27.憧れ

セリス軍への合流を果たしたリーフ達は、力を合わせてアルスター城を落とした後、一度彼らの元を離れてレンスターへと先行した。これからセリス達とバーハラまでの長い遠征に出るため、旅の支度と留守を託す準備をしなくてはならない。だが、敵はのんびりと旅支度などさせてはくれなかった。
敵襲を知らせる合図に外に飛び出し敵を迎撃しながら、リーフはセリス達が来てくれるのを待った。
部隊を分けて騎兵だけで街道を駆け抜けさせたセリスの策が功を奏して、援軍は予想よりも早くやって来た。
「一気に叩き潰せ！」
騎馬部隊を率いて来たアレスの号令に、デルムッドやレスターが戦場を駆け回り、オイフェやフィンも続く。瞬く間に攻守を逆転させた仲間を頼もしく思いながら、その中にあって更に力強く豪快に剣を振るうアレスの姿に、リーフは羨望の眼差しを向けていた。
年の差、経験の差、そして武器の差。どれをとっても追いつくことなど出来そうにない。悔しいと思うが、それは当然のことのように受け入れられた。フィンやレンスター復興を夢見る者達に守られて来たリーフと、他人をアテになど出来ない世界で数多くの戦場を駆け巡って来たアレス。今まで暮らして来た世界は、あまりにも違いすぎる。リーフはそのことを素直に認めることが出来た。
だが自分も攻勢に転じようとした時、脇を駆け抜けて行った騎影を追った目が捉えたものに、リーフは愕然とした。
「セリス…？」
どんどん遠ざかっていくその背中を見つめながら、リーフはその場に立ち尽くしたのだった。

レンスター城の攻防戦の後、リーフは思い悩んでいた。
セリスがどれだけ父親と同じロードナイトになることを願っていたかはよく知っているつもりだった。しかし、素直にセリスのクラスチェンジを喜べない自分がそこに居る。セリスと真正面から顔を合わせるのが怖い。祝福ではなく罵声を挙げてしまいそうだ。
「裏切り者！」
それが自分の勝手な思い入れから来るものだということは理解している。それでも、きっとセリスにそう言ってしまうだろう。
「まだまだヒヨッコだけど力を合わせて頑張ろう！」
そう誓い合ったのは、ついこの前のことだった。寸暇を惜しんで一緒にフィン達から槍や乗馬の手解きも受けた。その甲斐あって槍のC級ライセンスを取得出来た時は共に喜び合った。
しかし、僅かに離れていた間に２人の距離は大きく開いてしまった。
ちょっと目を離した隙に、セリスは父親と同じロードナイトに昇格し、自分はまだプリンスのままである。援軍としてやって来てあっさり通り過ぎて行った騎影と同じように、セリス自身もリーフから遠ざかって行ってしまったような気がしてならなかった。
そしてその距離は縮まらないまま、マンスターまで来てしまった。
「また私は、夢に囚われていたのかな？」
リーフは溜息と共に言葉を吐き出す。そうすることで、少しでも気が楽になった経験がそうさせるのだ。これまでも、誰にも聞かせられないような愚痴や弱音を人知れずそうして吐き出して来た。誰にも聞かれないように、フィンやナンナにも知られないように、辺りを充分に見回してから言葉にする。
しかし、頭上までは注意が行き届いていなかった。
「どんな夢だ？」
頭上から降って来た声に慌てて見上げると、そこにはアレスが居た。
今まで木の上で昼寝する習慣を持った者が周りに居なかったリーフは、その姿を見て今更ながらにアレスの性癖を思い出したが既に手遅れである。
「ど、どんな夢でもあなたには関係ないでしょう？」
慌ててそう応えたが、アレスは見逃してはくれなかった。
「関係ないかどうかは俺が決める。」
アレスはリーフの前に飛び降りると、片手でリーフの身体を木に押し当て、反対の拳でリーフの頭の横の幹を殴った。リーフは目の端でバラバラと落ちて行く木片を捉えてゾッとする。
「いつまでもそんな顔で居られたんじゃ、あいつが気にするんでな。さぁ、どういうことなのか洗いざらい吐いてもらおうか。」
セリスに置いて行かれたリーフの心に追い討ちをかけるようにナンナを攫って行った男は、どこまでも身勝手なのだった。

