9.トラキアの竜騎士
『ゲイボルグ』と共にアルテナをも手中に収めたトラバントだったが、最初から彼女を竜騎士にしようと考えていた訳ではなかった。勿論、王家と言えども日々の糧にそう余裕はないので、ただ遊ばせておくようなことも考えていなかったが、竜騎士になるにはどうしても越えなければならない壁がある。男でも困難なそれを、女の身で成し遂げることは非常に難しいことだった。
    自らの力で飛竜を手に入れること。それが竜騎士となるための絶対条件だ。
    必ずしも野生の飛竜を捕えねばならないということはないが、人の手で育てられた飛竜であっても簡単には乗り手とはなれない。野生よりも人に対する警戒心が少ないというだけで、飛竜に乗り手として認められなければ決して乗りこなすことは出来ない。
    故に、トラバントもアルテナにそこまでの期待は抱いていなかった。
ある日のこと、アルテナは侍女達と山菜採りに出かけた。
    まだ幼い彼女は、それくらいしか自分に出来ることはないと思っていたのだ。兄と違って学術は教養程度、武術も護身術程度で、将来的にも国に貢献できる力はないから、せめて今出来ることをしようという思いだった。
    侍女達は山菜採り半分、お喋り半分と言った雰囲気だったが、アルテナは一生懸命に山菜を集めた。トラキア城の台所事情は彼女にも何となく解っていたからだ。
    そして、気がつくと皆から逸れていた。
    「どっちから来たんだっけ?」
    思う方向へ進んでみても、反って辺りは暗くなるばかり。完全に迷ってしまったと悟って、アルテナは不安になった。
    「皆、探してくれてるわよね。父上のお耳に入ったら、絶対叱られるわ」
    アルテナは勿論のこと、王女から目を離していた侍女達も酷く叱責されることだろう。
    「何とか自力で山を下りて……私が勝手にお城に帰ったなら、あの人達の所為にはならないかしら?」
    幼い子供の考えることだから、そう思い通りにいくはずはないのだが、アルテナなりに必死だった。必死に藪をこいで進んで行った。
一向に拓けた場所へと出られないまま歩き回っていたアルテナは、ふと背後から何かが追ってくる気配を感じた。
      その気配に注意を向けながら、アルテナは先へと進んだ。疲れて一休みすると、それも足を止めるようだ。
      そんなことを何度か繰り返していると、突然それが飛び出して来た。
      「きゃっ!!」
      勢いよく飛んで来た影に驚いてアルテナは尻餅をついた。はずみで、持っていた山菜が辺りに散らばる。
      慌ててアルテナは山菜を拾い集めようとしたが、ふと見るとそこには何と小さな飛竜の姿があった。
      成長すると巨体になり硬い皮革で全身を覆われる飛竜だが、目の前の飛竜はアルテナの半分くらいの大きさしかなく、皮膚もかなり柔らかそうだった。獰猛な印象はなく、キュルンとした小動物然とした様相だ。
      「飛竜の子供……よね?」
      アルテナは自分の目が信じられず、何度も見直して、夢ではないかと頬を抓ってみたりもしたが、それは確かにそこに居た。
      辺りに親らしき竜が居る様子は見られない。
      「もしかして、お前も迷子なの?」
      そう問いながらも、飛竜の生態に詳しくないアルテナは、そもそも卵生の飛竜が子育てをするのか否かについても知らなかったので、何とも判断がつかなかった。知っているのはのはただ、野生の飛竜は警戒心が強いことくらいである。成獣でさえ迂闊に人前に姿を現さないと言うのに、か弱い幼竜が自ら人前に現れるなど思いもよらないことだった。
    しかし、アルテナの困惑を他所に、幼竜はその後ずっとアルテナの後を堂々と付いて来たのだった。
散々歩き回ってやっと拓けたところへと出られたアルテナは、遠くから大勢の人がやって来るのを察知して、咄嗟に幼竜を茂みに隠した。ここへ至るまでに情が湧いて、心の中でそっと名前まで付けていた幼竜が、捕えられて戦闘用に調教されるのは嫌だと思ったからだ。
    幼竜も大人しくアルテナの言うことを聞いて、茂みにジッと潜んでいた。
    そうしてアルテナもそっと木陰から様子を伺っていたが、やって来た人々の顔を見て駆け出した。
    「兄上!」
    アリオーンとその部下達であった。
    大好きな兄の姿を見て喜んだアルテナだったが、アリオーンは素っ気なくアルテナを自分の馬に共乗りさせると馬首を返した。しばらくすると、トラバントの乗った飛竜が飛んで来た。その様子を見て、アルテナは思っていた以上に大事になっていたことに気付いた。大がかりな捜索隊が出されていたのだ。
    「アルテナ…」
    飛竜から飛び降りて歩み寄る父の雰囲気とその名を呼ばわる声音に、兄と共に下馬して迎えたアルテナの背筋は凍りついた。
    だが、トラバントが腕を振り上げた瞬間、辺りに鋭い声が響き渡った。
    「キュルルグァワ〜ッ!!」
    突然の甲高い雄叫びに皆の視線が向けられた先には、トラバント目掛けて飛び掛かって来る小さな影があった。
    「カーマイン、だめっ!!」
    誰よりも早くその影があの幼竜だと察したアルテナは叫んだ。すると、幼竜は一瞬ビクリと空中で静止したかに見えた後、パタパタとアルテナの足元へと降り立った。
    「…カーマイン?」
    「キュルル」
    誰の目から見ても、アルテナが飛竜を制したのは明らかだった。飛竜が名を受け入れそれを呼ぶ者に意に従うのは、主として認めた証だ。
    「竜を捕えたか」
    トラバントは腕を下して、感心したように呟いた。
    「アルテナ・・・。此度の勝手な行動は決して許されるべきことではない。だが、飛竜に認められたことは大変な功績だ。今後は一日も早く竜騎士となれるよう鍛錬に励め。此度の罰も兼ねて、明日から徹底的に扱くよう皆に言っておくから覚悟しておくことだ」
    思わぬ拾い物をしたものだ、とトラバントは嬉しそうに微かに口角を上げた。それを見てアルテナは、父に期待をかけられたのだと勘違いしたのだった。
《あとがき》
あくまで「お題」ですので、ゲーム内の同タイトルの章とは関係ありません。
「5.	空に舞う」の作中で触れたアルテナと飛竜との過去話です。
    幼竜のモデルはプラパ・ゼータ(流星香 著/講談社)のチビ飛竜で、名前はOVA「竜世紀」に出てくる健気な少年竜から名づけさせていただきました。
    ちなみに飛竜の生態については、卵は地熱で孵化すると考えています。あの体で卵を抱くのは無理がありそうなので…(^_^;)

