3.アグストリアの動乱
帝国やロプト教団の残党のはびこるアグストリアへ帰還したアレス達は、徐々にその勢力を広げて敵を追い詰めて行った。
そしてついに、戦いは終局を迎えようとしていた。
これが最後と死力を振り絞って向かって来る敵に、手勢の少ないアレス達は苦戦した。まるで自殺行為のような戦いを挑み1人でも多くこちらの兵士を道連れにしようとする敵に、多くの仲間が傷を負い倒れた。
そこでアレスは騎兵を中心にして作戦を立て直すことにした。
「足回りのいい者だけで打って出る。歩兵は町の出入り口及び付近の街道を封鎖。司祭やシスターは城で待機。前庭とエントランスを開放し、重傷を負ったものはそこへ運び込む。」
アレスは、主だった者を集めて作戦を説明した。
「傷を負った者は、余力のある内に後方へ下がり手当てを受けること。」
そこで、アレスはナンナの方へと顔を向けた。
「出撃する者の中で、回復の杖が使えるのはお前だけだ。重傷者の為に杖は極力温存しろ。城に搬送出来るレベルまで回復させたら、後は城の司祭達に任せるんだ。」
「でも…。」
ナンナは反論しようとしたが、アレスはそれを許さなかった。
「"でも"は無し。それから、お前もなるべく後方に位置し戦闘には参加しないこと。解ったな?」
「……解ったわ。」
ナンナが渋々頷くのを確認して、アレスはまた全員に向かって言った。
「自己犠牲なんて俺は認めない。共に生きて勝利を掴むことを考えろ。」
自分の為に死んでいった仲間を思い出しながら言うアレスに、一同は真剣な面持ちで頷いた。
そして、決戦の火蓋は切って落とされたのだった。
序盤、アレス達はその起動力を活かして圧倒的優位に立った。しかし、敵の暗黒魔道士部隊が前線へ到着すると、旗向きは悪くなって来る。
「兵を後退させるぞ。」
「えっ!?」
およそアレスの口からは出て来ないような消極的な言葉に、デルムッドは驚いた。
「一度下がって陣型を立て直し、改めて敵の鼻先を叩く。」
そう言われても、それだけのゆとりを作り出すことが困難なことはデルムッドには解っていた。ただ起動力にものを言わせて下がれば士気が衰えるし、かと言ってじわじわと後退していては陣型を立て直せずにただ押されるだけだ。
「今見えている奴らは俺が相手をする。その間に、お前は兵達を下げて部隊を再編しろ。」
「アレス様が囮に!? ダメですよ、そんなこと!!」
「別に、囮になる訳じゃない。ただ、ちょっと切り込んで来るだけだ。」
意を唱えるデルムッドに、アレスはイライラした。まだ若干の優位にある内に次の手を打たないと、被害が広がってしまう。
「だったらその役、俺がやります。」
「デルムッド!!」
アレスは、鋭くその名を呼んだ。
「自己犠牲は認めないと言ったはずだ。」
怒ったように言うアレスに、デルムッドは圧倒された。
「冷静に考えろ、誰が適任なのかを。俺以外の誰が、奴らの魔法に対抗出来る? お前達では2〜3発喰らったらあの世行きだ。」
有り余る体力と『ミストルティン』の魔法防御があってこそ、複数の魔道士相手に切り込めるというものだ。
「お前の役目は少しでも早く部隊を再編すること。それが早く済めばそれだけ俺の負担も減る。そのことを忘れるな。」
「……解りました。」
デルムッドはアレスに答えながら、頭の中では既に魔道士を1人ずつ相手にするための陣型を考え始めていた。幼い頃にオイフェから教えられたことや実戦でセリス達が見せた用兵術が、デルムッドの頭の中を駆け巡る。
デルムッドが頷くのを見て、アレスは全員に向けて命令を発した。
「総員、一時後退! デルムッドに従って後方にて陣型を立てなおせ!!」
