8.砂漠を越えて
ナンナに手が掛からなくなった頃、ラケシスは思いきってフィンに言った。
「砂漠に居るらしいアレスに『ミストルティン』を届けがてら、イザークまでデルムッドを迎えに行ってくるわ。」
フィンは、しばらく黙ってジッとラケシスを見つめた後、静かに目を閉じてゆっくりと息を整えてから答えた。
「わかりました。」
その答えに驚いたのは子供達だけではなかった。ラケシスもである。
「止めないの?」
「止めたら行くのをやめますか?」
ラケシスが誰かに引き止められて踏み止まるような性格でないことは、フィンにはよく解っていた。「行きたい」とか「行ってもいいかしら?」と言わなかった時点で、イザーク行きが彼女の中で決定事項であることも解る。
「お帰りをお待ちしています。」
「わかったわ。」
ラケシスの方も、フィンが一緒に来られないのはよく解っていた。解っていて、それでも行くことを決めた。イード砂漠はまだ危険とは言えもっと危険な状況下で単身レンスターまで辿り着いた実績がある、自分一人でも大丈夫だという自信があった。
既に整えてあった荷物を馬に括りつけると、ラケシスは振り返った。そんな彼女にフィンは努めて平静を装って声をかける。
「道中の無事をお祈りしております。」
「私も、あなた達の無事を祈ってるわ。」
旅をするラケシスも危険だが、この地に残っているフィン達も常に危険と隣り合わせだった。リーフもフィンも賞金首だ。いつ刺客に襲われるか知れない。
互いに相手の無事を祈りながら別れを惜しみ、そしてラケシスは旅立って行った。
その光景は、幼いナンナの心と記憶にしっかりと焼き付いたのだった。
ラケシスが旅立ってからどのくらいの時が流れただろうか。
セリスの挙兵に呼応してレンスターの兵達の士気が高まる一方、刺激されて敵の攻撃も激しくなった。一時、城を捨てるものやむなしとまで思われたリーフ達だったが、どうにか守りきってセリス達との合流を果たした。
しかし、そこで出会えた兄の口からナンナは信じられない言葉を聞かされた。
「母上は来られていないぞ!」
ナンナはずっと、母はイザークで兄と一緒に居るものと思っていた。兄が母を離さないか、あるいは向こうの情勢が悪すぎて戻って来られなくなったかしたものと思っていた。今までナンナは、母がイザークに着いていないなどということは考えてもいなかったのだ。
「どうして一人で行かせてしまったのです!」
ナンナは父に詰め寄った。
あの時のことが脳裏に鮮明に甦る。
危険だと解っていて父は母を一人で旅立たせた。止める素振りなど一切見せなかった。
「もうそれは言うな。子供と言えど夫婦のことには立ち入って欲しくない。」
「でも…。」
「お前にもいずれ解る時が来る。大人になればな…。」
父の悲しそうな顔を見て、ナンナはそれ以上追求することを断念した。
理解は出来ないが、両親の間には自分の知らない何かがあることを薄らと感じられる。それが何なのかは解らないし、だからと言って許せるものでもなかったが、それ以上何を言っても無駄だということだけはよく解った。
戦後、ナンナはアレスと共にアグストリアへ行き、そして彼の我が侭に振り回された。
「行くったら行くっ!」
周りがどれだけ止めようと、アレスは自分が決めたことを変えようとはしなかった。行き先が城下町だろうがグランベルだろうがレンスターだろうがシレジアだろうがお構いなしだ。行くと決めたらすぐにでも飛び出して行こうとする。
「止めて下さい、デルムッド様!」
「止めて聞くような方じゃないって…。」
アレスに縋り付くようにして助けを求める侍従達を後目に、デルムッドはアレス不在時の準備と行き先によっては彼等のワープの支度に取りかかる。止めたかったら力づくで掛かるしかないことも、それが容易く叶う訳ないことも、デルムッドは骨身にしみて解っていた。
「ほら、行くぞ、ナンナ。」
攫われるようにして連れ去られて行くナンナは、その腕の中で思った。
「お父さまがお母さまを止めなかったのって、こういうことだったのかしら?」
止めて聞く相手じゃない。止めるだけ無駄。止めるなら力づくで……でも敵う訳ない。
唯一、ナンナが縋るようにしてどうしてもと止めれば踏み止まることもない訳ではないアレスだったが、それからしばらくは極めて不機嫌になるか捨てられて雨に打たれた獣のような顔をする。前者はともかく、後者の場合は見ている方も辛かった。このままどうにかなってしまうんじゃないかと思って、つい甘やかしてしまう。
「ねえ、アレス…。」
「何だ?」
アレスが止める者達を振り切って二人っきりになったところで、ナンナは徐に聞いた。
「もし大切な人が危険地帯の向こう側に居たらどうする?」
「お前が居るなら、どんな危険な場所でもそこに居るって解った時点で急行するな。」
勿論、誰かを誘ったり仲間を集めたりするような暇を惜しんで単身で…。
「居るのがお前以外だったら…。」
そう呟いたアレスに、ナンナは次の言葉を急かすような顔をした。そんなナンナにアレスはフッと笑って告げた。
「お前を抱えて急行する。」
ナンナには枷となるものはないのだから。あるならこの手でぶち壊す!
アレスの言わんとするところを察して、ナンナも笑った。
「そうね。私達は、母のような間違いはしないんだわ。」
《あとがき》
あくまで「お題」ですので、ゲーム内の同タイトルの章とは関係ありません。
砂漠を越えてデルくんを迎えに行ったはずが到着してないラケシス。そんな危険な旅に一人で出してしまったフィン。
シリアス風に考えると、無理に止めようするとラケシスが苦しむから…。
コメディ風に考えると、マスターナイトLV30のラケシスを止めるのはフィンには不可能だから…(^^;)
どちらにしても、止めて聞く相手じゃないでしょう、ラケシスは。それはアレスも同じ。
アレスと一緒になったおかげで、ナンナは大人になり切らない内に解ってしまったかも知れません(笑)