家族の温度差

〜ノディオン王家の家庭の事情 2〜

それはまだ子供達が幼かった頃。
ルーファスは部屋で勉学に励み、妹姫達は2人であちこち駆け回って遊び、ナンナは庭の片隅に作られたハーブ園の手入れなどに勤しむのが日課となっていた。
そして、今日もフィーナはアレイナに泣かされていた。
「アレイナの奴…。元気なのは良いが、どうも加減を出来ないのが困りものだな。」
「それでも、お2人は仲がよろしいようで…。」
執務室でフィーナの泣き声を耳にしたアレスは、デルムッドと共に困ったような顔を見合わせるとまた書類に目を落とした。
一方、自室に居たルーファスの方はこの2人とは少々意見を異にしていた。
「毎日毎日、懲りもせずに…。たまにはガツンと言ってやらないとな。大体、父上も母上もアレイナに甘過ぎる!」
ちょうどキリがついてお茶でも飲もうと思ったところだったので、ルーファスは声のした場所へと駆け出して行った。

只ならぬフィーナの泣き声に駆け付けたアレス達が見たものは、ルーファスに引き上げられて苦しそうに水を吐くアレイナの姿だった。3人がその場に着いた時には、アレイナはグッタリとしている。
「ルーファスっ!!」
アレイナを支えるルーファスの頬に痛みが走った。
「お前が付いていながらどういうことだ!」
「そんなことよりアレイナを早くっ!!」
そのままルーファスにつかみ掛かろうとしたアレスを、ナンナが止めた。ハッとなったアレスはすぐさまアレイナを抱え上げる。
「お兄様はフィーナをお願い!」
「あ、はい。」
両親がアレイナと共に姿を消し、伯父が泣きじゃくるフィーナを抱えて後を追い、残されたルーファスは呆然とその場に座り込んだ。

「ルーファス…。」
ノックの音と控えめにかけられた声に、不機嫌な声でルーファスが応える。
「開いてますよ。」
おずおずと部屋に入って来た母を、ルーファスは立ち上がって迎えた。
「アレイナが目を覚ましたわ。」
「そうですか。それは良かった。」
「私達、勘違いしてたのね。アレイナを助けてくれてありがとう。」
ナンナはルーファスの頭を「良い子ねぇ」と撫でた。それから、まだ腫れの引かない頬に軽く手をやる。
「ごめんなさい。アレスを許してあげてね。」
いつものように頷きかけて、ルーファスは反対にグッと顔を上げた。
「どうして母上が謝るんですか?」
「えっ?」
「礼を言うべきはアレイナで、詫びるべきは父上でしょう。」
「それは、そうかも知れないけど…。」
ナンナはいつもと違う息子の様子に戸惑った。
「私も誤解してたし、あなたを置き去りにしてしまったし…。」
「解りました。その件はもう気にしてません。」
「そう?」
「ですが、それと父上のことは別です。」
ナンナの安心しかけた顔に緊張が走った。
「母上は父上に甘過ぎます!」
糾弾するかのようなルーファスの口調に、ナンナは「ついに言われてしまった」と言うような顔をした。
「勘違いや理不尽な怒りで父上が俺に手を上げたのはこれで何度目だと思われますか!? その度に謝りにいらっしゃるのは母上だ。」
「そ、そうよね…。ごめんなさい、アレスったらすぐ手が出るから…。」
「ですから、それは母上の仰るべきことではないでしょう? いくら相手が俺みたいな子供でも、父上は一度くらいきちんと頭を下げるべきなのではありませんか。」
積もりに積もった不満をやっと口にしたルーファスに、ナンナは目を泳がせながら言った。
「そうかも知れないけど…。あれで結構、私が代わりに謝ってることが堪えてるのよ。それにね、ルーファス…。」
「何ですか?」
「あなた、アレスが頭下げて来たところを見たい?」
ルーファスは絶句した。しばらく両者の間に沈黙が流れる。
そしてルーファスは敗北感に打ちのめされながら、肩を落とし、片目を覆うように額に手を当てて言った。
「…謝りに来て下さらなくて結構です。」
ナンナは達観したような笑みを浮かべて頷いた。

-了-

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