この場を逃れたところでそう長くは逃げ切れないと観念してリーフは言葉に出来るままに思っていることを白状した。
「ふ〜ん。だが、お前の場合、どんなに頑張ったところで父親と同じクラスにはなれないんだろう？」
「そんなこと解ってますよ。それはとっくの昔に諦めた夢なんですから…。」
幼い頃、リーフはキュアンと同じようにデュークナイトになりたかった。それを諦めてプリンスの資格を取ったのは、適正を生かして少しでも早く戦力になりたかったのと、どれほど頑張ったところで神器を持てないと知ったからだ。
それは、リーフの人生にとって最初の大きな挫折だった。行方不明のゲイボルグが見つかったとしても使うことは出来ない、と知ったときはかなりショックだったが、幸か不幸かこの時はナンナも同様に自分ではどうすることも出来ない厚い壁に阻まれていたので、互いに慰め合っている内に乗り越えることが出来た。
「そう言えば、ナンナもそんなこと言ってたな。プリンセスを目指したけど、受験資格すら与えられなかったって…。」
「ええ。"王妹の娘"では、王族として認められませんからね。」
リーフもナンナも、生まれる前から既に親の背中を追う資格を持ってはいなかった。
「その点、あなたは知性を磨いて気品を身につければエルトシャン様そっくりになれるんですから良いですね。」
溜め込んでいたものを吐き出して気が楽になった、と言うよりは開き直ったリーフの軽口に、アレスは拳で応酬した。
「余計なお世話だ！第一、父上は父上、俺は俺だ。」
「そうですねぇ。そうキッパリ言えちゃえば良いですよね。」
諦めたつもりでリーフはまだどこか自分の中に親を投影しようとして、セリス達の中にシグルド達を見ようとしてしまう。悲運の英雄として語り聞かされた彼らに憧れる想いは、簡単には消えない。
「うだうだ言ってないで、お前もさっさとクラスチェンジしろ。いつまでも歩兵で居られると迷惑だ！」
「はぃ？何で、アレス殿が迷惑するんですか？」
キョトンとしたリーフに、アレスは苦々しい思いで応えた。
「…ナンナの脚が鈍る。」
前線でアレスを支援したり回復の杖を振ったりしながら、ナンナは後方からやって来るリーフの様子を気に掛けていた。リーフがクラスチェンジして馬に乗れるようになれば、その足並みが一緒になる分、ナンナの視線は自分の方へ向く。そんなアレスの考えが読み取れて、リーフは苦笑した。
「私も早くクラスチェンジしたいとは思ってるんですけどね。」
リーフだって、ナンナと足並み揃えて進軍したい。
「だったら、さっさと認定受けろよ。」
「そう言われても、昇格条件をまだ満たせてないんです。」
「お前の昇格クラスって何だっけ？」
リーフがデュークナイトになれないことはフィンやナンナから聞いて知っていたが、それでは何になれるのかまでは考えたことのなかったアレスだった。よって、リーフから返って来た名前に驚愕する。
「マスターナイトです。」
「…ってことは、あれか？剣・槍・斧・弓・風魔法・雷魔法・炎魔法・杖のA級ライセンスと…。」
「はい。それと光魔法のC級ライセンスを取得して、乗馬の上級コース受講終了して、実務経験レベル20が必要となります。」
剣はとっくに取得済みで槍と乗馬はどうにかなったけど後は考えただけでも気が遠くなるほど厳しくて、と苦笑するリーフの首根っこを捕まえて、アレスは乱暴に歩き出した。
「何するんですかっ!?」
文句を言うリーフに、アレスは鬼神のごとき形相で振り返る。
「こんなところで悩んでる暇があるなら、修行しろ、修行！」
「修行？」
「幸いこの軍には上等なライセンス持ってる奴らがゴロゴロ居るだろ。そいつらに教わって、さっさと条件満たせ！」
その後、アレスはリーフを引きずって思い当たるところを順々に巡ったのだった。

ただごとではない様子のアレスに気圧されたのか単に気安い者が多かったのか、とにかくリーフはその日から軍のあちこちで様々な手解きを受けることとなった。
斧はヨハルヴァに、弓はファバルとレスターに、魔法と杖は全てセティに師事した結果、短期間で腕を上げてクラスチェンジへと至る。
「あの野郎、面倒かけやがって…。」
「ふふっ、文句言いつつもリーフ様の為に骨を折ってくれてありがとう。貴方のそういう処も好きよ。」
あっさりクラスチェンジを果たして落ち込みモードを脱却したばかりか、すっかり周りの羨望の的になったリーフを見てブツクサ言うアレスにとって、ナンナの微笑みだけが心の潤いだった。
そしてまた、今日もセリスの何気ない一言がリーフの劣等感を刺激する。
「馬に名前付けてあげた？」
「いいえ、まだですけど…。セリス様は何て名付けたんですか？」
「『ポーラスター』だよ、ほら、眉間のところに星があるでしょう。」
「…セリスの莫迦〜っ！」
リーフは泣きながら猛スピードで走り去った。
「リーフ様に星のマークの話は禁物だって、まだ解ってないみたいね。」
「ああっ、まったく世話の焼ける奴らだな！」
そんなことで今更いちいち落ち込んでんじゃねぇ、と一喝する為にアレスはリーフの後を追う。
そしてその様子を、シグルド達の友誼を知る大人達は微笑ましく見つめるのであった。

《あとがき》

親の背中に憧れる子供達の中でもリーフ様中心のお話。
今回の御題に対しては、父親と同じクラスになり神器を振るえるセリスとアレスがリーフ様の憧れの姿である一方、マスターナイトはナンナや皆の憧れだろうという要素も混ぜてみました。
お父さん３人組といろいろ重ねられるお子様３人組の中で、唯一神器を継げないばかりか親とは違うクラスにチェンジしてしまうリーフ様。しかし、万年金欠病のアレスや殆ど神器を使う暇のないセリスに比べると、実はかなり恵まれてるような気がします。
実際のゲームではレベルを上げさえすればクラスチェンジ出来て、それだけで勝手に使用出来る武器が増えて大化けするリーフ様ですが……本来ならそれだけの技能を習得しないといけないはずです。武器の使用を免許制にして、クラスチェンジを資格認定制にしてみると、プリンスからマスターナイトへのクラスチェンジを認められるには取らなきゃいけない免許が大量にあるのでリーフ様のクラスチェンジは大変なことになります。でも、作中にあるように身近なところにお手本がゴロゴロしてますから、その気になって練習すればきっと大丈夫でしょう。
ただ、どんなに頑張っても武器レベルに★が付くことはないので、うちのリーフ様にお星様コンプレックスがあるのはお約束(^_^;)