16.レンスター
レンスターが平和になって、重臣達の悩みの種はもっぱらリーフのお妃選びに終始していた。
「そろそろ、お妃様をお迎えしてお世継ぎを…。」
「私が結婚しなくても、姉上がおられるだろう? 私が無理に子孫を残すより、姉上の子を養子にした方がノヴァの血が濃くてよっぽど良いと思うよ。」
既にアルテナはアリオーンとの間に一男一女をもうけていた。先に生まれた男児の方にはノヴァの聖痕がくっきりと現われている。貴い血がどうのこうのと煩い老人にとっては、リーフの言い分は至極まともだった。
「し、しかしながら、やはり国王が独身となりますと些か…。」
「国王の面子のために結婚するなんて、当事者にとっては不幸でしかないと思うけどね。」
「いえ、陛下に焦がれております娘達は多ございます。決して不幸などには…。」
冷や汗をかきながら進言していた相手に、リーフは辛辣な一言を投げかけた。
「つまり、私は不幸になっても構わないと言うのだね?」
さすがに二の句が告げず、リーフに見合いを進めに来た面々はすごすごと退室して行った。
午後のお茶の時間、フィンは苦笑しながらリーフに言った。
「また、お写真もご覧にならずにお見合いを断られたそうですね?」
それに対し、リーフは平然と答えた。
「だって、見るだけ無駄だもの。」
「そんなことはないと思いますが…。」
リーフに促されて同じ席についたフィンは、諦めの悪い主君にどう言って良いものか思案した。すると、リーフが先に口を開く。
「フィンも、私に見合いをすすめるつもり?」
「ええ。お会いになられたら案外上手くいくということもあるかも知れませんよ。」
「そんなものかなぁ…。」
リーフは遠い目をして言った。
「でも、碌な話を持って来てないみたいだしね。」
「そうでしょうか?」
フィンは、リーフの元へ持ち込まれた見合い話を完全に把握している訳ではなかったが、知っている限りを思い出してみると中には手当りしだいとしか言えない話も混ざっていたことは認めざるを得なかった。
「リーフ様は嫌だとしか仰らないので、彼等も困惑しているのでしょう。」
「だって、嫌なものは嫌なんだ。」
リーフは不満げにお茶を飲み干した。
フィンは空いたカップにお茶のお代わりを注ぐ。
「どのような女性が好みなのか、ハッキリと告げておけば話を持ち込む前に吟味されると思いますが…。」
「好みねぇ…。」
リーフは、お茶を一口啜ってから呟いた。
「そんなの決まってるじゃないか。ナンナだよ。」
「それは……そろそろ諦めていただけませんか?」
リーフがナンナをずっと想い続けているのを知っていながらアレスの元へと嫁に出してしまったフィンとしては、リーフがいつまでもナンナを諦めない状況が辛かった。リーフ様には幸せになって欲しい、と思ってもこればっかりは無理である。だからと言って、想い合ってる2人を引き裂くようにしてナンナにリーフとの結婚を強制するなど出来はしなかったし、そんなことをしようとしてもナンナは単身で飛び出してでもアレスの元へ行ってしまっただろう。リーフがナンナを諦めないことによって、フィンの周りは針のむしろであった。
「フィンにも辛い思いさせてるのは解ってるけど…。でも、こればっかりはどうしようもないよ。」
リーフが釘を刺したおかげで面と向かってフィンに「娘の教育を間違えたのではないか」と言う輩は居ないものの、やはり陰口は収まらない。それもこれも自分がナンナを想い続けている所為だと、リーフも頭では解っているのだが心ではまだ割り切れないのである。
「ん〜、最大限に譲歩して……器量と気立ての良い人になら会ってみてもいいけど…。」
「本当ですかっ!?」
リーフの態度の軟化に、フィンは驚いた。
「但し、フィンから見てナンナよりも器量と気立ての良さそうな人がいたら、ね。」
とにかく一度お見合いだけでもしてくれるように何とか説得してくれ、と周りからせっ突かれていたフィンは喜びの表情を浮かべた。やっとリーフが前向きになってくれたものと喜び、そしてハッとそこに含まれたある言葉に気が付く。
「私から見て、ナンナよりも器量良し……ですか?」
「うん。」
これにはフィンは困った。
こういう場合は娘に対する評価は低めにするものだが、ナンナはラケシスに瓜二つである。ナンナよりも器量良しとなれば、間接的にラケシスよりも器量良しだと言うことになり……迂闊な相手は勧められない。いや、本心を言えば、そんな姫はまず居ない。
「そういう人が見つかったらお見合いでも何でもするから、写真持って来てね。」
結局、フィンはリーフに1枚の見合い写真も持って来ることは出来なかったのだった。
《あとがき》
戦後のレンスターで、リーフ様のお見合い話を巡るお話でした。
うちのリーフ様は諦めが悪く、一生独身が決まってます。
フィンも可哀想に…。絶対、頭の堅い連中から責められますよ。陰口だっていっぱい叩かれるでしょう。でも、そんなことはキュアン様の時代から慣れっこ?(^^;)