WHEEL OF FORTUNE

バーハラでの見合いの後、ルーファスとアイリーンは各国公認でお付き合いを始めた。何しろ、セリスが仲介した話である。自分のところの娘を売り込もうかと思っていた者が居たとしても横やりを入れるのは困難だった。本人同士が互いを悪しからず思っているとなればそれは尚更のことである。
しかしこの2人、まだ正式な婚約には到っておらず、ルーファスがバイトでソファラに来た時にアイリーンがやってきて逢瀬を重ねる程度の間柄だった。しかも顔を合わせてやることと言えば、剣の稽古である。
「あのさぁ、もう少し色気のあること出来ないの?」
庭でマリアとお茶しつつ、2人が楽しそうに剣を交えるのを見物しながらセシルは呆れたように声を掛けた。
ルーファスが護衛のバイトを引き受けてくれる率が上がった所為で頻繁にマリアに会いに来られるようになったことは嬉しかったが、何でこういつもいつもこんな色気のないことをしてくれるのか。たまには城下でデートとかすればいいのに。
セシルは呆れたようにそう零したが、本人達はとっても充実していた。
ルーファスだって、普通のデートの仕方くらい知っている。アレイナやフィーナにはそれに近いことに付合わされているし、セシルにアドバイスできるくらいに詳しい。しかし、それも相手によりけりだ。剣を振るう時に最も光り輝く女性を相手にするのに、敢えて無理矢理城下町で買い物だの食事だのをする必要などあるまい。
「ふ〜。今日も勝てなかったな。」
アイリーンは剣を収めると軽く額の汗を拭った。
「さすがは、兄上と互角に戦っただけのことはある。」
ルーファスは軽い笑みで応じながら、そっと手首に嵌めた腕輪へと視線をやった。
随分前にセシルから貰った『見切りの腕輪』。試用モニター終了後にそのまま貰った試作品とは言え、大した効果である。
いくらルーファスが強くても、『流星剣』と『月光剣』を発動されては敵わないだろう。『見切り』スキルなしでイザーク王家の者と対峙できるのは、神器を持てば彼らの攻撃が掠りもしないシレジア王家の親子くらいである。

ルーファスが『見切りの腕輪』を貰ったのはアイリーンと出会う前のことだった。
試作品が完成した時、セシルは真っ先にルーファス声を掛けた。
「まだ試作品なんだけど使ってみてよ。」
「いくらだ?」
最初に腕輪を差出された時、ルーファスは警戒心たっぷりに聞き返した。
特殊効果のある腕輪の標準価格は40000G。試作品ということでそれより安く見積もっても、その半値はするだろう。父と違って金に窮してはいないが、右から左へというようにポンと出せる金額ではない。
「えっ、お金なんて要らないよ。」
「ほぉ、それじゃ何が望みだ?」
「だから、無料であげるってば。」
「…要らない。只より高いものはないって言うから。」
ルーファスは、今これを貰ったことで後になって恩に着せられて無理難題を押し付けられるのは御免だった。
「あ、それじゃ、こうしようよ。」
セシルはふと思い付いて、ルーファスに商談を持ちかけた。
「この腕輪を半年間試用してもらって、体験レポートを提出してもらう。で、モニター期間終了後に謝礼として進呈する。これなら、どう?」
「その話、乗った。」
それ以来、この腕輪は随分と重宝している。セシルにお茶会に誘われて、その場にマリアも同席していた時も大いに役立った。
「マリアと同席したければ、僕を倒してからにしろ。」
そう言ってマリオンに剣を突き付けられた時、マリア云々はどうでも良かったがマリオンの態度が気に入らなかったルーファスはその場で彼の手首を掴んで反対の拳をみぞおちに叩き込んだ。しかし、丈夫なマリオンはそれでは昏倒しなかった。ルーファスが手を放すと、崩れ落ちそうになった体勢を立て直しつつ、『月光剣』を放とうとしたのだ。だが、『見切りの腕輪』を装備していたルーファスにはそれは通用しなかった。単に剣の腹を叩き付けようとしただけに終わったマリオンは、あっさりと避けられて足がもつれたところを、ルーファスに首を後ろを手刀で殴られて今度こそ気を失った。
「仕掛けたのはそっちだ。悪く思うなよ。」
マリオンの身体が床と仲良しになる寸前に、ルーファスはそう言いながら彼の腰をすくうようにしてその身体を抱えると、近くの椅子に寝かせて戻って来た。その様子を眺めながら、セシルが呆れたように声をあげる。
「あ〜あ。だから、言ったのに。」
「何を言ったんだ?」
「いつまでも超シスコンな行動とってるといつか痛い目見るよ、って。今日だって、君に手出ししないように前もって警告しといたんだからね。」
そもそもセシルはルーファスに『見切りの腕輪』の試用を頼んだ張本人である。彼が擬似的に『見切り』スキルを持っている以上、マリオンが敵うはずがないことは百も承知だ。
後日、改めて剣の試合を申し込んできたマリオンをルーファスが軽くあしらった後、マリオンは2度とルーファスに剣を向けようとはしなかったのだった。

「あ、忘れるところだった。姫にこれを…。」
ルーファスは内ポケットの中を探ると、アイリーンに向かって小箱を差出した。
自然に受けとって箱を開けるアイリーンの手元を眺めて、マリアが声を上げる。
「指輪…? それでは、いよいよ正式にご婚約されますのね?」
「え〜っ、でもそれにしちゃ地味じゃないかなぁ?」
後から覗き込んだセシルが首を捻る。すると、ルーファスは涼しい顔でサラっと言った。
「そりゃ、『バリアリング』だからな。」
「バ…?」
「アイリーン姫に宝石のついた普通の指輪を贈って、喜ばれると思うか?」
セシルとマリアは揃って首をふるふると横に振った。そのあまりにもタイミングの合った動作に、ルーファスは笑いが込み上げてくる。
「たまには何か贈り物をと思ったんだんだが、剣は良いものを沢山持っているから今更だし、『スキルリング』も既に持ってるようなんで、これにしたんだ。滅多なことでは当たらないと思うが魔法を喰らった時や、うっかり『スリープ』の圏内に踏み込んでしまった時のための保険くらいにはなるだろう?」
「そうだな。有りがたく戴いておこう。」
そう答えると、アイリーンは指輪を左手の薬指に嵌めた。
「ふむ、ピッタリだな。」
「それは良かった。」
平然としているルーファスに対し、うろたえたのはセシルだった。
「ちょっと、ルーファスってば何を落ち着いてるんだよ。アイリーンは、君から貰った指輪を左手の薬指に嵌めたんだよ。」
「ああ。見れば解る。」
それがどうした、と言わんばかりの態度に、セシルは更に詰め寄る。
「これって、物はともかく婚約成立なんじゃないの?」
「そうですね。他の方々の目には、そのように映りますわ。」
セシルに続いて、マリアも溜息をつく。
だが、当事者達は揃いも揃って言ってのけたのだ。
「俺は、誰も迷惑しないなら他人がどう解釈しようと構わない。」
「私もだ。ルーファス王太子に迷惑が掛からないなら構わん。」
この2人って結局好き合ってるってことなのだろうか、と首を捻りながら、セシルは気を落ち着けるようにマリアとのお茶会を再開したのであった。

-End-

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