RUNAWAY
朝の食卓で、セリスは辺りを見回しながらレイリアに尋ねた。
「ねぇ、セシルがまだ来ないんだけど、何か聞いてない?」
「いいえ。寝坊でもしてるのかしら? ちょっと見て来ますね。」
レイリアは流れるような足さばきで、ドレスにハイヒールとは思えない程の速さでセシルの部屋へと向かった。
しばらくして戻って来たレイリアは、セリスの期待に反してセシルを伴ってはいなかった。
「あれ? セシルは?」
「部屋に居なかったんです。」
レイリアは済ました顔で自席に腰をおろすと、平然と朝食を取り始めた。だが、セリスは手にしていたフォークとナイフを皿の上に落としてしまう。
「居なかった、って…。何、落ち着いてるんだよ!?」
セリスは慌てて立ち上がろうとして、レイリアに止められた。
「騒がないで下さい!! 騒いだからってあの子が出てくる訳じゃあるまいし…。部屋には荒らされた様子はありませんでした。早起きして散歩してるだけかも知れません。ここで陛下が取り乱したら、反って大事になります。」
「うっ…。」
セリスはレイリアの言葉に押し黙り、浮かした腰を席におろし直すと大人しく朝食を取り始めた。
確かに、セリスが騒いだからといってセシルが目の前に湧いて出る訳でもない。そして部屋に荒らされた様子がないということは、彼が誰かに攫われたという可能性は極めて低くなる。何しろ、自室を出る時は常に帯剣しているのだから。剣を手にしたセシルを誰にも気付かれずに拉致出来るような者は滅多に居ないのだ。そんなことが出来る人間が入り込んだとしたら迂闊に動くことは出来ないし、セシルが自分の意志で単独行動をしているならそれを知る人間が増えることは悪意を持った者に付け入る隙を与えることにも繋がる。
「今、近侍の者達に各所を調査させています。まずは、その報告を待ちましょう。」
「…うん。」
さすがはダンサー上がりでありながらバーハラ宮の奥向きを10年以上も仕切って来たしっかり者のレイリアだけあって、既に手は打ってあった。2人が仕上げのコーヒーを飲む頃には、次々と調査報告が集まってくる。
近侍の者達の調査によると、セシルの愛馬が姿を消しており厨房奥の貯蔵庫から薫製肉など日持ちする食料が少々管理リストより減っているとのことだった。
「どなたかに似て、お忍び上手に育ってしまったらしいわね。」
レイリアが呆れたように呟き、セリスがギクリとした。
「それと…。書き置きでもないかと殿下の机の上を調べておりましたら、偶然このようなものを発見致しました。」
近侍の1人が差し出したのは、セシルの日記だった。彼女は決して日記を読もうとした訳ではなく、たまたま積み上げられていた本の下に何か紙があるのを見つけて取ろうとしてうっかり本の山を崩してしまったのだ。その時、拾い上げた日記の開かれていたページが目に止まったのだった。
「えぇっと…。『○月×日 いつになったら会えるんだろう。もう我慢できない。ルーファスのバカ』?」
「昨日の日記ですね。」
「もしかして、ルーファスに会いに行ったのかなぁ?」
確かに最近会ってないみたいだし、とセリスはノディオン城へと鳩を飛ばした。
セシルがルーファスの元へと遊びに行く場合、まず全行程を自力で馬を走らせて行くことはなく何処かで『ワープの杖』を使わせて3国の入国管理所と化したエバンス城まで飛ばしてもらうので、鳩が先につくことはないだろう。後は、鳩が戻ってくるのを待ちながら密かにこの城を出た後のセシルの足取りを探らせようと決意して、セリスは執務室へと向かったのだった。