2.精霊の森の少女

私はシギュン。
私は2つの大罪を犯しました。

私が犯した一つ目の罪。それは、この森を出たことです。
精霊の森の巫女は、一生をこの森の中で過ごすのが古からの掟。決して、森の外には出てはならない。森から出れば災いを呼ぶ、と言い伝えられて来ました。
それでも、私は外の世界を見たいという気持ちを押さえられませんでした。
周りの者の目を盗んで森の外へ出た私には、全てが物珍しく輝いて見えました。
ですが、外の世界は素晴らしいことばかりではありませんでした。
突然、怖い人達に取り囲まれたかと思うと、訳も解らないうちに大きなお城に連れて行かれてしまいました。
そこで私はヴィクトルと出会いました。
「乱暴な招待になってすまない。街で垣間見て以来、貴女のことが忘れられなかったのだ。」
ヴィクトルは私を口説き始めました。それはもう真剣な面持ちで、必死に自分の気持ちを表せる言葉を探し求めるようにしながら。
私は己の素性を明らかにすることは出来ませんでした。それでも、ヴィクトルは正式に妻に迎えると言ってくれました。私は、そんな彼の熱意に打たれました。そして彼は本当に、身分違いだと反対する周りの者達全てを説き伏せ、私をヴェルトマー公爵夫人にしてくれたのです。
幸せでした。私はヴィクトルを愛しているのか解りませんでしたが、彼は私を愛し慈しんでくれました。アルヴィスが生まれるまでの間の、僅かな期間だけでしたが…。
ヴィクトルの態度がおかしくなったのは、アルヴィスが生まれて間もなくのことでした。いいえ、それまでも多少はその徴候があったのです。彼は私に構い過ぎる、干渉し過ぎる、そんなきらいはありました。ですが、アルヴィスが生まれてからはその傾向がエスカレートしていったのです。
私はアルヴィスと引き離され、城の一区画に軟禁されました。それと前後して、ヴィクトルはいろんな女性と関係を持つようになったのです。しかも、相手が子供を宿したとわかると、野良犬でも追い払うかのように捨てるのです。
許せませんでした。彼が手を出した女性の中には、私の侍女も居たのです。そして、彼女も捨てられそうになりました。無体を働いておいて、何ということでしょう。私はついに面と向って彼に抗議し、彼女を手元で保護することにしました。それが、私達夫婦の間の亀裂を修復不可能なものにしたのかも知れません。私は侍女が産んだアゼルを愛おしく思いました。アルヴィスをこの手で育ててあげられなかった分まで、アゼルを慈しみました。

私が犯した二つ目の罪。それは、クルト王子と不義を働いたことです。
軟禁されているとは言え、私は正式なヴェルトマー公爵夫人です。バ−ハラで行われる公式行事等に出席することもあります。
そんな中で、クルト王子は憂える私を気遣い、悩みを優しく受け止めて下さいました。
相談に乗っていただいている内に、いつしか私達は恋に落ちました。この時初めて、私は恋を知ったのです。
けれど、私達の密会は長くは続きませんでした。
「私を裏切ったな。」
ヴィクトルは、私の目の前で毒をあおりました。
遺書? いいえ、そのような物があることは知りませんでした。その時はただ、いたたまれずに、とにかく逃げ出すことしか考えられませんでした。
そうして私は、再びこの森に戻って来たのです。
誰も、私が外で何をしていたのか聞く者は居ませんでした。ただ、帰って来たことを喜んでくれました。
私は、この森で心の痛手を徐々に癒されていきました。
そんな時です、クルト王子の子供を身ごもったことを知ったのは。
「この子は生まれて来てはいけない!」
そう思いました。巫女が2人以上の子供を産むことも、災いをもたらすと言われています。しかも、この子は不義の子。二重の禁忌です。
それでも、私は自分の中に宿った新しい命を芽を摘み取ることは出来ませんでした。
生まれて来た子供が女の子だと判って、私は安堵と恐怖の両方を感じました。
精霊の森の巫女はこの森で一生を終えるのが定め。ならば、ディアドラは幻と同じこと。災いの種になることはないはずです。
けれど、もしもディアドラがこの森を出てしまったら…。
私は外の世界で男の子を産みました。アルヴィスとディアドラが出会いでもしたら、いいえそれどころか何も知らずに恋に落ちでもしたら、世界は大変なことになってしまいます。

私は、購い切れない罪を犯しました。
ですが、もう私にはどうすることも出来ません。何故なら……私はもうこの世には居られないのですから。
枕元で泣いている幼いディアドラの声が微かに聞こえています。
私はもっともっと生きていたかった。あなたに寂しい想いをさせないように。あなたをこの森に繋ぎ止めておけるように。あなたが……幸せになるのを見届けられるように。
お願い、ディアドラ! どんなに寂しくても、どんなに退屈でも、あなたはこの森から決して出ないで!!
もしもあなたがこの森から出るようなことがあれば、あなたは私以上の大罪を犯すことになるかも知れません。死を前にした私には、それがまるで来るべき未来のように思えてならないのです。
「母さま! 母さま〜っ!!」
泣き叫ぶディアドラの声が遠ざかっていきます。もう、何も見えない。何も聞こえない。何も……言えません。
ただ最期にもう一度だけ強く願います。
ディアドラ…。あなたがこの森から出ることがありませんように…。

-了-

《あとがき》

あくまで「お題」ですので、ゲーム内の同タイトルの章とは関係ありません。
少女という割には歳くってますが、シギュンさんのお話でした。
死を前にしたシギュンさんの回想録というか読者に向っての懺悔のお話です。
ゲーム中やその後、そもそもクルト王子が不義密通しなけりゃあの国は平和だったかも知れない、と思ったこともありました。でも良く考えてみると、シギュンさんが森を出なければロプトの血が外の世界に出ることはなかったのよね(-_-;)
だからと言って、彼女を責めるつもりはありませんが…。
そんな訳(?)で、彼女の独白のような形で聖戦の発端を描いてみました。なるべく、公式設定に合わせるようにしたつもり(汗;) 但し、シギュンさんが早死にするのはLUNAの勝手な解釈です。

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