフィンには長大な距離に思えた。そんなに不安なら帰れはいいのだが、追い出された以上、そう簡単には帰れない。
「明日になったら私が様子を見て来てあげるから、今夜は泊まっていくといいわ。ねっ、フィン?」
勧めているようだが、ハッキリ言ってこれは命令である。フィンに否やの言い様はなかった。

翌日、エスリンは約束通り朝御飯を差し入れがてらラケシスの元へ行くと、そのまま彼女を連れて戻って来た。
「はい、ラケシス、そこ座って…。ちゃんと自分の口から、フィンにもう一度話しなさいね。」
エスリンに促されてフィンの正面に腰掛けたラケシスは、そこへ来た時からずっと俯いたままだった顔をゆっくりと上げた。その顔を見て、フィンは驚愕した。
「ラケシス…?」
一晩中泣き腫らしたのか、目は真っ赤でその周りがむくんでいた。そして、口をへの字に引き結んで、フィンを睨みつけている。
「申し訳ありません。まだ怒ってらっしゃるんですね。」
フィンは、どうすれば許してもらえるんだろうと視線を彷徨わせて腰を浮かせたが、そこをすかさずキュアンに肩を掴まれて椅子に押し戻された。
「キュアン様?」
「ほらほら、今は黙ってラケシスの話を聞く!」
以心伝心でエスリンのやることに協力するキュアンによってフィンが言葉を封じられたおかげで、ラケシスは話をせざるを得なくなった。仕方なさそうに口を開くと、立て板に水といった調子で言葉が流れ出す。
「フィンのバカ。怒ってるかですって?当たり前ですわ。大事なこと話してたのに上の空で、でも考えてたのは私のことで、なのに一時のヒスを真に受けて本当に出てっちゃって…。そんなことで、人の親になんてなれるとお思いですの?」
一気にそれだけ言うと、ラケシスはフィンの反応を窺った。
フィンはラケシスの言ったことをすぐには理解出来ず、じっくりと反芻した後に目を丸くした。そしてキュアンに肩を押さえられてるのも忘れてじたばたする。
「あああ、あの、あの、人の親って、その、つまり…。」
「そうか、お前もついに父親になるのか。良かったな。いやぁ、めでたい」
バンバンとキュアンに叩かれた肩の痛みが、フィンを落ち着かせてくれた。
「では、どちらがいいか、と言うのは、もしや男の子と女の子のことですか?でしたら、私はどちらでも嬉しいです。母子共に健康であること以上に、望みなどありません」
フィンが本当に嬉しそうに言うので、ラケシスも自然と笑顔が戻る。
「良かった、フィンがそう言ってくれて…。あなたは喜んでないんじゃないかと不安だったの。聞き流されてたし、「あなたのよろしいように」なんて言われたから、てっきり産むか産まないかって意味で答えたんじゃないかとまで勘ぐってしまいましたわ」
「すみません。そんなつもりは全くありませんでした。ですから、産んでくださいますよね?」
「当たり前ですわ。あなたが嫌と言ったら、一人でだって産み育てるに決まってます!」
「……そのようなことは言いませんから、私にも育てさせてください」
産むのだけはさすがに代わることは出来ないが、その他のことなら幾らでも尽力する心づもりのフィンだった。現に、家事全般フィンがやってるし、頻繁にアルテナの面倒も見ているから、育児能力にも問題はないだろう。
皆同感だったのか、キュアン達からお墨付きをもらいラケシスからも了承されて、フィンは安堵した。

フィンは、ラケシスと共に自宅へと戻った。
「こんなに短い距離が、昨夜は本当に遠く感じられました」
「ふふふ、おかえりなさい、フィン」
「はい、ただいま、ラケシス。ところで、先程は聞きそびれてしまいましたが、誕生日に何か欲しいものはありませんか?」
そもそも、慣れないことをしようとしたのが失敗の元だったのだ。こうなれば、サプライズは諦めて本人に聞いてしまおうとフィンは思い直したのだった。
すると、ラケシスは甘くねだるように答えた。
「そうね、あなたが欲しいわ。その日はお休みをもらって朝から晩までずっと一緒にいて頂戴。すぐそこに居ると解ってはいても、私も昨夜はとっても寂しかったの」

-了-

《あとがき》

ラケシスとフィンによるおかえり&ただいまです。
元々フィンにはおかえり&ただいまイベントが存在しないし、お題創作と言ってもゲームに縛られないのが流儀なので、本当にゲーム無関係っぽくなっています。
現代パラレルですが、「グランベル学園都市物語」とは全く関係ありません。あっちのフィンは借家の一戸建てに住んでますが、こっちのフィンはラケシスと一緒にキュアン様のお宅の離れで暮らしています。いや、家族が増えるからって引っ越したって考え方も出来なくはありませんが、向こうとの整合性は全然考えずに書きました。
ラストこそラケシスとフィンのおかえり&ただいまですが、実はその前にキュアン様とフィンのおかえり&ただいまが発生しています。だって、母屋はフィンの実家みたいなものだから…(^_^;)

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