兵達がそれに応じて後退すると、アレスは目の前に迫って来た魔道士達に切り込んでいった。切り込んで1人、反動でもう1人、それぞれ一撃で切り伏せる。そして味方の動きを目の端で追いながら、アレスは暗黒魔道士を相手に奮闘した。受けた攻撃は『ミストルティン』のおかげで威力が緩和され被害は掠り傷程度で済むが、あまり度重なると魔力による内部的なダメージが大きくなるし、何よりもあまり多くの人数を相手にすると後で修理費が嵩むのが痛い。
先行していた魔道士達を一掃すると、追い付いて来た魔道士を無視してアレスは即座に味方の元へと取って返した。
その姿を見て、ナンナが走り出た。
「待つんだ、ナンナ! 前に出ちゃいけないっ!!」
杖を持って飛び出したナンナをデルムッドは慌てて止めたが、それで立ち止まるような彼女ではなかった。自分に向かって駆け寄ろうとするナンナの影を目にしてアレスも叫んだが、手遅れだった。
「遠距離魔法!?」
ハッとしてアレスは馬首を返した。しかし一歩及ばず詠唱が完了し、『ミストルティン』の刃が敵の身に届く寸前に、アレスは背後にナンナの悲鳴を聞いたのだった。
アレスは無我夢中でナンナを城へと運んだ。
幸い、司祭の回復魔法で外傷はすぐにも癒されたが、魔法が直撃した際に受けた内部的ダメージの為、ナンナは当分の安静を必要とされた。
「目が覚めたか?」
微かに目を開き身動きしたナンナに、アレスは優しく声を掛けた。
「……アレス?」
か細い声で名を呼び身を起こそうとしたナンナの肩を押して、アレスは彼女を止めた。
「安静にしてろ。」
言われるまでもなく思ったように動かない身体に、ナンナは大人しく力を抜いた。
「戦いはどうなったの?」
「まだ続いてるようだ。」
アレスのその答えに、ナンナの中で怒りが込み上がった。
「それで、あなたはここで何をしているの?」
突然怒り出したナンナに、アレスは困惑した。
「何って…。」
「まだ皆が戦っているというのに、何故こんなところに居るの?」
どうして戦場に居ないのか、と問うナンナに、アレスは苦し気に答えた。
「お前を置いて、行けというのか?」
こんな状態のナンナを置いて何処へ行ける? というアレスの心の叫びを聞き取って、ナンナは黙り込んだ。そして、しばらく考えた後、また無理矢理身体を起こそうとする。
「ナンナ!?」
「うっ……。」
額に汗を浮かべるナンナを、アレスは慌てて支えた。
「おい、何やってんだ。無理するな。」
「はぁ、はぁ…。」
アレスの腕に縋るようにしてベッドの上で上半身を起こしたナンナは、肩で息をつきながらアレスを睨み付けた。
「あなたが私を置いて行けないと言うのなら、私は這ってでも戦場へ出るわ。」
その気迫に、アレスは飲まれた。
「さぁ、手を貸して頂戴。」
「……解った。」
アレスはそう答えると、ナンナをベッドに押し戻した。
「俺1人で戻る。お前は大人しく寝ていろ。」
そう言ってアレスは外していた鎧を身につけると、ナンナに背を向けた。
部屋を出ていく寸前、ナンナが苦し気にアレスに声を掛ける。
「アレス…。勝利の知らせを持たずに顔を見せることは許さない。」
その声を背に受けて、アレスはデルムッド達の元へと馬を走らせた。一刻も早く勝利の報を持ってナンナの元へ戻る為に、そして私情に溺れて前線に置いて来てしまった仲間達を救う為に。
アレスがナンナを連れて城へ戻っていった後、指揮を任されたデルムッドはアレスの言い付けを守って奮闘していた。
ヒット&アウェイで先頭の魔道士を一斉に叩いては、後退したり前進したりをくり返しながら全体を少しずつ下げて被害を押さえていた。アレスが戻って来るまで極力被害を出さないようにして持ちこたえること、それが今のデルムッドの使命だった。
それでも怪我をする者は出る。しかし、敵の勢力も徐々に衰えていく。後は、機を見て切り込んで一気に片をつけるだけだ。アレスが戻ってくればすぐにもそれが出来そうなものだが、なかなか機会は訪れなかった。
そうこうしている内に、兵達は動揺し始めていた。
「アレス様は、まだ戻られないのか?」
「いつまでこんなことを続ければいいんだ?」
そんな声がちらほらと聞こえ始め、それが更に動揺を煽った。
「もうじきアレス様は戻られる! それまで、何としても耐えるんだ!」
デルムッドはそう叫んだものの、彼自身がアレスの帰還を心の底から信じてはいなかった。傷付いたナンナを置いてアレスが戻ってくるとは思えなかったのだ。
それでも、アレスからは「町の前まで引くことになっても構わん」と言われているのが救いだった。本当にそこまで引くことになった時は、待機している歩兵達も併せて切り込むことが出来るようになる。ただ問題は、本当にそこまで引いた時には騎兵達の士気は著しく低迷し、もしかするとデルムッドの言うことなど聞かなくなっているかも知れない恐れがあることだ。
そんな不安を抱えながら、デルムッドは持ち前のカリスマをフルに発揮して辛うじて兵達を鼓舞していた。
「下がれ! 早めに後方で手当てを受けるんだ!」
怪我をした者は即座に下がらせ、手当ての済んだものや無傷の者を前面に押し出して行く。
それもそろそろ苦しくなって来たか、と思い始めた頃、後方で大歓声が上がった。
「総攻撃開始! 一気に敵を殲滅せよ!」
よく響く声に突き動かされたように、デルムッドを始め兵士達は馬を駆けさせた。そして瞬く間に先頭に躍り出た黒い背中に着いて行く。
「アレス様!!」
敵の中央を突破するように駆け抜けて、デルムッドは喜びと驚きを露にした。
「よく持ちこたえてくれたな、デルムッド。」
「アレス様も、よくお戻りに…。」
目の前にアレスが居ることに、デルムッドは我が目を疑った。
「ナンナは?」
「城で寝てる。当分安静だ。」
それでよくアレス様が戻って来る気になれたものだ、とデルムッドの顔に書かれているのを見て、アレスは苦笑しながらナンナの言葉を伝えた。
「そこまで言われて、枕元に居られると思うか?」
「……居られませんね。」
ナンナに感謝すると共に、そこまで言う妹の気の強さと言わせるアレスにデルムッドは溜め息をついた。この先もきっとアレスは私情に溺れるだろうが、それで道を誤ることをナンナが許さぬばかりか反って力に変えるだろう、と思うとこの関係は喜ぶべきなのかも知れない。
そしてアレスは勝利の報を持ってナンナの元へと戻り、彼女の回復を待ってアグストリアを平定したことを高らかに宣言したのであった。
《あとがき》
あくまで「お題」ですので、ゲーム内の同タイトルの章とは関係ありません。
アグストリア平定の為の動乱のお話でございます。
作戦とか兵の動きとかをあれこれ書いてみましたが、これってゲーム中によくやってたりします。何やらアレスが偉そうに言ってますが、平たく言えば逃げ足の速い人達で敵の鼻先を引っぱたきながら味方の元へと誘導して最後は一気に倒す。これです。これをゲーム中では、『シーフの腕輪』を持ったレスターくんと『レッグリング』&『ナイトリング』を持って『盗賊の剣』を装備したラクチェを交えてよくやってました。
さて、LUNAにしては珍しくデルムッドも一応の活躍を見せたようです。まぁ、たまには良いトコも見せないと……苦情が来ても嫌だしね(-_-;)
でもデルムッドは、きっとこれからも面倒なことを押し付けられたりしながらアレスのフォローに追われる日々が続くことでしょう。そういう役目なのよ、うちのデルくんは…(苦笑)